ブルス・ドゥ・コメルス、富豪から現代アートの贈り物。

Paris 2021.07.21

2019年初めの開館を目指し、2017年に改装工事が始まったパリのピノー財団美術館。予定通りに工事が進まず、2020年春の開館がアナウンスされたものの、新型コロナ感染拡大予防措置としてフランス中の美術館は閉鎖されて……。何度目の正直だろうか。ついに5月22日、ブルス・ドゥ・コメルス - ピノー・コレクションは正式オープンにこぎ着けた。5月19日に美術館の営業が再開したパリで、最も注目を浴びたのがここ、といっても過言ではないだろう。

既報のとおり、安藤忠雄が美術館の建築に携わっている。かつて穀物の取引所だったブルス・ドゥ・コメルスは、19世紀に改装された16世紀の建築物。パリ市から50年の貸与なので、その時が来たら、借りた時の状態に戻して返さねばならない。したがって建物そのものに手をつけることはできないのだ。その解決策として生まれたのが、 建物の内部にコンクリート製円筒の展示スペースを作るという安藤忠雄の斬新で画期的なアイデアだった。新たな美術館体験を求め、毎日毎時間、行列の絶えない人気である。

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5月22日、やっと開館したブルス・ドゥ・コメルス - ピノー・コレクション。 サマリテーヌ、イケアなど新しいブティックも増え、もうじき新しいホテルMadame Rêveもオープンするなど、パリ1区は活気づいている。photo:Mariko Omura

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左: アドレスはヴィアルム通りだがルーヴル通りに建物前広場は面し、ルーヴル美術館にも近い。右: 1階に展示されている模型。photos:Mariko Omura

「パリの中心部のこの新しい美術館で、1960年からいまにいたる芸術に対する私の情熱を分かち合いたい」。ケリング・グループ創始者で現代アートの収集家、そしてこのブルス・ドゥ・コメルスの生みの親であるフランソワ・ピノーのことばだ。かつてブーローニュで果たせなかったフランスにおける美術館の夢を叶えた彼。開館記念の『ouverture』展の展示作品を、40年をかけて集めた1万点近い所蔵品の中から自らセレクションをしたというのもうなずける。初公開作品も多数!

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フランソワ・ピノーの希望で、館内外の家具などブルーレック兄弟に任された。
Drapeau , décembre 2020 C:Studio Bouroullec、courtesy Bourse de Commerce-Pinault Collection  photoStudio Bouroullec

展示作品は見てのお楽しみ。1階の吹き抜けの広場(ロトンド)では、ワックスの10作品が人々の好奇心をそそっている。中央の彫刻、周囲の椅子、男性観光客は開館以来燃え続け、床には彫刻から燃え落ちた外れた腕が床に転がっていたり、と開館と同時に駆けつけた人が味わえなかった体験が待っている。これらワックスの作品がどのような終焉を迎えるのか、気になるところだ。この広場を囲むコンクリートのシリンダーの周囲の通路には、ショーケースに収められたベルトラン・ラヴィエの複数の作品が展示されている。

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ロトンドのUrs Fischerによるインスタレーション。© Urs Fischer , Courtesy Galerie Eva Presenhuber, Zurich. Photo Stephane Sltenburger . Bourse de Commerce - Pinault Collection ©Tadao Ando Architecte & Assosiates, Niney et Marca Architectes , Agence Pierre Antoine Gatier

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インスタレーション作品の素材はワックス。点灯により作品は溶け、6月半ばはこのような状態に。来月は何が残っているだろう?? photos:Mariko Omura

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ベルトラン・ラヴィエの作品である24のウィンドウが、コンクリートシリンダーに沿って通路に並べられている。ブルーレック兄弟による通路のベンチは、建物をパリ市に返還することからモザイクの床に固定されていない。photos:Mariko Omura

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美しいコンクリートの階段を早く上がりたい気持ちに駆られて、地上階のギャラリー1を見逃さないように。ここで展示されているのはデイビッド・ハモンズ(1943年~)の作品で、どれも初公開作だという。ニューヨークのハーレムに1970年代から暮らすアフロ・アメリカンである彼の絶望が込められた作品は彫刻、ビデオなど表現法はさまざま。鑑賞中、ギャラリーのどこかからガラガラという音が聞こえてくるだろう。これは、窓際に置かれた小さなスクリーンで流されている彼の映像作品の『Phat Free』(1995〜2000年)である。作者はこの中でバケツを蹴り続けている。Kick Your Bucket(バケツを蹴る)は俗語で“死ぬ”を意味し、最後の10分はサウンドのみでスクリーンは真っ黒という作品だ。館内、ギャラリーごとに複数の解説者が配置され、作品やアーティストについて説明をしてくれる。また、質問にも答えてくれるので気になることがあれば、ぜひ!

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左: デイビッド・ハモンズの作品より。アフロ・アメリカンが世間に認めらられるいちばんの方法はスポーツ選手になることだが、小柄な彼にはそんなアメリカンドリームも叶わず。バスケット・シュートはクリスタルですぼまりボールは下に落ちない。街で見つけた廃材を使用する作家だが、この作品では富の象徴としてのクリスタルを使用。 右:『High Level of Cats』(1998年)。巨大なドラムの上になぜ猫の剥製?と訝しく思うのでは? アメリカでジャズマンをCatと呼ぶことからだ。photos:Mariko Omura

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デイビッド・ハモンズの作品より。左: クリムトの『接吻』にインスパイアされた作品『Untitled』(1975年)。 右:『Minimun Security』(2007〜2020年)。スティール、石、5分46秒のビデオで構成された作品だ。

2階(プルミエ・エタージュ)は写真のスペース。ここで展示されているすべての作品が、ピノー・コレクションでは初公開だそうだ。ミシェル・ジュルニアック、ルイーズ・ローラー、シェリー・レヴィーン、リチャード・プリンス、シンディ・シャーマン、マーサ・ウィルソンの6名の写真家の仕事に触れられる。中でも興味を集めているのは、ギャラリーのエントランスの壁一面を占めるビジュアル・アーティスト、ミシェル・ジュルニアック(1935-95)の24点の写真のようだ。「普通の女性の24時間」(1974年)とタイトルされ、その中でアーティスト自身が女性に扮して24変化し、1970年代の女性の暮らしを物語る作品は、シンディ・シャーマン、森村泰三の仕事を思わせる。

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ミシェル・ジュルニアックの『24 heures de la vie d’une femme ordinaire』(1974年)のヴィンテージプリント。

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3階(2エム・エタージュ)のギャラリー4は小さな空間の壁いっぱいにルドルフ・スティンゲルによる写真を展示。ギャラリー5~7では主に1950年代生まれのアーティスト13名による絵画、彫刻で、そこに描かれているのはどれも人間の顔、身体というセレクションである。このフロアの作品は好みが分かれているようだが、それだけに興味深い。日本ではあまり知られていないアーティストたちの作品が多い。じっくりと鑑賞を!

地下のフロアではピエール・ユイグの『Offspring』(2018年)で光とジムノペディに身を浸し、タレク・アトゥーイのサウンドインスタレーション『The Ground』(2019年)を体感し……建物を出る前に、1階のブティックの脇の壁、無料パンフレットの表紙にもちょっこりと愛らしい顔を見せているライアン・ガンダーの『/…/…/…,2019』の小さなネズミ君の話にいらいらしないで耳を傾けて。

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自然光が差し込むギャラリー5〜7。photo:Mariko Omura

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ケリー・ジェームズ・マーシャル、ミリアム・カーン、リュック・タイマンス、トーマス・シュッテなど13名の作品を展示する3階。photo:Mariko Omura

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入館料は14ユーロ。ハンバーガー&ドリンク&デザートのセットメニューをとったような金額で、アートも建築もパリの眺めも堪能できるとは!! photos:Mariko Omura

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左: ライアン・ガンダーの『/…/…/…,2019』。壁の穴から覗かせた顔を振りながら、僕は……僕は……と繰り返すネズミ。  右: マウリツィオ・カテランの鳩が見下ろす。まるでスーパーマンを探すように、地上階から“鳩はどこだ?”と上を見上げる来場者も。photos:Mariko Omura

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4階(3エム・エタージュ)のカフェレストラン「Halle aux Grains(アール・オ・グレン)」は12時、ランチから営業を始める。これは開館したてのいまだけかもしれないが、予約するのが望ましいとのアドバイスあり。15時から18時までがティータイムなのだが、ひとつ、粋な計らいがある。このフロアでは水のみならず、Verlait(ヴェルレ)のカフェもフリーでサービス。ポンピドゥー・センターを向かいに眺めつつ、ちょっとひと息が可能なのだ。このフロアから遥か下の公園に目を向けると、え、あれはガウディの作品?とモザイクタイルのオブジェを並べた子ども公園に錯覚し、え、あれはリチャード・セラ?などと地下階段の鉄板の覆いに錯覚し……。アート三昧した後の目は勝手に錯綜。地上階に降りてありえない錯覚を確認するまでもないけれど、ブルス・ドゥ・コメルスの丸い建物は公園に面した裏側にくるりと回ってみる価値がある。

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左: ヴェルレの無料カフェサービス。 右: セバスチャン&ミッシェル・ブラによるレストラン、アール・オ・グレン。photos:(左)Mariko Omura、(右)Laurent Dupont

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展示のアート作品だけでなく、コンクリートのシリンダーだけでなく見所はほかにも。photos:Mariko Omura

19世紀に丸屋根を乗せた18世紀のこの建物が建築されたのは、16世紀にカトリーヌ・ドゥ・メディチが邸宅を建てた場所なのだ。丸い建物の裏手にはその当時の唯一の名残である直径3m、高さ31mの塔がそびえている。その中は147段の階段があり王妃の占い師たちがここを観測所として活用していたとか。思えば富豪が芸術家を保護するのは、商いで財と名声をなした新興富豪メディチ家がルネッサンス期に始めた伝統といってもいい。フランソワ・ピノーが一代で築いた巨大な富で現代アーティストたちの作品をコレクションし、それを世界中の大勢と分かち合おうとしているブルス・ドゥ・コメルスにはメディチ家のDNAがいまも通ってるのかも!?と、彼のアートの大盤振る舞いにこんな夢想もしたくなる。

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左: 16世紀、カトリーヌ・ドゥ・メディチの邸宅時代の名残の塔。 右: ブルス・ドゥ・コメルスの裏手の庭はフォーラム・デ・アール、さらにポンピドゥー・センターへと続いている。

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左:  裏手の庭の鳩は、館内の鳩と違って本物だ。 右: モザイクタイルがガウディによるグエル公園を思わせる子ども公園。photos:Mariko Omura

Bourse de Commerce - François Pinault Collection
2, rue de Viarmes
75001 Paris
開)11時~19時(月、水、木、土、日) 11時~21時(金)
休)火
料:14ユーロ
www.pinaultcollection.com
@boursedecommerce
Halle aux Grains(レストラン)
2, rue des Viarmes
75001 Paris
tel  01 82 71 71 60
www.halleauxgrains.bras.fr

editing: Mariko Omura

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