パリ、装飾芸術の旅 ル・ムーリス、極上のフレンチエレガンスが待つホテル。
Paris 2021.08.26
チュイルリー公園に面した5ツ星ホテル、ル・ムーリス。観光客が減少した昨年、静かに控えめにスイートを含めて新たに20の客室の改装が完了し、この初夏にお披露目された。2019年の第一弾同様に、今回も改装を任されたのはシャルル・ジュフルとラリー&ベルジェというデザイナートリオだ。

改装が終わったスーペリアスイートのリビングルーム。ル・ムーリスのコードとなっている色を思わせる淡いグリーンでまとめられている。

デラックスルーム。
採光を大切に改装され、無駄のない現代性と18世紀のクラシックなスタイルを巧みに混ぜ合わせた客室は優しい雰囲気で、とてもエレガント。世界から集まるゲストたちに間違いなくフランス的滞在を約束してくれる。最先端のテクノロジーが目に見えないところで快適を支える客室で、目を楽しませてくれるのはフランスの18世紀的装飾芸術のエスプリだ。ル・ムーリスの歴史が始まった18世紀というのは、フランスにおいて真の装飾芸術が開花した時代である。それ以前はスペイン、イタリアの影響がインテリアに大きく見られたが、ヴェルサイユで宮廷文化が爛熟した18世紀には、ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人が室内装飾で示した趣味のよさが貴族階級、ブルジョワ階級にも大きな影響を与え、その結果、選り抜きの調度品、家具が多く求められるようになったのだ。かくしてフランス中の芸術職人たちが技を振るい、競い合って……。
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最高級の素材を用いて、部屋ごとに個性が異なる改装が行われた。
室内の家具はすべてオーダーメイド。シルク、ダマス織、ベルベットなど高級布素材が選ばれている。それらの色はどれもとても穏やかだ。開業以来、チャイコフスキー、ミシア・セール、ブリア・サヴァラン、ジャン・コクトー、ピカソ、エドモン・ロスタン……といった大勢の芸術家、文化人を迎え入れたル・ムーリス。客室の壁を飾るのは、彼らにインスピレーションを得た絵画やデッサンである。

スーペリアスイートのベッドルーム。photos:Mariko Omura

左: ポンパドゥール夫人の実名をブランド名にしたアントワネット・ポワソンのお皿がさりげなく置かれている。 右: ベッドサイドのランプは、ガラスのスタンドがシンプルで美しい。photos:Mariko Omura
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この改装にあたって、デザイナートリオの希望によって職人仕事が駆使されている。たとえば、ステンドグラスはパリ14区の「Ateliers Duchemin(アトリエ・デュシュマン)」。1世紀以上前から、6世代にわたってステンドグラスを作り続けているアトリエで、その腕前をカテドラル、美術館、劇場、個人宅など過去のグラスの修復にも発揮している。創作についてはコンテンポラリーなアイデアに積極的だ。過去において、エクトール・ギマールの建築物のステンドグラスをジャック・グリューバーが、ロベール・マレ=ステヴァンスの建築物ではルイ・バリエが手がけたようにように、アトリエ・デュシュマンも現代をリードする建築家たちと新しいクリエイションに取り組んでいる。ル・ムーリスの改装にあたっては、6部屋の窓を担当した。ステンドグラスなら窓から光を取り入れつつ、室内の様子は外からはぼんやりと不明瞭になるという利点がある。各部屋、カーテンの色に合わせた色合いで、それぞれデザインしたそうだ。

ステンドグラスの窓があるのは6室のみ。2種類のガラスが使用されている。photo:Mariko Omura

パリ14区のアトリエ・デュシュマンがステンドグラスの制作を任された。photos:Mariko Omura
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筆による手描きの壁紙が用いられた贅沢な客室も。英国のファミリー企業で、パリ市内はサン・ペール通りにショールームを構えている「De Gournay(ドゥ・グルネイ)」の壁紙である。ル・ムーリスでは合計4つのスイートルームに用いられているが、これほど高級な壁紙をホテルが選ぶのはとても珍しい。18世紀に流行った中国趣味、フランス19世紀の風景といったモチーフを得意としているドゥ・グルネイ。エグゼクテイブ・ジュニアスイート508号室を覗いてみよう。ここの小部屋で用いられているのは、1750年代の英国のマナーハウスの壁を飾っていた庭の光景である。広いスペースで使われていたモチーフをここでは縮小して、描いたそうだ。

ドゥ・グルネイの手描き壁紙が魅力的なエグゼクティブ・ジュニアスイート528号室。

エグゼクティブ・ジュニアスイート524号室。

左: 2019年に改装が終わった605号室にもドゥ・グルネイの壁紙。 右: 職人仕事の極み。ドゥ・グルネイでは手描きの壁紙にさらに刺繍をほどこすこともある。photos:Mariko Omura
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スイート・ベル・エトワール、星降る夜は眠らずに。
ペントハウスのベルエトワールスイート。ここは2019年度に改装が終了した29室のひとつだが、ホテルの最上階を占める個人邸宅といった雰囲気に驚かされる。奥にガラス張りのバスルームを隠した寝室、ダイニングスペース、リビングスペース、そして360度のパリを独り占めするようなテラスという構成だ。300㎡近い広さがあり、ピエール・アレクサンドル・リセーがガーデンデザインを手がけている。このスイートは庭を含めて620㎡。上質な素材をふんだんに使った改装による室内で過ごす時間、テラスで寛ぐ時間。このロフトを堪能するには、1泊ではとても足りそうもない。現実は1泊さえ夢のまた夢なのだけど……。

ベル・エトワールのベッドルーム。部屋の両側がガラス窓で、ベッドの裏手にバスルームがある。

ベッドの向かい側のコーナー。ゴールドのカーテンを通して、ソフトに輝く光が室内に満ちる。photos:Mariko Omura

グリーンに囲まれた大理石のバスルーム。photo:(右)Mariko Omura
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ベッドルームはこの左手。ガラス窓越しにテラスのグリーンが目に入る、気持ちよい空間が長く続く。

テラスがあるのはホテルのメインエントランス側。チュイルリー公園が眼下に広がり、左手にルーブル美術館、向かいにオルセー美術館、右手にエッフェル塔という眺めだ。

ピエール・アレクサンドル・リセー率いるHorticulture & Jardinが作り上げ、手入れをするテラス。季節に応じて景色を変える。photos:Mariko Omura
editing: Mariko Omura