シャネルのle19M、一般公開のギャラリーで職人仕事に触れる。

Paris 2022.03.14

2021-22年度のシャネルのメティエダール コレクションが発表された場所として「le19M(ル・ディズヌフ・エム)」の名前を知った人もいることだろう。ここはメティエダールのためにシャネルが構想した新たな複合施設。通り一本向こうは郊外のオーヴェルヴィリエ市という、パリ19区の外れに3年をかけて建築された建物だ。設計したのはマルセイユの美術館MUCEMの仕事で知られるイタリア人建築家リュディ・リチオッティである。シャネルが1985年から傘下に収め始めた約40のメゾンダールと工房の中から11のメゾンのアトリエがここに引っ越してきて、現在約600名が働いている。​

メティエダール コレクションの発表に際し、アーティスティックディレクターのヴィルジニー・ヴィアールがle19Mについて「巨大で開放的な空間であり、ファサードは無数の白い糸のようにコンクリートで装飾されています。庭園や美しい散歩道、そしてエキシビションも開催される予定の大きなギャラリーもあります」と語ったように、建物の左翼の1階には広いギャラリーが設けられている。そこはカルチャースペースとしてle19Mのサイトで予約をすれば誰もが入れる場所で、4月23日までオープニング・エキシビションを開催中! 早速、行ってみることにしよう。

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25,500㎡あるle19M。建物の高さは25mで、白い糸状のコンクリートが建物の周囲を包んでいる。開館のセレモニーに際しては、中庭にテントを立ててマクロン大統領夫妻を迎えたそうだ。photos:(左)Mariko Omura、(右)Chloé Le Reste

いずれ軽食がとれるカフェレストランがオープンするという広いエントランススペースに、まずは心が弾む。ここではふたつの写真展が開催されている。パリ7区の書店「7L(セッテル)」がモード関連の書物を売るカウンターがあり、その上の高い天井を活用して展示されているのは、le19Mでいま働いている11のメゾンダールの職人たちのかつてのアトリエでのドキュメンタリー。パリ郊外の写真学校の3名の生徒が引越し前に撮影したもので、伝統的なアトリエから現代的なアトリエに仕事場を移したレジダントたちの貴重なメモリーであり、昔ながらのサヴォワールフェールと未来のテクノロジーとの出合いへと新しい章への出発も物語っている。もうひとつの写真展は 卓越の技を持つ職人たちを迎えたle19Mの建物についてで、建築の設計図から完成までの各段階を写真で辿ってゆける。ふたつの写真展はle19Mとは何か、何が行われている場所なのかに来場者すべての人々が興味を持て、理解できるようにという目的で構想された。

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左:「Les Résidents du 19M」。職人たちのポートレート展だ。 右:建物の構想から完成までを写真で見せる。photos:Mariko Omura

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左:半円にまとめられた家具を広げるとコンファレンス会場となる。すでに「サヴォワールフェールとアヴァンギャルド」というテーマで初回が開催されたそうだ。 右:家具のデザインはスタジオCGSVに任された。彼らはシャネルの倉庫にあったブティックの古い家具や装飾物をアップサイクリング。またシャネルの未使用の素材を集めた「Atelier de matières(アトリエ・ドゥ・マティエール)」が1年前に組織され、布はそこのストックからの再利用だ。photos:Mariko Omura

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このエントランスホールに続くメインスペースは複数のコーナーに分かれている。中央を占めているのは、11のメゾンダールを紹介するコーナー。与えられたコーナーを各メゾンが独自に作り上げたということで、それぞれのサヴォワールフェールが何であるか、どんなスタイルかが一目瞭然である。ちなみに11のメゾンとは、刺繍の「Lesage(ルサージュ)」、そこから派生したインテリア部門を手がける「Lesage Intérieurs(ルサージュ・アンテルユール)」、帽子の「Maison Michel(メゾン・ミッシェル)」、金細工とジュエリーの「Goossens(ゴッサンス)」、羽根細工と布造花の「Lemarié(ルマリエ)」、刺繍の「Atelier Montex(アトリエ・モンテックス)」、そしてそのインテリア部門の「Studio MTX(ステュディオMTX)」、靴の「Massaro(マサロ)」、プリーツの「Lognon(ロニョン)」、コルセットのサヴォワールフェールを持つ「Eres(エレス)」、縫製のアトリエ「Paloma(パロマ)」である。​その脇のプティ・シネマと呼ばれる小さな部屋の中では、11のメゾンの代表者が言葉で語るミニフィルム(英語字幕付き)が流されている。実際には見ることのできないアトリエの作業風景や道具、機械などを目にすることにより、中央部でのそれぞれのメゾンの展示内容がより理解しやすくなるので是非!

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左からメゾンの紹介全景、ルマリエ、メゾン・ミッシェル、ゴッサンス。

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左から、パロマ、エレス、スタジオMTX、モンテックス。

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左から、マサロ、ルサージュ・アンテリユール、ルサージュ、ロニョン。

会場内、モード学校の生徒と思しき男女が熱心に一点ずつ見て回るのは、南仏のイエールで毎年開催される若手クリエイターの登竜門といわれる国際モードフェスティバルとle19Mのコラボレーションの展示である。ファイナリストに選ばれた10名が表現したいことを実現する手段として、シャネル傘下のメティエダールと行ったコラボレーションだ。le19Mのレジダント・メゾンに限らず、ジュエリーボタンの「Desrue」や革細工の「Ateliers de Verneuil en Halatte」などの仕事にもここで触れることができる。このコラボレーションは若いクリエイターの要求に応えることで、職人たちにとっては新たなチャレンジとなり、メティエダールを未来へとプッシュする機会となるのだ。わかりやすい例をひとつ。メゾン・ミッシェルとのコラボレーションを選んだファイナリストによるクリエイションは、ふたりで一緒にかぶる帽子。頭部が2つという帽子は過去においてメゾン・ミッシェルが手がけたことのないアイデアだったという。​​

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国際モードフェスティバルとle19Mのコラボレーションのスペース。

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左: Wataru Tominagaは刺繍をルサージュとコラボレーション。 中: Roisin Pierceは帽子をメゾン・ミッシェルとコラボレーション。 右: Emma Bruschiは古い布をアップサイクリングしたブラウスをパロマとコラボレーション。photos:Mariko Omura

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サヴォワールフェールを語るle19Mにやってきたなら、見るだけでなく、自分の手を動かしてみたいという気になるのでは? 参加できるアトリエがふたつあり、どちらも人気である。ひとつは有料、ひとつは無料。後者は予約なしで、空席があれば自由に来場者が刺繍に参加できるというものだ。ルサージュ、ルマリエ、モンテックスの3つの長いテーブル上にそれぞれパリ北部、オーベルヴィリエ、セーヌ・サン・ドニの地図が広がり、ルサージュはビーズで、ルマリエは布の花で、モンテックスはコンクリート・ビーズでと異なる素材で参加者が刺繍を施してゆき、4月23日までの会期中に仕上げ最後は3つを繋げて1枚の地図に、という趣旨だという。各メゾンの担当者が親切に指導をしてくれるので刺繍の心得がなくても大丈夫。土曜には子どもたちの姿も少なくないそうだ。有料のアトリエは植物のツイード織物、扇作り、ポートレートの刺繍ほか複数の内容があって、どれも興味深い。もっとも1回につき参加できるのが8名と限られているので、内容によっては満席のものも。この予約もle19Mのサイトで。​​

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テーブル上の広げられた地図に刺繍をする。席があいていれば、年齢制限がないので誰でも予約なしで参加が可能。開催は毎週水曜と土曜の14時〜17時。

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左から、ルサージュ、ルマリエ、モンテックス。刺繍の素材の違いが異なる効果を地図に生み出す。photos:Mariko Omura

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写真は植物の織物のアトリエ。材料はすべて用意され、担当者が8名のテーブルを周遊して指導する。要予約で1名15ユーロ。自分で作った作品は持ち帰れる。なお右の写真の後方は自分のポートレートに刺繍をするという別のアトリエの模範作品だ。photos:Mariko Omura

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このほか、11のメゾンダール関連の本を閲覧できるコーナー、写真のPicto財団が開催するコンテストの優勝者の写真の展示……。階段を上がると、この会場を上から一望できる場所があり、そのフロアには貸切スペースが設けられている。ここはポッドキャストが可能な録音機能も備え、さまざまなタイプのイべントが可能となるように考えられているそうだ。展示にしてもオープニング・エキシビション以降はle19Mに限らず、サヴォワールフェールの継承という広い枠で内容が考えられてゆくという。シャネルが1985年にさまざまなメティエダールの買収を始めたのも、この“継承”のためである。いくつかの特別なサヴォワールフェールを持つアトリエのほうが、フランスのモードの財産の擁護者として知られるシャネルに助けを求めてきたことがきっかけだ。職人たちは歳をとり、経営も難しいといった小さなアトリエが持つメティエを永続させるためには、継承が必要である。サヴォワールフェールを守り、未来に発展させるために、シャネルは買収したアトリエの仕事を自社で独占することはしていない。このle19Mの建物のどこにもシャネルのコードが見られないのもそれゆえなのだ。職人たちの技を求めてやってくるディオール、サンローラン、ジバンシィといったほかのメゾンは、シャネルにゆくのではなくle19Mのレジダント・メゾンに会いにゆく、という印象が得られる必要がある。シャネルでさえ、ここに来る時はこうしたメゾンのひとつとしてなのだ。アトリエの開催にしても、参加することでサヴォワールフェールへの興味を抱くだけでなく、それを職に選ぶ人も出てくるかもしれない。​​​参加型刺繍のルマリエのテーブルで、嬉々として花を刺繍していた男の子がいた。20年後、ひょっとするとle19Mで彼が働いていることもあり得るのだ。未来への継承。これがle19Mを物語るキーワードである。​

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写真のラボのPicto財団とのコラボレーション。若い女性写真家Lucie Khhoutianが撮影した女性3名の肖像画に、彼女が希望したのは彼女の出身国であるアルメニアのフォークロアなモチーフの刺繍を施した額縁。アトリエ・モンテックスが制作した。photos:Mariko Omura

展覧会『Ouverture』
会期:開催中〜2022年4月23日
La Galerie du 19M
2, place Skanderbeg
75019 Paris
開)12:00〜19:00(水〜土)
le19m.fr

editing: Mariko Omura

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