香りの貴公子キリアン、新作コローニュと香りにまつわるエピソード。
Paris 2022.05.30
1. 2022年、初夏の話題
パリのブティック。改装によりキリアン・バーが設けられた。
左: ブティックに入って右手は自由に香りを試せるカウンター。 右: 奥にル ルージュ パルファムのコレクションを並べたプライベートサロンは図書室のイメージだ。
〜 パリのブティックにもキリアン・バーが 〜
この秋、創業15周年を祝うという香水メゾンのキリアン。3年前に、その香りのひとつ、ラブ ドント ビー シャイをリアーナが使っていることを彼女のスタイリストが口外してしまったことから、その人気にさらに拍車がかかり、数字的にも飛躍的にアップしたという。「リアーナの香りはどれ?」とブティックにやってくる客も少なくないらしい。この好調の波にのって、ロックダウン中でブティックがクローズしている時期にも関わらず発表した新作エンジェル シェアも、オンラインショップで素晴らしい売り上げという結果だった。
世界各地でのブティックオープンもあり、後回しにされていたカンボン通りのブティックが1カ月の工事を終えて、この初夏にリニューアルオープンした。これで、他都市のブティック同様にパリにもやっとアールデコ調のバー・キリアンの誕生だ! 創業者キリアン・ヘネシー自ら、店を案内する。
「入って右手は香りを並べたカウンター。自由に手にとって、自分で発見を樂しむことができます。バーカウンターがその向かいにあり、ここではスツールに腰かけてコンシェルジュと香りについて語ることができます。カウンターの後方はギフトのコーナー。パーソナライゼーションなどもここで可能です。いちばん奥がメイク、そしてサロン風のスペース。改装はブティックの構造には手をつけなかったので、1カ月程度の工事で済みました。結果にはとても満足しています」
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〜 コローニュ シールド オブ プロテクション、誕生秘話 〜
コローニュ シールド オブ プロテクションについて、改装されたブティック内で語るキリアン・ヘネシー。photos:Mariko Omura
リニューアルオープンのプレス発表に合わせ、その新しい空間で彼は新作をお披露目した。もちろん、白いシャツの前ボタンを開けた定番スタイルである。日本では6月29日に発売が開始されるという新作は、「コローニュ シールド オブ プロテクション」。創業以来、これまでキリアンではコロンは存在していなかったことには理由があると、彼は語り始めた。
「コロンを作ると、すぐに市場のほかのコロンと似てしまう。かといって、少しばかりクリエイティブな仕事をするとコロンではなくなってしまう。というわけで自分の道が見つけられないでいたんですね」
コロンの歴史をひもとくと、悪臭は病気に結びつくから芳香で封じ込めようというように19世紀までは薬だった。古くはハンガリー王妃の水と呼ばれる、ローズマリーの蒸留水がある。これは『眠れる森の美女』を目覚めさせるのに用いられたとされるもので、この後に奇跡の水を意味する「アクア・ミラビリス」が登場する。殺菌作用に優れたハーブ、柑橘類を配合したものだ。この両者が組み合わさって、つまりローズマリーと柑橘類を主原料にコロンが誕生することになるのだ。
「コロンは基本的にアルコールなので殺菌作用があります。20世紀にエリートたちが考えたのは、大衆庶民が文明化されてコロンをつけるようになったら伝染率が下がり、自分たちの身を護ることができる!と。僕も僕なりのコロンの必要性を身をもって感じる必要があったのです」
キリアンがコロンを!と思ったきっかけは、2020年6月に遡る。ニューヨーク滞在中にフランスがロックダウンされてしまい、4カ月後にやっと家族の元に帰れる!となった時のことだ。
「機内のトイレに備えられていたクラランスのオー ディナミザントを浴びるように使ったんです。ボトルの半分くらい空にするほど……というのも、それによってほかの乗客から自分が守られるというような気がして。本能的な反応ですね。人々の意識にはコロンは悪臭に対してシールド的役割を果たす、ということが無意識に刻まれているんです。守られていると感じるためにほかのブランドの品を使うわけにはいかないので、それで、コロンを創らなければ、とパリに着陸するや取り掛かりました」
香りについて調香師カリス・ベッカーとのコラボレーションをした。既存の香りに似ないもので、かつ、コロンのセンセーションが失われないようにする。これはキリアンに言わせると、これまでで最も複雑な仕事だったそうだ。
左: コローニュ シールド オブ プロテクション。 右: バーカウンターでは新作を含め、アドバイスをもらいながら香水選びができる。
「この香りのために最高のクオリティの柑橘類を選びました。グリーンマンダリンとビターオレンジの晴れやかなシトラスノートとミントからフレッシュに始まり、ローズマリー、レモンプチグレン、ネロリのハートノートへと続きます。洗練されたウッディなドライダウンはシダーウッドとカシュメランをベースに、グリーンボタニカルノートをブレンドしたユニークなサップ(樹液)のアコードを合わせています。市場にはムスクでモダニティを表現するコロンが少なくありませんけど、僕はムスクはまったく欲しくなかった。いまムスクを使ったら、10~15年前のコロンになってしまうからです。とても気持ちの良い香りが創れたと思っています。これもキリアンのほかの香り同様に、ユニセックスです」
最近キリアンでは香りのファミリーを再編成した。フレッシュ、ナーコティック、セラー、スモークの4種。ザ・リカーズはこれだけで独立したコレクションなので、これは4種とは別に。コローニュ シールド オブ プロテクションは4種の中のフレッシュに属する。それで透明のボトルというのがコロンでは一般的だが、キリアンではブルーのボトルに納められている。とても鮮やかなブルーで、これからの季節、夏の夜の華やかなプールパーティをイメージさせ、ボトルを手にするだけで気分が高揚しそう。ボトルの両サイドには、ギリシャ神話の英雄アキレスがヘクトールとの戦いに際して用いたとして有名な“アキレスの盾”のエトルリア様式のモチーフがあしらわれている。“護身”というキリアン・ヘネシーの信念がここに込められたのだ。
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〜 ベストセラーのグッド ガール ゴーン バッドは21世紀のシャネル N°5 〜
左: 世界中で揺るがぬ人気のグッド ガール ゴーン バッド。 右: ベスト8のミニサイズと携帯スプレーを収めたギフトセットも販売。
日本にキリアンが上陸したのは2018年。日本におけるベスト5はグッド ガール ゴーン バッド、エンジェルズ シェア、ムーンライト イン ヘヴン、ローリング イン ラブ、ブラック ファントム メメント モリだそうだ。
「僕自身は各国ごとの消費者のリアクションというのは把握していませんが、キリアンのトップ5をあげると、順序は入れ替わるにしても世界中で共通しています。文化が違っても、美しいクリエイションというのはあらゆる人々の心に触れるということが言えて、おもしろいですね。香りも偉大な映画、オペラ、文学などと同じなんです」
世界中で人気の高いグッド ガール ゴーン バッドについて、彼はこう語った。
「これはフィルメニッヒ社にいたジャック・キャヴァリエと仕事を始めていたところ、数カ月後に彼がルイ・ヴィトンのインハウス・マスター・パフューマーとなることになり、アルベルト・モリヤスと創香を終えました。花とムスクだけの香りです。僕の気持ちにおいて、この香りは21世紀のシャネルN°5なんです。5番はアルデヒドが貫く、大きな花のブーケ。アルデヒドが花の抽象性、モダニティをもたらしています。グッド ガール ゴーン バッドにおいて、アルデヒドの役割をムスクの寄せ集めが果たしているのです。嗅いでみて、ある特定の花をイメージすることができませんね。ローズ、オレンジの花、オスマンサス、チュベローズと花ばかりなのに、具体的なこうした花をムスクが抽象化しているからです」
ブランド全体のベスト3は、グッド ガール ゴーン バッド、ブラック ファントム メメント モリ、エンジェルズ シェアという順である。
「ブラック ファントム メメント モリは、シドニー・ランセスールが調香師で、サンダルウッドとラムの仕事でした。青酸カリの調合って僕たちは呼びましたが、ビターアーモンドを調合。僕の中ではこれが最もクリエイティブな香りです。まったくキャンペーンもしなかったのに、2位というのに驚きましたが、満足しています。国によっては、1位、2位にラブ ドント ビー シャイが入っていることがあります。リアーナがこれをつけているということでバズって、それをインフルエンサーたちがリポストして……と。これはカリス・ベッカーとの最初の仕事で、マシュマロにオレンジの花の調和。アイリス、ネロリといった花も加え、そしてアニマルノートを。このアニマルノートが官能性を生み、ティーンエイジャーではなく大人の香りとなったのです」
左から、ブラック ファントム メメント モリ、エンジェルズ シェア、ラブ ドント ビー シャイ。
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2.キリアン、過去を振り返る
〜 ブランド創設時の苦労 〜
キリアンの香水はすべてチャージ式。どの香りのボトルも長い歳月の使用に耐える美しさとクオリティが特徴である。15年前のブランド創業に際して、最もキリアンが苦労したのは彼の理想とするボトルを作ってくれる業者を見つけることだったという。
「僕はスタンダードなボトルではなく、きれいなオブジェが欲しかった。香水の名前が紙のラベルではなく、真鍮のプレートに刻まれているという。この刻まれた文字をエナメルで埋めるのは注射器での作業です。それに詰め替え式にしたかったので、ポンプとセットのキャップも特製……こうした注文を受けてくれる業者を見つけるまで、アポにアポを重ねました。最初の発注数はたった1万ボトル。といっても新しいブランドにしてみれば、これは3年分、という数です。ところがブランドを発表したら、3日でボトルのストックが不足!ということになりましたけど……」と15年前を振り返るキリアン。ブランド構想とともに彼が思い描いた理想のボトルである。2007年の創業以来、ボトルはいまも変わっていない。
〜 ジャック・キャヴァリエとの出会い 〜
「僕はソルボンヌ大学で香りについて論文を書きました。その際にジャック・キャヴァリエにインタビューしたのです。といっても、僕が彼を選んだのではありません。パフューマーのインタビューをするにあたり、祖父の友人だったフェルメニッヒの社長が許可をくれたので会いにいった時に、彼が言ったわけではないけれど、僕が理解したのは“君の質問に答えるパフューマーを紹介しよう。だけど、シニア・パフューマーたちの邪魔はできないから、若いジャックをここに呼びましょう”と……。こういう感じにジャックと知り合ったのです。彼、当時まだオード イッセイをつくっただけの、30歳くらいの若いパフューマーだったんです。彼とはとても気が合って、彼が僕の香水の教授となりました。ソルボンヌの5年目に並行して、サンキエム・ソンスという香水の学校に通い、その後、フィルメニッヒで半年間ジャスミンをつくる、ローズをつくるといった作業を彼がコーチしてくれたんですね。学校で学んだ原料が500なら、3000へと、彼のおかげでパレットが広がりました。彼に負うことはとても大きいです。いまも良い関係が続いています」
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〜 ブランド創立以前、つけていた香水は…… 〜
「資生堂のフェミニテ デュ ボワをつけていました。セルジュ・ルタンスが資生堂のためにクリエイトした香りですが、その後フォーミュラが変わりました。僕が好きだったのは最初のバージョンです。このほかにも、この香りから派生したボア ドゥ ヴィオレットなどセルジュ・ルタンスの香りをよくつけていました。アンブル スュルタン、サンタル ドゥ ミゾール……。彼はとても美しい品をクリエイトしていますね。その仕事はもっと大きな成功に価するべきだと、僕は思っています」
ギフトカウンター。自分で行くより、自分のために誰かが行ってくれたら!と夢を見たい。
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新作発表に際し、次なるチャレンジについて質問されたキリアンはこう答えた。
「現在、ウッディについて仕事をしています。クリエイティビティをより遠くへと推し進めたいと思っているのです。これについては、まだ先のことなので時間をかけて……。プロジェクトはもうひとつあり、それはパイプのようなスモーキーなタバコです。法律で許されている規制内のパーセンテージでニコチンを調合します」
ふたつの香りが彼らしい物語性の高い名前で発表されるのを気長に待つとしよう。なお、彼は4年前に来日した際に、もっとも評価することとして清潔であることをあげ、滞在中にとりわけ満喫した喜びとしてグリーンティーをあげた。中でも好みは玄米茶だという。お茶の香りについても仕事をしているそうなので、キリアンがどんなクリエイションを提案してくるのか、これも楽しみだ。
20, rue Cambon
75001 Paris
営)10:00~19:00
休)日
www.bykilian.fr
@kilianparis
●お問い合わせ先
キリアン(ブルーベル・ジャパン株式会社 香水・化粧品事業本部)
tel: 0120-005-130(受付時間:10:00~16:00※土日祝日除く )
https://latelierdesparfums.jp/pages/kilian
editing: Mariko Omura