光に導かれて旅をする、ラペ通り13番地新生カルティエ。
Paris 2022.11.26
灰色の冬空の下、ラペ通り13番地のカルティエのブティックはそこだけ春のように、植物の緑が明るく6階建の建物を飾っている。2年以上をかけての大改装工事を終え、旗艦店は新しいコンセプトとデザインで10月28日にリニューアルオープンした。話題と人気に、黒い大理石のファサードの前には連日行列が! 素敵な旅が待つ店内を早く発見したい、と心を弾ませる人々。順番が巡ってくると、赤い制服に黒い帽子でおなじみのカルティエのページボーイが恭しく扉を開いてくれる。
左:リノベーションが終わったラペ通り13番地のカルティエ本店。花のスタイリングと植物のデザインが専門のスタジオ メアリー レノックスとカルティエの専属調香師マチルド・ローランが協力し、ファサードに垂直を強調した植物デザインを施した。 右:1899年開店時の華麗さを取り戻した黒い大理石のファサード。ジュエリーケースのような7つのショーウインドウには、熟練職人のサヴォワールフェールが生み出した7つの彫刻が登場。新しい本店の旅はここから始まる。photos Lucie et Simon © Cartier
ルイ=フランソワ・カルティエが1847年に創業したコンフィデンシャルなハイジュエリーメゾンを、1899年に現在のラペ通13番地に移したのは三代目ルイ・カルティエだ。その際に、彼はジュエラーとしていち早くデザインスタジオを創設した。左隣の11番地の建物も彼は買取って1910年から3年をかけて大掛かりな工事でブティックを拡張し、カルティエはここを舞台に国際的宝石商として発展し、輝かしい歴史を築いていくことになるのだ。
それから1世紀以上の間、この神話的存在のブティックでは改装工事が何度か行われ、その都度時代に合わせてアップデートされてきた。今回の大々的な改装について、メゾンのイメージ スタイル & ヘリテージ ディレクターであるピエール・レネロは「より広い空間を顧客や訪れる人々に提供し、自由に店内を歩いてクリエイションを発見したいという願望にこたえるためのものです」と説明する。1階から6階までを簡単に紹介しよう。
左:来店者をコンシェルジュチームが出迎える地上階。上階へは優美な階段で。 右:エントランスの右手は時計売り場。その奥が「ジャン・コクトー」サロン、そして「ルイ・カルティエ」サロンだ。photos Laziz Hamani © Cartier
左:2階の「ダイヤモンド」サロン。太陽が輝くような天井はほかの部屋でも見ることができる。 右:4階のサービス サロン。photos Laziz Hamani © Cartier
1階はジュエリー、時計、オブジェ、フレグランスなど来店者がカルティエの世界観に浸れる売り場構成となっている。2階で待つのは白く輝くダイヤモンド。エンゲージリングとウェディングリングのためフロアだ。3階はハイジュエリー。4階は時計、ジュエリーなどに刻印を施すパーソナライゼーションバーを備えたカスタマーサービスに特化したフロアである。待つ間、大人のためにはフレグランスや革小物といったギフト向け商品も扱い、子どものためには「カルティエ デ プティ」と命名された遊びのコーナーも。1階から4階までは来店客すべての人々に開かれ、革の手すりが優雅な感覚をもたらす階段あるいはゴールド装飾が施されたガラスと大理石に囲まれたエレベーター2基での移動が可能だ。5階は職人18名がサヴォワールフェールを駆使するハイジュエリー工房で、その入り口には厳重なコントロールが敷かれている。最上階となる6階、ルーフトップの下に広がるのはキッチン付きのレジデンス。特別なゲストにアクセスがあるフロアでここにはメゾンの貴重なアーカイブも備えられている。
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驚きのアトリウム、光へのオマージュ
改装前のブティックを覚えている人も含め、来店客をエントランスで驚かせるのは店内にあふれる明るさだろう。入り口すぐの空間を堂々と占めていた階段を始めとし、過去の面影はなく店内はゼロから作り直されたのだ。まずは、床のモザイクの光り輝く太陽に迎え入れられる。そこで目の前に広がる空間は明るくとても開放的。左右に並ぶショーケースの中で輝くカルティエのクリエイションを愛でつつ、散歩をするように心地よい空間を前進することになる。視線をひきつけるのは、太陽の光が照らす1階の奥のアトリウムだ。そこはパリの建物の特徴的要素である中庭をイメージした吹き抜けの空間である。ガラス屋根からの自然光が6階から地上へと突き抜け、その周囲の白い壁には中庭らしく植物が浮き彫りされている。今回の改装は輝き、垂直性、モダニティの3つがキーワードだという。建物にそのひとつである垂直性をもたらしたのがこのアトリウムなのだ。視線を上にあげると各フロアがこの中庭に面して開かれているのが見え、6つのフロアの繋がりがそこに感じられる。地上階でフレグランス売り場に漂う芳しい香りに包まれながらアトリウムの感動的な美しさに身をおくと、まるで光の国に迷い込んだような不思議な感覚がとても心地よい。
左:ガラス屋根からの自然光が6フロアを突き抜けるアトリウム。その地上階はフレグランス売り場だ。photo Fabrice Fouillet © Cartier 右:パリの建物内の中庭のような作りのアトリウム。すべてのフロアが植物の彫刻が施された白い壁に囲まれたアトリウムに面して、開かれている。photos Laziz Hamani © Cartier
自然光はブティックを訪れる人のためであり、また地球のためでもある。この改装はメゾンのヘリテージだけではなく環境を尊重して実行されたのだ。建物のサステナビリティを確保し、BREEAM環境認証のハイグレードをカルティエが将来獲得するための条件すべてを満たすように、館内はアトリウムから取り込む太陽の光で照らす自然採光を基本とした改築計画で構想された。なおこの計画には断熱や節水への配慮、リサイクル資材の活用なども含まれ、この本店はサステナビリティに率先して取り組むカルティエの意思が反映されたエシカルな建物といえるのだ。
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ジャンヌ・トゥーサンとメゾンの象徴「パンテール」
1899年にデザインスタジオを創設した三代目ルイ・カルティエとともに、メゾンのジュエリースタイルを打ち立てたのはジャンヌ・トゥーサンである。ルイと出会った頃、ビーズや房飾りあしらったバッグを作っていた彼女。装いおよび仕事にみられる彼女のセンス、テイスト、そして本人の非凡なキャラクターにルイは強く惹かれ、彼女にメゾンのレザーグッズやオブジェの部門を託すのだ。そして1933年、海外に移住するルイからクリエイティブディレクターを任されたジャンヌは、1970年、つまり亡くなる6年前までその仕事を全うすることになる。パンテールをメゾンのアイコンに育て、また遠方の異国文化にインスピレーションを得たクリエイションというカルティエのスタイルのひとつを確立させたのも彼女の仕事だ。豊富な高級素材、カラーコンビネーション、しなやかさ、立体感、動植物のモチーフなどを特徴とする’’トゥーサン テイスト’’は、カルティエスタイルの歴史だけではなく、20世紀のデザインの歴史に素晴らしい足跡を残している。
2階、ラペ通りに面した「ジャンヌ・トゥーサン」サロン。天井のモールディング、オーク材の壁など以前からある要素には軽い味わいがプラスされてモダン空間に仕上げられた。photo Laziz Hamani © Cartier
左:「ジャンヌ・トゥーサン」の右側の「ルビー」サロン。壁布には無数のパンテールが見え隠れしている。 右:左側の「エメラルド」サロン。こちらのグリーンの壁布にもパンテールが。photos Fabrice Fouillet © Cartier
パンテールと呼ばれた女性として有名なジャンヌ。ルーマニアのベビスコ公妃からは、’’ダイヤモンドの香りがする’’とも形容された女性である。彼女がオフィスを構えていたのは、今回のこの改装によりエンゲージリングのダイヤモンドで光り輝くフロアとなった2階の通り側。メゾンのクリエイションの輝かしい歴史が綴られたその場所は、「ジャンヌ・トゥーサン」サロンとしてプライベート感のあるモダンなスペースに生まれ変わった。建物内のほかの部分でもそうだが、19世紀の建築物の特徴であるモールディングなどの装飾要素には現代的な味つけが加えられ、過去・現在・未来をつなぐ意味が与えられた。このジャンヌ・トゥーサンのサロンの両側には「エメラルド」サロンと「ルビー」サロンがあり、この2つのサロンの壁を覆うのは緑と赤のトワル・ドゥ・ジュイのファブリックで、よく見るとモチーフの中に無数のパンテールが描かれている。メゾンのアイコンとして、パンテールはジュエリーを飾るケースの中に限らず、こうして新生ブティックのいたるところに姿を潜めていているので要注意を。たとえば、1階ではレセプション・デスクの後方に掲げられている2×3メートルのパネルに目を向けて欲しい。ジャン=ダニエル・ギャリーのガラス細工とリゾン・ドゥ・コーヌのストローマルケトリーという2つのサヴォワールフェールによる共作で、パンテールの斑点にインスパイアされたデザインだ。1階では階段の麓には、来店者を見守るようにパンテールのブロンズ像が置かれ……店内を散歩すると、パンテールの存在があちこちで感じられるはずだ。
ジャンヌ・トゥーサンのポートレートも含め、デッサンや写真など貴重なアーカイブは特別な人々のためのフロアである6階で守られている。photos Fabrice Fouillet © Cartier
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パリの屋根の下、小さな宝石のように輝くレジデンス
ジュエリーや時計あるいは香水の買い物に来店しても、残念ながら足を踏み入れることができないのが6階のレジデンス。気になる存在では? これは交流、レセプション、文化イベント用のスペースとして構想されたエクスクルーシブな空間である。ダイニングルーム、キッチン、サロンが構成する特別なクライアントを迎えるスペースには、陽気さと詩情が漂っている。室内装飾を任されたのはローラ・ゴンザレスだ。カルティエが誇るクリエイティビティに呼応するような高度な職人技による装飾芸術を室内に取り入れ、彼女はプレシャス感をこの空間にちりばめた。たとえば、刺繍状にペーパーを縫いとめてシルクベルベットに描いた絵や、金魚をはめ込んだ大理石のダイニングテーブル……ラグジュアリーと親密な雰囲気が上手に共存している。ローラ・ゴンザレスはレジデンスについて、「カルティエの世界を詩的に表現することで、夢の世界へと誘う、喜びと驚きに満ちた隠れ家となりました」と語っている。
人気の女性室内装飾家ローラ・ゴンザレスが手がけた6階レジデンス。ダイニングルーム(左)とサロンにはカルティエのクリエイションの大きなインスピレーション源である、植物、動物が装飾に生かされている。photos Fabrice Fouillet © Cartier
ゴンザレスのアイディアをもとに、アトリエ ゴアールが描画し、リュシー・トゥーレが部分的にペーパーエンブロイダリーを施したシルクのパネルが、ダイニングルームの壁を飾る。photos Fabrice Fouillet © Cartier
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フランスの装飾芸術とサロン
サロンは先に触れた2階のみならず。今回の改装によって1階から4階までの各フロアに、メゾンの歴史やスタイルにインスパイアされたサロンが設けられたのだ。これらはエクスクルーシブな空間ながら、うれしいことに来店者のすべての人に開かれている。
1階では2つの歴史的サロンが装飾要素を加えられ、丁寧に修復されて新たな命を吹き込まれた。1つは「ジャン・コクトー」サロン。鏡を配したシューレアルな空間の中、アカデミー・フランセーズ正会員に迎えられたコクトーが正装でつけたカルティエ制作による剣が展示されている。コクトーのデッサンを生かした剣で、エメラルド、ルビー、ダイヤモンドなどが用いられた。同じフロアのもう1つは、かつてのルイ・カルティエのオフィスを再解釈した「ルイ・カルティエ」サロンだ。ライブラリーには彼の稀書コレクションとアーカイブ資料が収められている。
左:1階のこじんまりとした「ジャン・コクトー」サロン。天井、床のカーペットにも注目を。右:ジャン・コクトーのアカデミー正会員の剣が展示されている。photos Laziz Hamani © Cartier
「ルイ・カルティエ」サロンも1階に。
3階のハイジュエリーフロアの4つのサロンにはフランスの美術工芸の非凡なクリエイションがふんだんに活用され、その洗練と貴重性という点でカルティエの宝飾品にふさわしい場所に仕上げられている。通り側には「インド」「アールデコ」「インスピレーション」の3つのサロンが。「インド」サロンはアトリエ ミダヴェーヌによる漆塗りの大きなスクリーンが見事だ。金箔が燦めく中に、カルティエの過去のジュエリーにインスパイアされて梢と飛翔する鳥が繊細な筆使いで描かれている。エルヴェ・オブリジによるストーンマルケトリのパネルが壁を飾るのは「アールデコ」サロン。このパネルは2014年に発表されたブレスレットに着想をえているそうだ。また3階ではアトリウムに面して、カルティエのジュエリーの大きなテーマである動植物相をテーマにまとめた「ファウナ&フローラ」サロンがある。グリーンの濃淡でまとめられた丸いスペースで、アトリウムからの自然光に照らされて美しい。ゴールドの開閉式の複数の柱に囲まれていて、アトリウムに面した部分以外を閉じることによってハイジュエリーをじっくりと選ぶことができる空間となる作りだ。
左:3階ハイジュエリー・フロアの「アール・デコ」サロン。エルベ・オブリジによるストーンマルケトリー・パネル。2014年のブレスレットにインスピレーションを得た作品だ。 右:「インド」サロン。アトリエ・ミダヴェーヌによる漆塗りのスクリーンが壁を飾る。モチーフのインスピレーションは1940年代に制作されたバードブローチなど。photos Fabrice Fouillet © Cartier
左:「インスピレーション」サロン。オーダー客のために宝石を映し出すスクリーンがリゾン・ド・コーヌによるストロー・マルケトリーの家具の中に隠されている。 右:ハイジュエリー・フロアで唯一アトリウムに面した「ファウナ&フローラ」サロンはグリーンの濃淡が美しい。photos Fabrice Fouillet © Cartier
ラペ通り13番地は宝飾品にため息をつき、そしてこのように素晴らしいブティック内の装飾芸術にも驚かされる場所なのだ。創業以来卓抜したスキルとクラフトマンシップに熱い思いを寄せるカルティエ。それらはジュエリーピースの制作に生かされるだけではなく、世界各地のブティックの内装でも特別な役割を果たしていることをここで再び確認できる。6つのフロアのリノベーションは3つの建築家チームに任された。それぞれ独立した仕事ながら、館内では深い部分での調和が感じられるのは彼らがメゾンと長いつきあいがあり、ルイ・カルティエとジャンヌ・トゥーサンの魂が息づくブティックを熟知しているからだろう。ショーケースを飾る宝飾品、光あふれる空間、卓越のサヴォワールフェールが作り上げた家具調度品……ラペ通り13番地の新しいカルティエ内は、歩くだけで自分まで光り輝く美しい宝石になったような気にさせる極上の世界だ。
editing: Mariko Omura