<手仕事をめぐる現代の冒険!> 独学で刃物作りを始めたオペラ座のフロリアン・マニュネ。

Paris 2023.01.20

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左: オリジナルの刃物のクリエイション「FM Coutellerie」(@fm_coutellerie) を始めたパリ・オペラ座のプルミエ・ダンスール、フロリアン・マニュネ。自宅の2階に設けたクリエイションスタジオにて。後方の壁を飾るのは彼の母が描いた作品だ。 右: 刃にブランドのロゴFMが刻まれている。イノックスの刃とオリーブの柄の組み合わせがエレガントなナイフ。photos:(左)Mariko Omura、(右)Leo de Bousserolles

パリ・オペラ座バレエ団では男女ともダンサーの定年が42歳に定められている。1964年生まれのマニュエル・ルグリのアデュー公演は彼が45歳の2009年だったことは記憶に新しいだろうが、その当時の定年は男性が45歳、女性が40歳だったからだ。さて、今年5月に42歳の誕生日を迎えるプルミエ・ダンスールのフロリアン・マニュネ。本来ならその日まで舞台に立つところだが、彼は2022年7月16日、41歳の時にオペラ・バスティーユの『真夏の夜の夢』の最終公演を踊ってオペラ座のステージを後にした。定年後の転職のため、最後の1年を職業研修に当てることにしたからだ。

オペラ座でシーズン2022~23年が始まった9月、彼が向かったのは通い慣れたオペラ・ガルニエへの道ではなく高等宝飾学校だった。ストーン・セッティングのクラスに通っている。なぜここで学ぶことにしたのかというと、2020年に独学で始めた刃物作りに役立たせるためである。といっても、それを次の職業とするかどうかは未定だそうだが。
 

自分の手で何かを作り出す満足感

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自宅に設けたアトリエで包丁、折りたたみ式ナイフ、みじん切り用包丁など刃物類を作る。photos:(左)Mariko Omura、(右)FM Coutellerie

パリ郊外の自宅に設けたアトリエで作業する姿に、数カ月前までオペラ座の舞台でタイツ姿で優美に踊っていたダンサーであると想像するのは難しい。この大きなギャップに驚かされずにはいられない。彼が包丁を作りはじめたのは、2020年に新型コロナ感染症予防のためにオペラ座の劇場が封鎖され、毎朝のクラスレッスンも行われなかった時期のことだという。といっても、“そうだ、包丁作りをしよう”と突然閃いたわけではない。

「包丁を作るにあたって強化したけど、もともと機械好きなのでガレージを改装したこのアトリエはすでに存在していたんだ。何年か前に巨大な研磨機を入手したのが始まり。旅先で子どもたちが昼寝をしてる時にYoutubeを見ていて、具体的な目的はないのだけどこの機械が欲しくなってしまった。モーターはル・ボンコワン(注:個人間の売買サイト)で買って自分で組み立てて……。その次に購入した電動穿孔機はいま、包丁の柄を留めるリベットのための穴あけに活用しているけど、これも目的なしに買ったものだ。徐々に機械が揃ってゆき、習得した技術も増えていって、ある時、ああ包丁が作れるぞ、となった。その時、それに必要な機械は全て揃っていたんだ。これは奇妙なことだね。もともと考えてたことじゃないのに……頭のどこかに包丁作りのアイデアがあったのかもしれない。ナイフ類は好きで何本か持ってたけれど、すごい情熱があるとか、魅了されていたというのでもない。僕がずっと以前から気に入っているのは、職人仕事。たとえばパン屋のように、何かを自分の手でつくりあげることだ。素材を集めて何かを生み出し、それを販売することに感じる誇らしさ。ブドウ栽培者だって、そうだね。手間ひまかけてブドウを育て、それを絞って樽に詰めて、瓶に詰めて……と。こうしたことに僕は関心がある」

自宅を入手した時も、自分であちこち工事をしたという彼。昔から好奇心いっぱいで、おもちゃを解体するのが大好きな子どもだった。祖父が経営するアトリエで車体修理の作業に心惹かれ、父のインダスリトアルデザインの仕事にも、義父の建築関係の仕事にも興味があって……形ある何かを生み出すことに成功するのは、やりがいのある仕事だと見ていたそうだ。

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ガレージの半分を改装したアトリエにて。1080℃のオーブンで包丁の刃先を温め、オイルにつけて硬化させて、と手慣れた様子で作業を進める。フランスには鉄を打ち続けることで、鍛冶屋になれるということわざがあるが、独学で始めた刃物作りなのでフロリアンも試行錯誤で、失敗しながら多くを学んでいるそうだ。photos:Mariko Omura

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次の職業に向けて、定年前に1年間の研修

「職業研修に引退前の1年を当てようと、前々から考えていたわけじゃない。2022年の5月頃、自宅に食事に来た女性ダンサーが“希望した研修が受け入れられたわ。だから来シーズン、私は舞台には立たないのよ”て言ったんだ。彼女は獣医のアシスタントの仕事を目指している。僕はその2年くらい前から定年後に何をしようか探っていて……」

プルミエ・ダンスールとしてすでに自分のベストは尽くしきったという思いがあり、身体的にも以前との違いを感じていたこともあって、刃物作りを始めていたことがきっかけとなり、彼もオペラ座の研修システムを活用しようとその晩即座に思い立ったのである。

「CPFといって、フランスでは雇用主が被雇用者の15年後の職業研修のためにひとりについて毎年500ユーロとかを積み立てる仕組みがある。たとえば外国語を学ぶというようなステージを続けながらできる研修に、定年がまだ先のダンサーもこの仕組みを利用している。僕の積み立ても6000ユーロとかになっていて、これを活用しないのはもったいないって思ったんだ。それで彼女が帰ったその晩、早速インターネットでリサーチを。キーワードをいつもと違う語順にしたせいか、それまでは画面に現れなかった“ルーヴルの高等宝飾学校”が出てきて、そこに金属彫刻のクラスを見た時に、“これだ、僕がしたいことは!”って。それで申請し、すぐに受理されて……」

これは6月の頭のこと。定年を1年前倒しして、2022年7月16日が最後のステージとなったのだ。あいにくと金属彫刻はほかに希望者がいなかったので講座が成立しなかったので、現在彼はストーン・セッティングを学んでいる。ジュエリーを作るためではなく、このサヴォワール・フェールを習得することによって彼は包丁やナイフの柄に石をはめ込むことができるようになるのだ。

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左: 宝飾学校のストーン・セッティングで使う道具と彼による仕事。 中: 初期の作品。手前の革のケースは、皮革創造を研修中のオペラ座の現役ダンサーによるものだ。 右: 刃物の柄に使う素材選びには楽しみがある。photos:Mariko Omura

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刃物の柄の素材にそれぞれの物語

アトリエでは刃先、そしてさまざまな種類の木を使っての柄の作業に勤しむ。素材にはそれぞれに物語があり、またそこには出合いもあって……それもまた刃物作りで彼が気に入っていることのひとつなのだという。

「注文主が自宅の庭でカットしたというイチジクの木を柄にしたいと、持参したこともある。インドのリラ、これは隣人が木を処分するというので一部をもらったものだ。どちらも、すごく良い匂いがした。昨年オペラ座のロサンゼルスでのガラの後に旅したときに拾ったアメリカの木もストックしてある。インターネットでアトリエ用の防音材を買ったところ、売主の職業は木の伐採。で、その人のトラックに積まれていた廃棄の運命にある木を譲ってもらったことも。休暇先のドーヴィルで有名な木の遊歩道レ・プランシュの修復時に拾った木も使ったし……。オリーブの木のように硬い木と違って組織が密じゃない素材には樹脂を用いて安定させる。たとえば、パリ近郊のムードンの森で拾った木は、樹脂を使ってモザイク状に組み合わせて柄にしたんだ」

ふたりの娘たちも路上や林で捨てられている木株などを見つけると、“パパ、これはどう?”と提案するようになったそうだ。自宅の半地下のアトリエに加え、2階に設けたクリエイションスタジオの引き出しには柄のための木のサンプルが多数収められている。そのバラエティの豊かさに驚かされるが、素材は木に限らず魚の皮、水牛の骨、イカの軟骨なども。マンモスの骨を柄に使うことは、23000年前の何かを手中にすることになる!と彼は目を輝かせる。

もちろん柄だけでなく刃先についても、彼はクリエイティビティを発揮。初期には祖父の鉈をリサイクルした包丁も作っている。インスタグラムを見ると、これが独学によるクリエーション!と驚かされるだろう。刃の素材やフォルムなどユニークな職人仕事ならではの美しい一点もの刃物が並んでいる。

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部分的に鍛金によって槌目模様をつけたミラー仕上げの刃先とリラの木を染めた柄の組み合わせの包丁。Le Courbe(カーブ)と命名されている。photo:FM Coutellerie

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左: 松ぼっくりを樹脂で閉じ込めた柄の肉切り包丁。 右: ブルゴーニュ地方のブドウの株の柄の万能包丁。photos:FM Coutellerie

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左: 古いオリーブの木を柄に。刃は流れるような模様が特徴のダマスカス鋼を使用。 中: クルミの木と樺の木をダミエに組み合わせた柄のみじん切り包丁。 右: 柄は南仏の杉。photos:FM Coutellerie

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自分の感動を込めた刃物作りを

ブランド名を「FM Coutellerie(エフエム・クーテルリィ)」としたのは、ダンサーが作る刃物としてではなく、その品を気に入った人からの注文が入ってほしかったからだ。販売するならインスタグラムをしたほうがよい、という友人のアドバイスを得てインスタグラムも早々に始めた。写真も主に自宅の庭で彼自身が撮影している。手作りの一点ものの刃物を作っていた彼に、最近テーブルナイフの6本セットという注文が舞い込んだ。同じ品を作れるように自分なりに試行錯誤でシステムを考えて、と新たな挑戦に成功した。

「でも、これを職業にしようとまだ決めたわけじゃない。オーダーで作る刃物は依頼者の望みにこたえることで収入をもたらす。でも、デザイン以外は僕が本当にしたいことではないんだ。自分が好きな刃物だけを作ってフェアなどで販売していくのがいいかな、とも考えている。あちこちで見かけるようなのを作るのは興味がない。それは僕よりずっと経験のある人たちに任せて、僕は自分のエモーションをこめたクリエイションをしたい。それはオペラ座の舞台で長年していた仕事に通じることだ」

理想はより手作業を施した刃物を作ることだという。それで“ジュエリー・ナイフ”を作っている人の研修を受けたいと思ったのだが、CPFがカバーする範疇から外れ、また自腹では高価すぎ。諦めざるをえなかったことを悔しがる彼だが、現在学んでいる複数の手法のストーン・セッティングを活用して、ユニークな柄をクリエイトするに違いない。学校のクラスには若い生徒もいるが、彼と同じ年頃の生徒が4人いるそうだ。転職のためや、自分が持つ技術の向上のためと動機はそれぞれ。フランスにおいて転職にはCAP(職業適正証書)を取得することが有利と考える人が多い。彼もストーン・セッティングについて試験を受けることができるが、いったいその証書がなんの役に立つのだろうかと彼は自問自答する。就職希望者ならともかく、自分のように自由にやってゆくのなら必要ないのではないか、といまの時点では思っている。

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左: 6本セットのテーブルナイフには縞模様の木を選んだ。 中: 真鍮を編んだ装飾を柄につけた。 右: バラの木の柄のナイフ。photos:FM Coutellerie

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やる気と情熱があれば

こうして手仕事を転職の可能性に考えられるのは、彼がもともと手先が器用なのだろうから、と想像しがちである。それに対して彼はこう語った。

「確かに手を使って何かをすることは好きだけど、僕にその能力があるかどうかは別のこと。みんなと同じだ。物事ができるようになるのは、やる気の問題だと思う。それはナイフ作りやセッティングに限らず、人生なんにでも言えることじゃないかな。何かに興味を持ってやってみたいのなら、始めは無能でもうまくできるようにと願うことで上達することができるものだ」

22~23年間オペラ座が決めるスケジュールで暮らす日々から一転し、いまは自分で予定を立てる毎日。奇妙に感じるけれど、舞台を務め上げるストレスから解放された喜びは大きい。家の掃除、子どもの面倒などでなかなか思うようには刃物作りの時間がとれないんだと笑う一方、ストーン・セッティング以外の研修にも参加して、自分がしていることをより強化したいと意欲的である。

FM Coutellerie
Instagram: @fm_coutellerie

editing: Mariko Omura

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