パリの手仕事が生まれるアトリエへ パリジェンヌが紡ぐ、可憐な手刺繍の世界へ。
Paris 2023.01.27
ずっと大切にし続けたい素敵なものが出来上がる背景には、手仕事を大事にするクリエイターと情熱あふれる物語がある。彼女たちを訪ねて、パリの小さな仕事場へ。
CASE #01 オードレー・ドゥマール
白い壁には、さまざまな場所で見つけた刺繍アイテムやイラストをピンで貼っている。もうひとつのムードボードはインスタグラムなのだそう。
古い刺繍のハンカチやかぎ針編みの小物、レトロなパッケージと自作の刺繍が並ぶ白い壁がムードボード。刺繍作家オードレー・ドゥマールのアトリエは、パリ大学の旧校舎内にある。ポエジーとユーモアが交差する軽やかな作風が人気を呼び、ディプティックをはじめとするブランドから注文が舞い込む、注目のアーティストだ。その世界の根底には、地図やイコノグラフィ、心臓や手などの身体の器官のイメージソースがあり、フリーダ・カーロやジョージア・オキーフといった、独自の道を歩んだ女性たちの姿がある。
「母も祖母もクチュリエールでしたし、刺繍はずっと昔から大好き。でも習ったことはなく、技術はまったくの自己流」とおおらかに笑う。
なぜなら、彼女の刺繍は、装飾ではなく、絵巻のようなものだから。
「制作にはストーリーが必要」という彼女は、心の中の風景や物語を言葉とデッサンで表現し、色糸で刺していく。依頼者の多くは、彼女の作品に出合って恋した人たち。結婚記念日の妻へのプレゼントを小説にした男性や、世界旅行を続ける家族などが、自分たちのストーリーを刺繍にしてほしいとやってくる。
「会って話を聞き、その世界を布の上に描いてゆきます。時には下絵もなく、布に直接刺しながら、どんどん大きく広がっていくことも」
そんな注文の合間に、オードレーは自分用のベッドリネンを制作している。「たくさんの優しい手に包まれて眠れるように」、さまざまな手の表情を思いつくままに刺す。これもまた、果てしない物語になりそうだ。
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指と手のひらの線に沿って言葉を刺繍した白い布。敬愛するフリーダ・カーロを表現した黒い紙。自分の作品に交じって、刺繍やレースなど、蚤の市で出合った昔の女性の手仕事が同居するムードボード。
机の上にも、カラーチャートや刺繍糸、イラストや色使いが気に入ったラベルやパッケージなどがたくさん。オードレーの愛する世界観を伝える。
「L’Histoire des Fils」と題した小冊子は、言葉と刺繍が綴るポエジー。
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“MP”の刺繍のあるアンティークリネンに、食べ物と言葉を刺繍した作品。マルセル・プルーストを記念するイベントのために制作したもの。
たくさんの手をベッドリネンに刺繍。自分のための作品は、いつ仕上がるのだろう。FIGARO Marchéにてオードレーの作品を販売。
*「フィガロジャポン」2023年2月号より抜粋
photography: Julie Ansiau editing: Masae Takata (Paris Office)