<手仕事を巡る現代の冒険> ディオールのプレタポルテ。手仕事の見事さはクチュールに負けず。
Paris 2023.03.16
サヴォワールフェール、職人、手仕事・・・オートクチュールが語られる際、耳にする単語だ。しかし2月28日に発表されたディオールの2023~24年の秋冬プレタ・ポルテ・コレクションもまた、手仕事なしには完成しなかったものである。まるでオークチュールのドレスに発揮されるような、人間の手だけが成し得るサヴォワールフェール。これがプレタポルテにおいても、マリア=キウリ・グラツィアの創造性を支えていることが明らかなコレクションだった。主だった3つの仕事を以下に紹介しよう。
レザーの花
レザーの花の製造工程。レザーから花型をカットするところから、花をスカートに縫い付けるまで全て手作業で行われる。photos: Sophie Carre
コレクションにインスピレーションを与えた3名の女性の一人、カトリーヌ・ディオール。クリスチャンの妹で、戦前は花を栽培して販売をしていた。クリスチャン・ディオールがクチュールメゾンを創立した1947年に発表した香水Miss Diorに名を残しているのが彼女だ。また、1949年のクチュール春夏コレクションにはミス・ディオールというドレスも発表された。これはピンクのタフタを覆うグリークチュールと呼ばれる目のあらいチュールに、さまざまな種類の花が無数に浮き彫り刺繍されたドレスである。マリア=グラツィアは過去にもカトリーヌにインスパイアーされた花のドレスをデザインしているが、今回はミス・ディオールをレザーで再解釈したのだ。
それは、すずらんや、紫陽花、バラ、プロヴァンスを連想させる花など合計6種類の花が立体的に縫い付けられたフレアー・スカート。ブロンズの型で抜かれた黒い革の花弁や葉には、専用の道具で筋や葉脈が押し描かれている。ひとつひとつが手作りの作業なので力の入れ加減などが微妙に異なり、どの花も1つとして同じではない。
このスカートは白いシャツとネクタイというマスキュリンなトップと合わされてランウエイに登場。また別のルックでは片胸を覆うアーチェリーのチェストガード的なレザーのチョッキにもこれら黒い革の花が立体的装飾をなしていた。どちらも花の脆さと力強い生命力が浮き彫りにされるコーディネートである。
左:ショーより、ルック36のスカート。右:展示会より、ルック27。
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藁のティアラ
今回のコレクションはムッシュー・ディオールが「最もエレガント」な色と称した黒が様々な素材で使用されていた。フィナーレを飾った5つのラストルックも黒のシンプルなドレスだった。この5名のモデルたちの頭上に輝いていたティアラに注目しよう。19世紀末から20世紀にかけて藁のレース作りとして活用された技術を用いたもので、シルクの花を作るのと似た手法で作られている。藁は紅茶で染められ、その一本づつを職人が手作業でモデリングして編み込み込んで完成させたティアラだ。ショー会場の照明にモデルの頭上でキラキラと金色に輝いて、自然が生み出した王冠のようだった。
ショーの最後の5ルック。モデルたちの頭上に藁のティアラが輝いていた。
藁の1本を割いて細くするという作業から始まるティアラ作りは、19世紀から伝わるサヴォワール・フェールを活用。平らな小花には竹が用いられている。photos: Sophie Carre
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まだら模様のファブリック
多数の黒いルックに対抗するかのように、コレクションにはプリントも多く登場した。それらはルビー、エメラルド、トパーズイエロー、ブルーといった弾けるようなプライマリーカラーが印象的で、モチーフは具象ではなく抽象的である。それはファブリックにステンレス・スティールの糸を織り込むことによって、モチーフの輪郭がぼんやりとあいまいに表現されるように織られているからだ。さらにメタルの糸が織り込まれていることにより、このファブリックには折りやシワで命をふきこむように独特な立体感を生み出すことも可能である。このオリジナル素材を多用することで、コレクションに大いなるモダーニティがもたらされていた。
ステンレススティールを織り込んだファブリックによりモチーフの輪郭があいまいとなりモチーフが抽象的になる。
人間の手が機械を操り特殊なファブリックを織り上げる。photos: Sophie Carre
editing:Mariko Omura