間違えたら大変! 宮廷のドレスコードを知る『誘惑と権力』展。

Paris 2023.07.19

フランスの宮廷といったらヴェルサイユ宮殿。太陽王ルイ14世が建てた夢のお城だ。国王の身分を忘れ、家族や友人たち、愛妾などごく近しい人たちと過ごし、狩猟を楽しめるプライベートな城が欲しいと、7km離れた土地に彼は離宮として小さなマルリー城を設けた。限られた人へ王から城への誘いは「殿、マルリー」という合言葉だったそうだ。後にマリー・アントワネットがプティ・トリアノンで過ごすのを好んだように、彼もまた1686年の完成当時はランチや狩りにと通った。その頃は短期間の滞在だったが、晩年は多くの日々をここで過ごすように。死期が近いことを感じ、彼は亡くなる直前にヴェルサイユ宮殿に戻ったそうだ。その後、ルイ15世は狩猟に訪れる程度、そしてルイ16世はたまに……とマルリー城は活用されなくなってしまった。そしてフランス革命後、市井人の手にわたったが会社の倒産によって城は切り売りされ、20世紀の始めには跡形もなく城は消えてしまったのである。

その跡地にルイ14、15、16世の時代の証人として1980年代に美術館が作られ、常設展と企画展を開催している。常設展は「城と庭」と題して模型と、城の装飾などの“残骸”を展示。模型を見ると、メインのパビリオンがあり、その左右にそれぞれ小さな6つのパビリオンという造りだったことがわかる。ヴェルサイユ同様に植え込みもあれば噴水もあって……。水はセーヌ河から機械で引いていたという。この展示室の城の敷地の模型はもうひとつの模型に繋がっている。河から3段階で水をポンプで引き上げて城まで届けるシステムをわかりやすく紹介する模型で1684年からポンプ機は作動を始めたそうだ。17世紀にこんなことが可能だったのか?と当時の知恵に感動! 鋳鉄の太いパイプの一部も展示され、断片からいまは無きマルリー城へと思いを馳せる展示だ。

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美術館の地上階には、いまは無きマルリー城を来場者が頭の中で再現できるような展示が並ぶ。城の外観は当時よく行われていたように、大理石のトロンプロイユだったそうだ。photos:Mariko Omura

8月27日まで開催の企画展は『誘惑と権力』。ゴージャスな宮廷着の展示はほかの美術館に任せ、ここでは宮廷におけるジュエリー、香水、扇といった小物とその使い方に注目した展覧会だ。緑あふれる敷地内の散歩も兼ねて、パリ から出かけてみるのはどうだろうか。ルイ14世から16世、17世紀末から18世紀。誘惑の手段であり、権力の誇示であり。洗練を競い合う宮廷人の頭の先からつま先まで装った小物をテーマに分けて、約100点の展示物で紹介している。     

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左: 展示から、17〜18世紀には誘惑の小道具だった扇。 collection particulière © Thierry Malty - Anne Camilli&Cie。 右: マルリー城まで行かれなければ、カタログ『Séduction&Pouvoir, L’art de s’apprêter à la cour』(in fine刊/25ユーロ)で楽しもう。

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展覧会の始まりは頭から。カツラとかぶり物が展示されているが、それらの精巧さや手間のかかり具合に、この時代の花形職業は髪結いとカツラの作り手と聞かされれば、素直に頷くばかりだ。2部屋めはビューティ。フランス革命以前、宮廷において位の高い人である証は白い顔に、眉とまつ毛は黒、口紅は赤……そしてつけぼくろである。このつけぼくろは顔の吹き出物や欠点を隠す、あるいは顔の白さを強調するためで、シルクやビロードなど素材さまざまだった。大切なビューティアクセサリーゆえに、それを収める小箱にも贅が尽くされ、美しく化粧台を飾っていたそうだ。また化粧水のフラコンや口紅、鏡などをまとめて収納するボックスはジュエラーや金銀細工師に製作が任され、婚礼祝いの品となるほど贅を尽くす対象だった。次の部屋では香りの装いを紹介。香りもまた宮廷の装いには男女ともに不可欠で、当時の多くはジャスミンやラベンダー、あるいはベルガモットなど調合ではなく単一の香りである。ルイ14世のお好みはオレンジの花。18世紀になると人気の香りはラベンダーとバラで、この頃から素材や装飾にこだわったフラコンがもてはやされるように。

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左: 宮廷のヘアスタイルから展示はスタート。17〜18世紀のポートレート、カツラ、そのケースなどを展示。 右: 18世紀後半の女性のかぶりもの。photos:(左)Mariko Omura、(右)collection particulière © Thierry Malty - Anne Camilli

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左: 1780年頃のクリスタルの香水ボトル。片面にほくろケースが備えられている。 中: 18世紀の典型的な装飾が施された香水および気付け薬のボトル。 右: オルレアンの王立ガラス製造所で1680年頃に作られたベルナール・ペロによる香水ボトル。photos:(左・中)collection particulière © Thierry Malty - Anne Camilli、(右)©Eve Lorenwini/Musée du Parfum Fragonar

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左: 18世紀の頬紅とそのケース。 中: 爪楊枝と舌掃除用スティック。彫りのある木製ケース入り。 右: 18世紀中頃の軟膏入れ。スプーンの先は密閉容器の蓋を開けるためのひっかけ。ケースは爬虫類の皮。© Thierry Malty - Anne Camilli&Cie

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第4室からはビューティではなくモードがテーマだ。ボタン、レース、刺繍といった服の装飾が最初に取り上げられている。17〜18世紀に盛り上がりを見せるレース産業。マリー・アントワネットが1774年の戴冠式でアランソンのレースのヴォワルを纏えば、それが「メルキュール・ギャラン」などの雑誌の記事となり、さらにモード商人たちによる斡旋も大きな力を発揮して……。服を飾る装飾として刺繍もまた男女の宮廷着の必需品としてもてはやされ、晴れ着の刺繍には金糸が好まれた。次の部屋に集められているのは、ジュエリーと誘惑のオブジェである。17〜18世紀、ネックレスやブレスレットは服に縫い込まれたプレシャスストーンとコーディネートされて用いられていたそうで、この時代ならではのジュエリーは肖像画つきのブローチやペンダント。愛情や友情の証に贈り、贈られ。17〜18世紀の必需品だったことから職人技の進歩におおいに貢献することになったのは、装飾と機能を持ち合わせた香水の容器、ポケットミラー、メッセージボックス、扇といった誘惑のオブジェだった。身分の高い人々ならではの優雅な身のこなしや優美な手指の動きを強調するこうしたオブジェに、彼らは贅を尽くすことを厭わなかったことが職人たちの技術を向上させたのである。最後の部屋は靴とその装飾にスポットを当てている。17世紀前半に登場したのは、ヒールのついた“跳ね橋”と呼ばれる靴である。これは背が高くなり、存在感も増すとあってすぐさまヨーロッパ宮廷がとりこになった。後半には男女とも角形の靴が人気で、甲を覆う部分にはビロードやシルクといった高級布、さらに刺繍を施した革などが用いられた。靴のアクセサリーとしては、リボンやレースやバックルなどが主で、これらは季節に応じて取り替えられたそうだ。

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左: 18世紀半ばのラインストーンをはめ込んだ貝ボタンは男性のチョッキ用。 中: 18世紀末のステンレスのボタン。当時、ボタンは男性の衣服に用いられるものだった。 右: 18世紀の男性用チョッキのための刺繍のモチーフ。© Thierry Malty - Anne Camilli&Cie

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左: バルブと呼ばれるヘア飾り用は18世紀後半のアランソンの製造。 中: 男性用の襟、1660年ごろのニードルレース。 右: アランソン製造所のニードルレース。photos:(左)David Commenchal、(中)©RMN-Grand Palais(musée de la Renaissance, Chateau d’Ecouen) / Mathieu Rabeau 、(右)© Thierry Malty - Anne Camilli&Cie

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左: 18世紀のメガネとそのケース。 中: 1630〜40年頃の襟に下げるペンダント。 右: 葉巻ケースではなくメッセージケース。18世紀中頃、恋文のやりとりに。photos:(左・中)©RMN-Grand Palais(musée de la Renaissance, Chateau d’Ecouen) / Mathieu Rabeau、(右)© Thierry Malty - Anne Camilli&Cie

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左: ヒールの装飾も財力と権力の表現の場。18世紀後半。 中: 18世紀後半、ラインストーンが輝く男性靴のバックル。 右: 18世紀、銀糸で刺繍を施したシルクのミュール。マリー・アントワネットのものと言われている。photos:(左・中)© Thierry Malty - Anne Camilli&Cie、(右)Musée Lambinet, ville de Versailles

『Séduction et Pouvoir, l’art de s’apprêter à la cour』展
会期:開催中~2023年8月27日
Musée du Domaine royal de Marly
1, Grille Royale - Parc de Marly
78160 Marly-le-roi
開)14:00~18:00
休)月、火
料:7ユーロ
https://musee-domaine-marly.fr

editing: Mariko Omura

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