新エトワールと芸術監督がもたらす、パリ・オペラ座の新しい風。
Paris 2023.09.04
昨年12月に就任したジョゼ・マルティネス芸術監督が、早々と3名のエトワールを任命。若手の登用も積極的に行う監督のもと、フレッシュな活気が漲り、オペラ座に新黄金時代の到来の予感が。
©Julien Benhamou/Opéra national de Paris
José Martinez/1969年生まれ。スペインのカタルヘナでダンスを習い始める。ローザンヌ国際バレエコンクールのスカラシップ賞を得て、87年パリ・オペラ座バレエ学校に学ぶ。翌88年入団。97年『ラ・シルフィード』を踊ってエトワールに。在籍中に創作した作品のひとつ『天井桟敷の人々』で2011年にアデュー公演を行い、同年スペイン国立ダンスカンパニーの芸術監督に就任し8年を過ごす。19年からは振付家として活動し、昨年12月よりパリ・オペラ座バレエ団芸術監督。
芸術監督として半年を過ごしたジョゼ・マルティネスにとって、この間で最も印象に残る出来事は3月のエトワール任命だったと振り返る。ダンサーのキャリアを決定する責任の重さを思い、彼自身が舞台であがってしまったそうだ。ギヨーム・ディオップ、オニール八菜、マルク・モローの3名をほぼ同時に任命したのは意図してのこと。エトワールにはさまざまなプロフィールがあるというメッセージを、彼はダンサーたちと観客に伝えたかったのだ。36歳のマルクの日々たゆまぬ研鑽とその卓越、23歳のギヨームの才能と芸術的可能性や肩書きにふさわしい成熟、30歳の八菜が舞台に登場した時に目を惹きつける特別な光……エトワールの理想型はひとつではないのだと。
「誰でもエトワールになれる可能性があるのです。女性エトワールもいまは大勢いますが、もうじき半数に。男性エトワールがたった4~5名になったのと同じ状況が女性エトワールに生じないよう、肩書きに値するなら待つことはないので八菜を任命しました。いま、次は誰かと団員たちを観察しています」
今年3月ほぼ同時にエトワールに任命され、ジョゼの信頼に感謝する3名。個性は違うが強い絆で結び付いている。©Paris Match/Getty Images
マルティネス芸術監督の姿は公演日に劇場でよく見受けられる。またクラスレッスンやリハーサルにしても、思うほど時間は取れないにしても見に行くようにしているそうだ。
「154名いる団員がどんなダンサーなのかを知るためです。着任初期には入団3年以内のダンサーたちのクラスレッスンも担当しました。以前欠けていたのが彼らの声に耳を傾けることだったので、団員のひとりひとりと対話。彼らの過去や希望を聞いたことで、今後各人をどのように導いてゆくか見えてきますね。この対話によってわかったことのひとつは、ダンサーたちはとにかく舞台で踊りたがっているということでした」
いかに大勢に公演のチャンスを与えるか。いかにダンサーたちのモチベーションを上げられるか。やる気あふれるダンサーは自身のベストを舞台上で取り出し、良い舞台を作り観客を満足させる。就任以来、彼が腐心しているのがこの点だ。『マノン』の主役が7配役あった理由が見えてくる。またオペラ・ガルニエとオペラ・バスティーユがあることから団員が2グループに分かれがちな状況だが、それを変えるのではなく改善するひとつの方法として考えていることがあるという。
「3グループにするのはどうだろうか、と。パリのふたつの劇場、そしてツアーのグループです。たとえば7月の公演は『マノン』と『シーニュ』。後者で踊るのは25名くらいなので、よそで公演するのに十分な数のダンサーが残っているわけです。もし3グループあればより多くのダンサーが踊れ、役へのアクセスが増え、ダンサーたちのモチベーションに繋がりますね」
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クラシックバレエの進化を求め、ポワントで踊る現代の作品を。
彼がゼロから作るプログラムはシーズン2025~26年からだが、オーレリー・デュポン前芸術監督が準備したそれまでのプログラムは彼が抱くバレエ団のビジョンに十分にフィットするものだという。21世紀のカンパニー。これがオペラ座バレエ団を定義するジョゼの最初の言葉だった。
「これまでどおりクラシック作品もコンテンポラリー作品も踊ります。ヌレエフの古典大作はメゾンの歴史の一部なので続けますが、新しいバージョンを取り入れ、よりレパートリーを豊かにしてゆこうと考えています。また、クラシックを進化させることができるカンパニーなので、そのテクニックをいまの時代の創作に用いる振付家と仕事をすることも大切です。つまりクラシック、コンテンポラリー、そのふたつを結びつけた3種のバレエによるプログラムですね。コンテンポラリーの振付家の中にはポワントに興味を持っている人もいるんです。クラシックな言語による新しい創作を、次の次のシーズン用に進めています」
外国人ダンサーが団員に増えつつあるいま、パリ・オペラ座とは?というアイデンティティについて彼はこう語った。
「社会は進化しオープンな時代です。アイデンティティは国籍でも肌の色でもなく、それは踊り方の問題。団員に求めるのはフランス派の踊りができることです。7月上旬の入団試験の課題曲に男女ともにフランス派の典型的な仕事が要されるピエール・ラコット振付けのヴァリアションを選びました。〝足〟の仕事ですね。跳ぶ、回るといった技に優れる人にも難易度の高いものでしょう。オペラ座の学校で学んでいなくても、フランス派の踊りができるなら外部からも迎えるべきなのです」
昇級コンクールの準備の難しさを承知する彼は、スジェからプルミエについては任命方式もあり得るのでは?と考えるが、団員に強いることはしたくないので、彼らに討議を任せているそうだ。ダンサーのための芸術監督が来た!と、 誠実な彼の就任を喜ぶ声が聞こえてくるパリ・オペラ座バレエ団。団員とともに彼が築くカンパニーの未来に明るい輝きが感じられる。
4年ぶりの来日公演は、『白鳥の湖』と『マノン』。
来年2月、ジョゼ・マルティネスがダンサーとしてではなく、芸術監督として東京文化会館に戻ってくる。彼が任命した新エトワールたちを連れての来日公演は、ルドルフ・ヌレエフの古典大作『白鳥の湖』とケネス・マクミランの『マノン』の2演目。「前者はカンパニーを代表する作品のひとつで、コール・ド・バレエの卓越が見られます。後者はソリストたちの演劇的才能で感動を呼び起こすものです」と監督が期待をあおる。
*「フィガロジャポン」2023年9月号より抜粋
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連載:パリとバレエとオペラ座と
editing: Mariko Omura