メキシコの手仕事とle19Mの手仕事が対話する、カルラ・フェルナンデス展。
Paris 2023.10.06
シャネルが支えるファッションとインテリアのメゾンダールの聖地la Galerie du 19Mで『Carla Fernandez . L’Avenir fait main(カルラ・フェルナンデス。手作りの未来)』展が始まったのは、ヨーロッパ遺産の日であり、またメキシコの独立記念日でもある9月16日だった。9月21日には即位後初の訪仏を果たした英国王チャールズ3世夫妻がle19Mを訪問し、メティエダールのアトリエを巡り、職人たちと会話を交わした後にこの展覧会を見学している。
この展覧会のベースとなっているのはフローランス・ミュレールがキュレーションを行い、デンバーとメキシコシティで開催された展覧会で、今回のパリでの開催に際してle19Mのメゾンダールであるメゾン・ミッシェル(帽子)、ゴッサンス(金銀細工)、マサロ(靴)、エレスとのコラボレーションによるピースが展示に加えられた。カルラ・フェルナンデスは自分の名を冠した「Carla Fernandez Casa de Moda」を設立し、メキシコシティをベースに活動する前衛デザイナーである。手作りの品には魂がこめられていると信じる彼女。日頃から自国の職人技を守るエシカルなクリエイションに取り組んでいて、展覧会のためには伝統的技術を用いる機織、刺繍、木工彫刻などに従事する180名とコラボレーションを行った。これらがle19M発のフランスのサヴォワールフェールと会場内で対話をしているのだ。
カフェ、ブティックも併設されたle19Mのギャラリーのエントランスホールでのゴッサンスのインスタレーション。天井から吊るされた無数の小さなメタルの装飾が空間に輝く。photos:(左)Mariko Omura、(右)©Elena Jeanne Schmitter
展覧会『手作りの未来』は「Manifesto(マニフェスト)」「Fiestas(フィエスタス/お祭り)」「Charros(チャロス/国技チャレリアの騎手)」「Tierra(ティエラ/ 大地)」「Protesta(プロテスタ/抗議)」「Geometria(ジェオメトリア/ 幾何学)」そして「Practica(プラクティカ/ 実践)」の7つのテーマで構成されている。メキシコの職人仕事を発見しながら、テーマをひとつずつ見てゆこう。なおギャルリーのエントランスホールの天井からぶら下がる巨大なオブジェはゴッサンスとのコラボレーションで、色彩豊かで陽気なメキシコへの誘いとなっている。
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最初のスペースの展示は「マニフェスト」。「オリジナル(個性的)であるためにはオリジン(起源)に戻ろう」を掲げ、カルラはメキシコの異なるテクニックのテキスタイルを用いたシルエットを5体並べた。昔ながらの手織り機から生まれる新しいタイプの布によって、le19Mが実践しているように、彼女もサヴォワールフェールの未来への継承を見せるのだ。靴の制作はマサロが担当した。カルラからの希望として届いたビジュアルのひとつは、民族舞踏が踊られる祭りに使われるジャガーのお面。マサロはそれをどう靴に昇華させるのか……。この展示では合計5足の靴を見ることができる。
左: ひとつ目のテーマ「マニフェスト」。カルラの夫で建築家のPedro Reyesがセノグラフィー担当の展覧会で、カルラによるとこの部屋は夫が内装を手がけた彼女の自宅に似ているそうだ。なお、ここで展示されている服はどれもすべて土に返る素材で作られている。 右: ジャガーのお面が出発点のブーツはマサロのアトリエによる。photos:Mariko Omura
左: 羽を織り込んだ布。メキシコに伝わる機織り機から生まれるのはクラシックな布ばかりではない。 右: その昔チョコレートをかき混ぜるのに使った木製の道具を装飾に。photos:Mariko Omura
ふたつ目のテーマは「フィエスタス/ お祭り」だ。多数のカーニバルがあり、その折りにマスク(仮面)が多数登場する国である。メキシコの伝統的な祭りの文化遺産、とも言えるお面。お祭りをテーマにした第2の部屋は朱赤の華やかな空間で、並ぶマネキンはどれもお面が被されている。動物とも人間とも言えないようなパピエマシェのお面は、アーティストのLeonardo Linaresによる。シルバーの輝きを放つ3種のお面は、le19Mのゴッサンスによるものだ。両手で目を覆うようなフォルムのデザインで、これはメキシコの手の形をしたメタル製の奉納のお札(ミラグリトス)がインスピレーションとなっている。インスタレーションに配置された画面ではダンサーが踊る映像が流されているので必見だ。また壁にはジュリアン・ミニョによる写真も展示し、この会場はなかなか賑やか。
「フィエスタ」ではパピエマシュのお面がマネキンの顔を覆っている。©Elena Jeanne Schmitter
左: ピンクでまとめられた陽気な空間。 右: ゴッサンスのアトリエで制作された手のお面。photos:Mariko Omura
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第3のテーマは「チャロス」といってメキシコのカウボーイである。北アフリカに起源を発し、スペイン、そしてメキシコに伝わり国技となったチャレリアは、家畜飼育者たちのコミュ二ティで行われていたロデオのような競技。その参加者がチャロスと呼ばれ、カルラはその姿をコレクションに何度か取り入れている。このテーマのインスタレーションでは、シャツやドレスに取り入れられたチャロスのコスチュームでおなじみのメキシコの伝統的なレザー装飾に目を凝らすことができる良い機会だ。黒い帽子はメゾン・ミッシェルとのコラボレーション。カルラからの希望で雄牛とソンブレロがそのインスピレーション源となっている。
「フィエスタ」の会場から「チャロス」に移動する時、最初に目に入るのは展示の裏側。白い背景の前に置かれたマネキンのシルエットがモノクロームに浮かび上がる光景が美しいセノグラフィーだ。©Elena Jeanne Schmitter
2009年から2021年の間、カルラは自身のコレクションにチャロスのテーマを何度か取り入れたそうだ。photos:Mariko Omura
次のテーマ「ティエラ/大地」は、ハンドメイドと自然の関わりに目を向けさせる。メキシコのアルチザンたちには大地から得られる素材が不可欠である。植物染めのためのコットン、加工のための鉱物、また自然界が与えるモチーフのインスピレーション……。ここで展示の服にはメキシコのおよそ180名の職人を動員したそうで、服には貝殻、石、植物などが用いられている。多彩な布や刺繍にも注目を。靴はオアハカをベースにするシューズデザイナーが担当していて、これもおもしろい。
なおla Galerie du 19Mでのこのテーマの展示には、Miyoko Yasumotoによるドライフラワーのヘッドピースがクリエイトされ、マネキンにパーソナリティがプラスされている。彼女はle19Mに隣接するオーベルヴィリエをベースに、la Galerie du 19Mでインスタレーションやワークショップを開催したこともあるドライフラワーアーティストである。素材の中にはメキシコにも存在する植物も含まれているそうで、カルラはMiyokoのリサーチをたたえていた。会場には藍染の服も展示され、日本とメキシコには通い合うものがあるともカルラはコメントしていた。
「ティエラ/ 大地」。Miyoko Yasumotoがクリエイトしたドライフラワーのヘッドピースが興味深い。©Elena Jeanne Schmitter
素材、染料など自然界からの素材を生かしたレインコートやショールなどが並ぶ。photos:Mariko Omura
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5つ目のテーマは「プロテスタ/抗議」。ファッションでも政治的抗議の影響力を持てることを確信したカルラは、社会的正義を求めるメッセージをコレクションで表現し、また女性や移民の権利を訴え、アーティストとコラボレーションしてパフォーマンスを行ったり。ここではメッセージが書かれたウィピルを展示。
メキシコの伝統服ウィピルは四角いフォルムのチュニック。それがメッセージの恰好のサポートとなっている。©Elena Jeanne Schmitte
6番目のテーマとなるのは「幾何学」だ。身体に合わせるヨーロッパ的テーラリングではなく、幾何学の原則に従った服作りを好むカルラ。機織り機から生まれる布を折りたたみ、組み合わせ……それも端切れを出さずに。その手法を解説する部屋である。中央にはカルラの夫でアーティストのPedro Reyesと職人Arisbeth Gonzalezによるオブジェのインスタレーションが。なお、その光のオブジェに使われているのはAmate(アマテ)という紙で、これはメキシコ中南部のプエブロの職人の手によるものだそうだ。
カルラのデザインの基本となる幾何学。会場中央はそれが立体化された彫刻のインスタレーションで、周囲の壁に描かれたさまざまなフォルムによってカルラの服作りが解説されている。photos:Mariko Omura
最後の「プラティカ/実践」は参加型アトリエ。これは9月23日にお面創りのアルチザンFelipe Horta(フェリペ・ホルタ)によるお面の彩色アトリエから始まった。のみなど仕事道具を携えてフランスにやってきた彼は、お面創りの仕事を彫刻家の仕事に例えている。このアトリエに続いて、ミラグリトス、アップサイクリングジュエリー、植物染色などが続く。参加は要予約。参加者数に限りがあるのでアトリエによっては、あっという間に満員となるので登録はお早めに!
なお会場にはフェリペ・オルタ作のお面、そしてメゾン・ミッシェルとのコラボレーションによるフェルトのスカルがずらり。この展示法はかつてメキシコで犠牲者のスカルを祀る際に積み上げたTzompantliの方法に則ったものとか。2015年にメキシコシティのMayor寺院の遺構でTzompantliのひとつがみつかったという。会場内、ひとつの壁には大きなメキシコの地図が掲げられている。カルラがコラボレーションした職人たちの名前と地名が記されていて、母国の手仕事の豊かさとそれらを未来に永続させようとするカルラの意欲、そしてそれをサポートするle19Mの情熱を感じさせる。遠い国メキシコに伝わるサヴォワールフェールについてもっと知りたいと思わせる展覧会だ。
メゾン・ミッシェルによるフェルトのスカルが並ぶ前で、自作の三悪魔のお面をかぶってみせるフェリペ・ホルタ。photo Mariko Omura
メゾン・ミッシェルのアトリエ。コラボレーションにあたってカルラがメキシコからメゾン・ミッシェルに送った紙のミニチュアとそれを出発点に彫った帽子の木型。photo:Mariko Omura
祭りやダンスなどのためのフェリッペ・ホルタ製作によるお面が並ぶアトリエ。ひとつの型を彫るのに1週間を要するそうだ。彩色には車体用の塗料を使用。©Elena Jeanne Schmitter
会期:開催中〜2023年12月17日
la Galarie du 19M
2, place Skanderberg
75019 Paris
開)11:00~18:00(水~金) 11:00~19:00(土、日)
休)月、火
入場料:無料(要予約)
www.le19m.com
@le19M
editing: Mariko Omura