ノルマンディー地方のアール・ドゥ・ヴィーヴルと刺繍入り嫁入り支度。

Paris 2023.11.09

ノルマンディー地方に、小さいけれど見どころたっぷりのChâteau de Martainville(シャトー・ドゥ・マルタンヴィル)がある。来年1月15日まで、ここで珍しい展覧会を開催中だ。『Mon trousseau de mariage(トゥルソー・ドゥ・マリアージュ)』といって、その昔女性が嫁入りに持参した自作の刺繍を施したリネンの一式をテーマにしている。フランス旅行中、蚤の市やブロカントでしっかりとした白いコットンに同色でイニシャルなどのきれいな刺繍が施された古いシーツやナプキンなどを見つけて、その魅力に目を輝かせたことがあるのでは? それらはこのトゥルソー・ドゥ・マリアージュの一部をなした品である。

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トゥルソー・ドゥ・マリアージュのシーツ、寝間着、テーブルクロス、ナプキン、ハンカチ、帽子......刺繍が見事だ。photo:(上)©️Yohann Deslandes

会場で展示されているのは、その昔、嫁入り前の娘たちが結婚する日を夢見ながら、縫い、刺繍をしたリネン類だ。素材や装飾の豊かさはさまざまで、これらは花嫁の家庭の財力が左右したという。トゥルソー・ドゥ・マリアージュはノルマンディーに限らずフランスの地方の習慣で、母親たちは娘が12歳頃の思春期になると、未来の結婚に向けてハウスリネン、ベッドリネンなどにイニシャルや花模様などを刺繍を施して一式揃える準備を始めた。針仕事は母から娘へと継承され、また機織りを生業とする家庭では娘が布を織るところから準備をしていたそうだ。19世紀のノルマンディー地方では、刺繍入りのリネンがたっぷりと詰まった箪笥が若い女性たちには夢だった。なお具体的に結婚が決まる前から始めることなので、夢を抱えながら一式用意したものの生涯独身で終わってしまう女性もいたことになる。このトゥルソー・ドゥ・マリアージュの習慣は、中等教育が義務化されて結婚前の娘たちが学業に時間を取られるようになった1950~60年代から徐々に廃れていった。

都市部ではトゥルソー・ドゥ・マリアージュはプロに委託していたという。マレ地区にブティックを開き、日本でも人気の「Maison Flore(メゾン・フロール)」を創設したフロール・ムーランはこうしたトゥルソー・ドゥ・マリアージュの古いリネンの刺繍を生かした服作りをしている。彼女の祖母、母はマルセイユの近くでかつてトゥルソー・ドゥ・マリアージュの刺繍を生業としていて、いまや誰も用いていないテクニックによる刺繍の遺産を知る彼女は、これらをアップサイクリングしよう!というアイデアを得たのだ。彼女のクリエイションのファンには、そのルーツに触れることができる展覧会といえる。

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15世紀のシャトー内1階の展示会場。photos:Mariko Omura

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ウェディングドレスの展示に始まる展覧会は、刺繍の道具や図案見本などと併せてトゥルソー・ドゥ・マリアージュのシーツや枕カバーなどを展示。刺繍されているイニシャルは未来の花嫁の旧姓のイニシャルである。結婚相手を知らぬ時点で作業をすることもあるが、このトゥルソー・ドゥ・マリアージュは女性に属する財産ゆえで、たとえば離婚の際も女性が持って家を出ることができたのだ。それを証言するべく、展覧会場ではシーツ何点、テーブルクロス何点......といったトゥルソー・ドゥ・マリアージュのリストが掲載された結婚契約書も展示されている。

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1860年頃の麻素材のトゥルソー・ドゥ・マリアージュ。photo:Mariko Omura

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通信教育や雑誌などから、当時の若い女性たちはトゥルソー・ドゥ・マリアージュの刺繍を学んでいた。photo:Mariko Omura

展覧会では嫁入りリネン類をテーマに制作されたコンテンポラリーの作品も同時に展示している。ゲストアーティストのElsa Duault(エルザ・デュオー)によるもので、古いシーツを立体的な彫刻的作品に仕上げた作品だ。ノルマンディー地方でよく見られる色である赤、白、青に染めた3点の展示にはそれぞれ持ち主の女性が語る人生とイニシャルの刺繍をセットで展示。エルザはこの3部作を"顔のない肖像画"と表現する。

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平面のシーツが3次元の彫刻に。エルザ・デュオーの作品。photos:Mariko Omura

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展覧会は地上階だけだが、シャトーの上階の複数のフロアはノルマンディーの伝統と芸術を展示する美術館となっている。キッチン、寝室、子ども部屋というような再現とともに、ノルマンディー地方の日常の暮らしにまつわる種々の展示を見ることができる。トゥルソー・ドゥ・マリアージュを詰めたという箪笥も多数展示している。そこに時間をかけて施された彫りの仕事は見ごたえたっぷりだ。

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トゥルソー・ドゥ・マリアージュを詰めた19世紀のノルマンディーの箪笥。大切な嫁入り道具で他者に自慢して見せるものだったそうだ。photos:Mariko Omura

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ノルマンディー地方の伝統と芸術を展示する美術館。コスチュームやジュエリーなども展示されている。photos Mariko Omura

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15世紀末に造船業で財をなしたルーアンの富裕ファミリーが建てたシャトー・ドゥ・マルタンヴィル。シャトー(写真上)は1889年に、井戸も含む農園(写真下)は1931年に歴史建造物に指定されている。アクセスはパリのサンラザール駅からルーアンへ列車で。約1時間40〜50分。そこからタクシーで20分強。photos:Mariko Omura

「Mon trousseau de mariage」展
会期:開催中~2024年1月15日
Château de Martainville / Musée des Traditions et Arts Normands
Rte du Château, 76116 Martainville-Épreville
開)10:00〜12:30、14:00〜17:00(月、水~土) 14:00〜17:30(日)
休)火、11月1日、11月11日、12月25日、1月1日
料:5ユーロ
www.chateaudemartainville.fr

editing: Mariko Omura

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