南仏イエールで、ノアイユ子爵夫人のワードローブ拝見。

Paris 2023.12.05

シャネルが協賛するイエール国際フェスティバルが開催されることで知られる南仏のヴィラ・ノアイユ。そこはノアイユ子爵夫妻が1923年に建築家ロベール・マレ=ステヴァンスに設計させた別荘で、いまではモダニズム建築の代表とされている名所である。この年に結婚した夫妻は、20世紀の前衛芸術のメセナ活動でアート史に名を残すカップルとなった。ちなみにふたり揃って実に裕福な家庭の生まれ。彼は若い才能の支援にも力を注いでいて、国際モードフェスティバルの趣旨もそうした彼らの意思を継いだものだ。シャネルのアーティスティックディレクター、ヴィルジニー・ヴィアールは2024年春夏プレタポルテコレクションについて、「自由と動きへの讃歌であり、ヴィラ・ノアイユの庭園から始まる物語なのです」と語っているように、この場所は現在のクリエイターたちにもおおいなるインスピレーション源であり続けている。

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南フランスのイエールの高台に、ロベール・マレ=ステヴァンス(1886〜1945年)が1923年に設計したヴィラ・ノアイユ。100年たってもモダンなまま! この土地はシャルル・ドゥ・ノアイユが結婚祝いにファミリーから贈られたもので、妻のマリ=ロールはパリ16区の邸宅(現在のバカラ美術館)を父から結婚祝いに受け取っている。©Olivier Amsellem

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ガブリエル・ゲヴレキアンが設計したキュビスムの庭も、ヴィラの建物同様にそのモダニズムが話題を呼んだ。photos:Stéphane Ruchaud

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ヴィラ・ノアイユ100周年。

今年100周年を祝うヴィラ・ノアイユでは、9月から2024年1月にかけて種々の特別展が開催されている。建物の歴史については別の機会に語ることにし、今回は特別展の中でも1月14日まで開催されているシャルル・ドゥ・ノアイユ子爵の夫人であるマリ=ロール・ドゥ・ノアイユ(1902~1970年)にスポットをあてたワードローブ展を紹介しよう。彼女が遺したクチュールのドレスなどが並ぶ展示をイメージするかもしれないが、そうではない。サブタイトルは「ビッグメゾンと21世紀の若いクリエイターが再構築するマリ=ロール・ドゥ・ノアイユのワードローブ」。マリ=ロールが着た服は1着も残されていないという状況から、キュレーターを務めたモード史家のエミリー・アメンが作り上げたユニークな展覧会なのだ。ヴィラ・ノアイユのディレクターでイエール国際フェスティバルの創始者であるジャン・ピエール・ブランが、ヴィラの歴史に捧げる展覧会を催したいと願ったことがその発端で、エミリーが「モードにおけるメセナ活動とは?」をリサーチして生まれた企画である。

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活動的な服を好んだ彼女らしい装いで、1930年に撮影されたマリ=ロール。セシル・ビートンやマン・レイたちが撮影した写真、バルテュスやクリスチャン・ベラールなどによる肖像画が残されているように、彼女はアーティストを刺激する存在だった。photo:Marc Allegret

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マリ=ロールが残したスクラップブックから。

マリ=ロールの旧姓はビショフスハイムといって、父はベルギーで財をなしたドイツ系ユダヤ人のファミリー出身の銀行家だった。母方の先祖がサド侯爵であることでも彼女は有名である。若い頃から社交界に出入りしていた彼女は、結婚後は社交生活を続けながら、本も書き、絵も描いていたが、なんといっても夫シャルルとともに前衛芸術家たちのパトロンとして多彩な活動に勤しんでいた。そんな彼女のワードローブとはどのようなものだったのだろう? アメリーによると「モードは彼女にとって、絵画や建築と同様にコンテンポラリーのクリエイションなのです。当時の彼女の装い方を見ると、クチュール界の若い才能とともに歩もう、としていた印象を受けました。モダンアートを見るように、彼女はモードにもアンガージュモンしていたんです」。

実際に着た服は一着も残っていないけれど、マリ=ロールは1920年代から60年にかけて自身の装いの写真やイラストを貼り付けたスクラップブックを作っていた。それに社交界のスターだった彼女なので、ヴォーグ誌を始めモード雑誌にクチュールドレスを着たポートレートが掲載され、またイラスト化されたり、とエミリーには彼女のワードローブを再構築できる手がかりとなる資料があったのだ。

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1930年、マリ=ロールとサルヴァドール・ダリ。彼がルイス・ブニュエルと共同制作したシューレアリスムの映画『アンダルシアの犬』はノアイユ夫妻が資金援助をした。

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マリ=ロールが残したスクラップブックも展示。photo:Luc Bertrand

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祖母も母もシャネル。

「マリ=ロールの装いによく登場するのは、シャネルでした。これは理解しやすいことです。シンプリシティ、ダイナミスムなどガブリエル・シャネルが打ち出した新しい美は、マレ=ステヴァンスの建築や1920年代のモダニティに通じるものですから。クチュリエとしてシャネルが活動を始めたのが1910年代なので、そのデビューからそう遠くない時期からずっとマリ=ロールはシャネルを着ていました。第二次大戦後、シャネルがメゾンを再開すると、1954年から亡くなるまでの間に彼女はシャネルでスーツを10着くらいオーダーしています。スクラップブックにもツイードの端切れが貼り付けてあったり......一種、彼女の制服のようになっていました。ガブリエル・シャネルはマリロールの母、祖母とも仲良しだったのですよ」

展覧会は3章に分けられている。第1章はマリ=ロールが着たシャネル、スキャパレリ、ランバンという歴史あるクチュールメゾンの展示。第2章はもし21世紀にマリ=ロールを装うとしたら?という問いかけへのヴィクター&ロルフやジャン・コロナといったクリエイターたちの答え。そして第3章はキャリアの出発点にいてメセナを必要としているクリエイターたちの作品だ。

「3つのクチュールメゾンの1つであるシャネルは、この展覧会のためになんとマリ=ロールが購入した3着の服を作り直してくれたんです。1着は、彼女が夫とともに資金援助し、出演もしたジャン・コクトーの映画『詩人の血』(1932年)の中で着ていたレースのドレス。そしてマン・レイが撮影した写真で着ているスーツとピンク系のシルクモスリンのドレスです。クチュールのアトリエが写真やクロッキーを研究し、完成させました」

ランバンについては、昔のアルバムを展示した。ジャンヌ・ランバンは顧客に服を見せる方法として、イラストレーターにグアッシュを描かせていたので、その中にマリ=ロールがオーダーした服も。ちなみにハーパーズ バザー誌に1955年に掲載されたのは、クリスチャン・ベラールが描いたマリ=ロールがランバンのドレスを着てポーズするデッサン。ここでは、帽子にシダの葉のダイヤモンドのブローチが。シャネルのもので、ヴォーグ誌に掲載された写真では彼女はこれを肩につけている。

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この展覧会のために、シャネルのクチュールアトリエが作り直したマリ=ロールが着ていた3着。photo:Luc Bertrand

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左: マン・レイに撮影された写真で着ていたスーツの再現。 右: 『詩人の血』で着用したレースのドレスの再現(左)。photos:Luc Bertrand

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アクティブウーマンはスーツを愛用。

「スキャパレリからはスーツを借りて、展示しています。セーターからキャリアを始めたスキャパレリがクチュリエデビューをした時から、マリ=ロールはクライアントでした。若い女性クチュリエをサポートしていたことになりますね。1930年代からメゾンがクローズする1954年までスキャパレリを着ていて、彼女がオーダーしたのはちょっとしたディテールがひねりを利かせているスーツの数々。ダニエル・ローズベリーのいまのコレクションの中から、彼女が着ていたのに似たタイプのスーツを展示しています。スキャパレリはマリ=ロールとも親しいダリやコクトーとコラボレーションしてましたけど、そうした服はマリ=ロールは選びませんでした。マリ=ロールを語るときにエキセントリックと形容されがちですが、私の興味をひいたのは彼女は"コスチューム"的な服で自分を着飾って楽しむのではなく、リアルクローズを着ていたことなんです。とりわけスーツを好んでいたことが、とてもモダンに思えました。当時の貴族のマダムたちによくあるオブジェとしての女性ではなく、自己確立できた独立した女性だったと言えますね。アーティストと会ったり、メセナとしてとてもアクティブに活動していました。ワードローブを介して、彼女の人生が見えてきます。貴族の家庭に生まれ、過去の芸術の傑作に囲まれて育った彼女ですが、絵画だけでなく音楽、モード、映画など前衛芸術への嗜好がありました。自分が生きている時代を理解しようと務めた女性だと感じます」

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スキャパレリのクチュリエデビューからメゾンのクローズまで、マリ=ロールは忠実なクライアントだった。彼女がオーダーしていたのは派手な色を避け、装飾控えめのスーツ。それに似たタイプのスーツが、現在のクリエイティブ・ディレクター、ダニエル・ローズベリーのクリエイションの中から選ばれた。photo:Luc Bertrand

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装いの遊びは仮装舞踏会で。

貴族やアーティストたちが集まって華やかに開催されたさまざまな舞踏会に出席し、また自分たちも自宅で開催していたシャルルとマリ=ロール。これはパーティであって実生活ではない。この折には、思い切って奇抜な装いを彼女は夫と楽しんでいた。第2章はヴィラ・ノアイユに関わりのあるクリエイターたちが、「今日、あなたがマリ=ロールに服を着せるとしたら」という問いかけへの答えの展示である。これは新たなクリエイションもあれば、過去の作品からの服も。たとえばラバンヌのジュリアン・ドセナは1960年代のアーカイブドレスを貸し出してくれた。このドレスの展示の脇の壁には、シャルルとマリ=ロールがパリの自宅で1929年に開催した「素材の舞踏会」の時に撮影された写真がかけられている。この「素材の舞踏会」の招待状で、通常服に使われる素材以外の装いをふたりはゲストたちに指定した。夫妻はこうした舞踏会には自分たちのアイデアをもとにした服をクチュリエに用意させていたそうで、この写真によると蝋引きした光沢のある素材にふたりは包まれている。いまの時代、「素材の舞踏会」があったなら、ジュリアンはぜひマリ=ロールにはこのメタルのドレスをおすすめ!というわけだ。

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ラバンヌのジュリアン・ドセナが展覧会のために選んだのは、1960年代のパコ・ラバンヌによるメタルディスクプレートのドレス。「素材の舞踏会」へ!

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こちらはヴィラ・ノアイユの常設展で展示されている「海底の舞踏会」での写真。1928年にマン・レイが撮影。ガリューシャ(魚の皮)をジャン=ミッシェル・フランクが組み合わせたドレスを着て彼女は出席した。

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第3章では、若いクリエイターたちがマリ=ロールのメセナ魂に訴える服の展示だ。ロイシン・ピアス、エスター・マナスなど過去のフェスティバル受賞者たちに白紙依頼された。展覧会は小規模ながら、さらにマリ=ロールの夫シャルルをイメージしてステファン・アシュプール(Pigalle)がメンズのコスチュームをクリエイトした。シャルルもまたモード産業には関心を抱いていて、自身もとてもおしゃれだったそうだ。

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クリエイターたちの作品。photo:Lud Bertrand

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2014年の国際フェスティバルのファイナリストだったMarit Ilisonのクリエイション。photo:Luc Bertrand

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2019年のフェスティバルでメティエ・ダール賞を受賞したRoisin Pierceのクリエイション。photo:Luc Bertrand

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2020年のフェスティバルで、Prix 19M des Métiers d'Art de Chanel賞を受賞したEmma Bruschiのクリエイション。photo:Lud Bertrand

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2008年の受賞者 Jean=Paul Lespagnardのクリエイション。photo:Lud Bertrand

この展覧会で対象となっているマリ=ロールのワードローブは2つの戦争の間の装いである。大戦後から1970年に67歳で亡くなるまでについては触れられていない。エミリーによると、彼女は戦後も若い世代のクチュリエたちと近しくしていて、その中でもジャック・ファットがお気に入りだったようだ。またイヴ・サンローランとはクライアントというだけでなはなく、アドバイザー的にも接していたという。さて、この展覧会で紹介されているマリ=ロールのワーロドーブはパリでの彼女の装いがベースとなっている。限られた条件の中で、マリ=ロールの人となりや生き方が見えてくるようなワードローブ展をつくりあげたエミリー・アメン。次回はぜひとも彼女による、マリ=ロールの南仏イエールでの装いにフォーカスしたスポーティルック展など見てみたいものだ。

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モード史家のエミリー・アメン。パリのIFM(Institut française de la mode) で教鞭をとっている。ファッション関連の書物も多数出版していて、最新刊は『Savoir faire de la mode』。

『La garde robe de Marie-Laure de Noailles』展
会期:開催中〜2024年1月14日
Villa Noailles
47, Montée de Noailles,
Hyères
https://villanoailles.com

editing: Mariko Omura

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