1905年から1925年まで、パリのモダニズムをプティ・パレで。

Paris 2024.01.16

堅苦しさがなく、まるでワンダーランドで遊ぶように楽しんで鑑賞できるのが、現在プティ・パレで開催中の『モダニズムのパリ、1905-1925年』展だ。アート、モード、音楽、工業、工芸などさまざまな分野において、第一次大戦を挟む20年間に生まれたモダニティにフォーカスをおいている。11のセクションに分かれ、ひとつひとつが小気味よく展開。

1925年というのはアール・デコという言葉を後に残すことになる現代装飾美術・産業美術国際博覧会が開催された年で、このテーマが展覧会を締めくくる。約400点という展示内容は充実していて、とても贅沢な展覧会だ。

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左:第一次世界大戦前、パリ社交界に君臨したクチュリエのポール・ポワレをクローズアップ。 右: 1925年に開催された現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ展)を再現。©️Paris musée - Petit Plais- Gautier Deblonde

プティ・パレでは『ロマン派のパリ、1815−1858年』そして『パリ 1900年、スペクタクルの街』を過去に開催していて、ベル・エポックからレザネ・フォールまでを取り上げる今回の展覧会はそのトリロジーの最後。会場の最初の部屋にはパリの地図が掲げられ、この20年間のモダニティの歩みの多くが右岸で起きたことを物語っている。右岸の中でも中心となるのはシャンゼリゼ大通りとシャンゼリゼ劇場だ。その詳細は関連セクションで明かされる。最近のパリで大きな動きがあるのがシャンゼリゼ大通り界隈。1世紀を経て、再び活気づいている現象は興味深い。

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パリのモダニティ揺籃の地は主に右岸だった。

展示は時代順でテーマがあり、次のような11のセクションに分かれている。
1「モンマルトルとモンパルナス、創作の地」
2「芸術の中心を占めるパリの美術展」
3「自転車、車、飛行機の見本市が大盛況」
4「偉大なるポワレ」
5「シャンゼリゼ劇場オープン」
6「戦時下のフランス」
7「前線から遠く、生活は続く」
8「モンパルナス、世界の交差点」
9「パリ、より速く、より高く、より強く」
10「シャンゼリゼ劇場のスウェーデン・バレエとルヴュー・ネーグル」
11「1925年の万国博覧会」

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1905〜1914年 ベルエポック

19世紀末にモンマルトルに集まっていた画家たちが観光客の増加や家賃の高騰といった理由で20世紀頭にモンパルナスに移動するところから、展覧会は始まる。ピカソ、モディリアーニ、シャガールなど海外から来た、当時は名もなく貧しかった画家たちの作品で幕開けだ。20世紀初頭は芸術展が多数開催され、そこで画家たちは絵を売り、名を知らしめ......女性画家たちもこれらには参加ができた。サロン・ドートンヌはプティ・パレでも開催されたが、話題を呼んだのは1905年のフォーヴィスムと呼ばれるようになる作品が出品された回で、その後、後期印象派、キュービズムも登場し前衛芸術の開花がパリに見られた。

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セクション1の「モンマルトルとモンパルナス、創作の地」にて。芸術家たちはアフリカのお面に関心を抱き、その影響が感じられるパブロ・ピカソの『Buste de femme ou de marin』(1907年)。©️Paris musée - Petit Plais- Gautier Deblonde

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セクション2「芸術の中心を占めるパリの美術展」。1905年のサロン・ドートンヌでは、それまでの絵画には見られなかった激しいタッチや色使いの作品が会場に並び、フォーヴィスムという言葉で括られた。ここではそれに続くキース・ヴァン・ドンゲン、アンリ・ルソーなどの作品を展示。©️Paris musée - Petit Plais- Gautier Deblonde

新しい移動手段の登場もこの時期のことで、セクション3では1913年のプジョーや、1911年のプロペラ機までが展示されている。車や自転車などの発達により、女性たちが動きやすさを服に求めるようになるのは当然だろう。1906年、女性の身体を解放したことで有名なポール・ポワレ(1879~1944年)に1セクション割かれている。1903年に創設したクチュールメゾンを1929年に手放すまでの間に彼が手がけたクチュールピースだけでなく、香水や1911年に創設した学校&工房のアトリエ・マルティーヌが手がけた室内装飾についても展示。彼はフォーブル・サントノーレ107番地の邸宅でテーマ「千夜二夜」の贅沢な仮装舞踏会を当時のセレブリティ300名を集めて開催するなど、クチュリエとしては派手なエピソードを残している。

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セクション3「自転車、車、飛行機のサロンの大盛況」。©️Paris musée - Petit Plais- Gautier Deblonde

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セクション4「偉大なるポワレ」。アンドレ・ドランが描いたポートレートも展示され、ポール・ポワレの仕事を大きく取り上げている。香水や扇などの小物も展示。photos:Mariko Omura

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クチュールピースに加え、彼主宰の工房アトリエ・マルティーヌによる壁紙や家具なども紹介されている。photo:Mariko Omura

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第一次大戦前、1913年にパリで大きな話題を集めたのはシャンゼリゼ劇場のオープン。まずはその鉄筋コンクリートを用い、当時の最新テクノロジーで建築されたオーギュスト&ギュスターヴ・ペレの設計による建物。正面ファサードに彫刻家アントワーヌ・ブルデルの浅彫レリーフを飾っただけの無駄のないシンプルな建築物は、それまでとは新しい美意識を歌い上げていた。モーリス・ドゥニ、エドゥアール・ヴュイヤール、そしてジャクリーヌ・マルヴァルといったアーティストが内部の装飾に参加している。劇場で踊られる演目もまた新しい時代の到来を告げるものだった......というか、少し早すぎたのか、1913年5月29日に初演されたディアギレフ率いるところのバレエ・リュスの『春の祭典』はパリ中に大スキャンダルを巻き起こした。イゴール・ストラヴィンスキーの前衛音楽にあわせて、つま先を内側にしたアン・ドゥダンで踊られて......これが音楽? これがバレエ?と人々は驚いたのだ。

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シャンゼリゼ劇場。フォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスの装飾はこのプロジェクトに参加した唯一の女性アーティストであるジャクリーヌ・マルヴァルに任された。彼女は『ダフニスとクロエ』をテーマに、ふたりの1日を8点の作品に仕上げた。現在それらは観客がアクセスできる劇場内に展示されている。そのうちの1点をこの展覧会は展示し、さらに彼女によるバレエ・リュスのダンサーを描いた『ニジンスキーとカルサヴィナ』(1910年頃/写真左)も展示して、忘れられていた女性画家マルヴァルに光を当てている。©️Paris musée - Petit Plais- Gautier Deblonde

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1913年、パリにスキャンダルを巻き起こしたバレエ・リュスの『春の祭典』のコスチューム。後方はその音楽を担当したイゴール・ストラヴィンスキー。photo:Mariko Omura

その騒ぎは長く続き、そうするうちに1914年8月3日、ドイツがフランスに宣戦布告。4年間の第一次世界大戦中、武器や戦場が芸術作品の主題に。それまで絵画展が開催されていたグラン・パレは兵舎として使われ、次いで病院に転用された。

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左: ポール・ポワレがデザインした軍服。最初はポケットがないなど機能が忘れられていたというのがいかにもクチュリエらしい。photo:Mariko OMURA 右: ジャクリーヌ・マルヴァル『Poupées patriotiques』(1915年)© Courtesy Comité Jacqueline Marval, Paris / Nicolas Roux Dit Buisson

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1914~1918年 第一次世界大戦

1915年になると戦争勃発で中断された日常生活をパリの人々は取り戻すようになる。1916年にポール・ポワレの私邸を使って、ある画廊が「フランスにおけるモダンアート」展を開催。ここでピカソの『アヴィニョンの娘たち』が初公開されたのだ。翌年には女性初の画商として知られるベルト・ヴェイルの画廊でアメデオ・モディリアーニ展が開催された。これは女性の恥毛が描かれている作品があることから、中断の憂き目にあってしまう。翌1917年にはピカソの『パラード』がシャトレ劇場で公演された。戦時下でも、芸術は着々と未来方向へと歩んでいたのだ。 

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左: 1917年にシャトレ劇場で初演されたバレエ・リュスの『パラード』は、台本をジャン・コクトーが書き、音楽はエリック・サティで衣装と舞台装飾がピカソというバレエ作品。これもまたその新しさが『春の祭典』同様、スキャンダルを巻き起こした。 右: 中央はピカソの『肘掛け椅子に座るオルガ』。『パラード』の仕事でバレエ・リュスのダンサーだったオルガ・コクラヴァと知り合ったピカソは、彼女と1918年に結婚。photos:Mariko Omura

画家のマリー・ヴァシリエフは戦時下、仲間の画家たちを集めてプライベート・クラブ的な食堂を開催。彼女がロシアの衣装でダンスをすれば、ピカソは闘牛の真似事をし、藤田嗣治はフルートを演じてといった宵がここでは繰り広げられていたのだ。1917年、ジョルジュ・ブラックが頭に大怪我を負って前線から戻った時には彼のために食事会を開いた。彼女が残したグアッシュにはマティスが持つ皿の上の七面鳥を切ろうと包丁をふりあげる彼女に始まり、ピカソ、フェルナン・レジェなど常連たちの姿も描かれている。

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マリー・ヴァシリエフ『Le Banquet de Braque』(1917年)。photo:Mariko Omura

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1919~1925年 狂乱の20年代

戦争が終わり平和を取り戻したパリは、ロアリング・トゥエンティーズへと突入する。その中心は海外からの芸術家が集うモンパルナス。キキ・ド・モンパルナスが芸術シーンでミューズとして愛され、ドルに有利な換金率の時代ゆえ禁酒法を逃れてパリにアメリカ人がなだれ込み、酒瓶が山と空になるパーティがあちこちで行われ、街に流れる音楽はジャズ......そしてビギンへと。

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セクション8の「モンパルナス、世界の交差点」。平和を取り戻したパリのモンパルナスに集まった海外からアーティストたちを"エコール・ドゥ・パリ"と呼んだのは芸術評論家のアンドレ・ヴァルノだ。右に見えているのは20年代のヒロイン、モンパルナスのキキ。 photo:Mariko Omura

新しい生き方、新しいアール・ド・ヴィーヴルへと時代は移行してゆく。ヴィクトール・マルグリットが小説『ラ・ギャルソンヌ』で生み出した自立した短髪のヒロインが、この時代の新しい女性像となった。社会進出をした女性たちは丈の短いドレスに身を包んでチャールストンに興じ、スポーツをウエアとともに楽しんで......。会場には女性同士が自由を謳歌する絵画も展示。

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新しいアール・ドゥ・ヴィーヴル。マドレーヌ・ヴィオネ(写真左の左)のドレス、ジャン・パトゥのスポーツを意識したデイウエア(写真右の右)などのモードの展示に加え、この部屋ではタマラ・ドゥ・レンピッカと藤田嗣治による女性2名を描いた絵画や、マルセル・デュシャンが女装して名乗るローズ・セラヴィを撮影したマン・レイの写真なども展示している。

戦後、シャンゼリゼ劇場がバレエ・リュスからバレエ・スエドワの時代へと変わるのは、1920年に劇場の財政責任をコレクターのロルフ・ドゥ・マレが担当するようになったからだ。1921年にはジャン・コクトー肝入りの音楽家集団であるレ・シス(フランス6人組)がバレエ・スエドワの公演に参加する。1925年バレエ・スエドワが去った後、アメリカからやってきたジョゼフィン・ベーカー、。"ルヴュ・ネーグル"の登場だ。活気あふれる彼女のダンスはパリの観客を大興奮させた。会場で彼女が踊る映像を見ると、その熱狂が理解できるはずだ。

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左: バレエ・スエドワの舞台芸術や衣装を担当したフェルナン・レジェの仕事が見られる。photo:Mariko Omura 右: 褐色の人気者ジョゼフィン・ベーカー。Kees van Dongen『Joséphine Baker』(1925年)©️ADAGP, Paris2023 photo ©️AKG images

パリの20年間のモダニティの歩み。その締めくくりとなる セクション11は、1925年に開催されたアール・デコ展をテーマに会場もゆったりと取られている。博覧会は4月28日に開幕し、10月25日に閉幕と半年続き、世界中から集まった来場者は1500万人と大成功を収めた。ドイツ、アメリカを除く21カ国が参加し、そのスタンド数は150。芸術品、宝飾品、家具調度品、室内装飾品工業製品......これら展示に見られた新しい美意識に基づくスタイルが展覧会の正式名称である『Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels Modernes』から"アール・デコ"と呼ばれて、フランスから世界中へと時代のスタイルとして発信された。

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セクション11は1925年のアール・デコ展がテーマで、当時出品された作品を集めて雰囲気を再現。photo:Mariko Omura

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左: 中央はマネキンのMaison Siégelがアール・デコ展で開いたブティックの扉。なお左右のマネキンは1930年頃のものだ。 右: ポール・ポワレの1920年頃の室内着はアズディン・アライアが生前に入手していた。アール・デコ展でポール・ポワレはアトリエ・マルティーヌの室内装飾の仕事を見せるべく、セーヌに3隻のペニッシュを浮かべた。その内部を撮影した写真が展示されている。photos:Mariko Omura

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模型が展示されている白い「キュービストの木」を背景にしたモデルが着ているのはソニア・ドローネーによるファブリック。207.05cmの縦長のキャンバスにエッフェル塔と女性を描いた『La femme et la tour』(1925年)はロベール・ドローネーの作品。photo:Mariko Omura

会場ではその時に出品されていた家具や装飾芸術品を展示。またアール・デコ展でフランスのエレガンス館にて展示された1922~1925年のカルティエのジュエリーも今回見ることができる。またジャンヌ・ランバンのクチュールドレス3点はウィンドウの中に当時を再現するように展示されている。さて会場の最後、エッフェル塔に車のCITROENの名を描く電飾の宣伝の写真は有名だけれど、なぜリオ・デ・ジャネイロの丘に立つキリスト像の模型が展示されているの?と驚くだろう。現存する世界最大のアール・デコ彫刻が、これなのだ。

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アール・デコ展のエレガンス館で、鼈甲の櫛にセットされてモデルの髪に飾られていたカルティエのジュエリー。なお1926年以降、ヘア飾りは9つのブローチとペンダントにトランスフォームされた。©️Cartier/ Marian Gérard

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ジャンヌ・ランバンによる1925年のドレス。左から Lesbos、La Duse、La Cavallini。中央のLa Duseはエレガンス館での展示のためのドレスで、座りポーズ用に仕立てられているそうだ。左のテーブルの上には、アルマン・アルベール・ラトゥーがボトルをデザインした香水アルページュが置かれている。photo:Mariko Omura

『Le Paris de la modernité, 1905-1925』展
会期:開催中 ~4月14日
Petit Palais
Avenue Winston Churchill
75008 Paris
開)10:00~18:00(火〜木、日) 10:00~20:00(金、土)
休)月
料金:15ユーロ
www.petitpalais.paris.fr/expositions/le-paris-de-la-modernite

editing: Mariko Omura

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