食感、香り、味わい。驚きと感動のガストロノミー料理を進化したトラセで。
Paris 2024.01.18
パリ1区のリシュリュー通り。うどんやラーメンなど和食系の店が多い通りの15番地に、かつて異色な存在のレストラン「Tamara (タマラ)」があった。シェフのクレマン・ヴェルジャが廃棄物ゼロを掲げた、どちらかというとビストロノミー・レストランだったが、昨年秋に同じ場所で同じシェフによる「Tracé(トラセ)」というガストロノミー・レストランへと進化したのだ。タマラの経験があり生まれた料理ゆえに、店名は"足跡が続く"イメージからの命名。シェフのクリエイションにはリミットなし!という、タマラ時代以上に想像を超えた驚きにあふれる料理が待っている。
オープンキッチンのレストランで料理を作るクレマン・ヴェルジャ(左)。レストラン内、シェフの分身のようにフェリックス・ボニャール(右)やヴィクトール・ペレイラが料理を説明して食事客と調理場を繋ぐ、2人3脚が見られる。photos:(左)Eric Barroca、(右)Geraldine Martens
ガストロノミー・レストランといっても豪華絢爛ではなく、シンプルなインテリア。席数はタマラ時代の40席からさらに減って、22席というゆったりした環境で食事時間を過ごせる。photo:Eric Barroca
ガストロノミー・レストランというとシェフの腕前もさることながら、高級な珍味をシェフが料理に取り入れて、というイメージがあったのは過去のことだ。現代のガストロノミーは素材については季節、鮮度、産地などが重視され、それをシェフの持つ創造性と技術がいかにおいしい料理に仕上げるかにかかっている。トラセは登場するひとつずつの料理を味わうことで、よく知っているはずの素材についての新しい食感、味わいを発見し、まるで未知の世界を旅するような体験ができるガストロノミー・レストラン。今年パリで味わうべきレストランの筆頭にあげたい。
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営業はディナーのみ。アラカルトでは表現しきれないシェフの料理ゆえ、コースメニューが2種用意されている。Menu Instant(ムニュ・アンスタン/火~木)は5サービスで95ユーロ、Menu Immersion(ムニュ・イメルジョン/火~土)は8サービスで130ユーロ。お任せ料理ゆえ、予約時にアレルギーなど避けてほしい食材を尋ねられるので告げておこう。飲みものはアラカルトでも選べるが、どちらのコースもワインか高級ワイン、あるいはノンアルコールのペアリングが可能だ。
ノンアルコールドリンクにも力を入れている。8サービスメニューにはプラス55ユーロで、5サービスメニューにはプラス35ユーロで料理とのペアリングが可能だ。写真はWhite Negroni。ライム・ケフィールやカシス味のノンアルコールワインなどのオリジナルを味わうチャンス。
席につくと飲み物のメニューは出てくるけれど、コース料理はお任せなのでメニューはない。何が登場するのか、わくわくさせられる。食事が始まると、店内サービス担当のフェリックス・ボニャールがひと皿ずつをまるで詩を読むようにフランス語あるいは英語で解説。そこにはシェフの仕事への敬意が感じられる。お任せ料理の内容は季節で変わるが、トラセの開店以来人気を集めている料理がある。それはビジュアルも美しい、"ラングスティーヌとイカのラード"。これは2段階で味わう仕組みで、まずラングスティーヌの味が凝縮したブイヨンから。小さなうつわに注がれたブイヨンの表面にきれいなオイルの輪っかがぽんぽんと浮かんで......これは胡椒風味が抽出されたオイルが使われているから。甲殻類の甘さと胡椒味のハーモニーで、その前に食べたセルリアックの煮込みの記憶を消して味蕾の準備を、というブイヨンである。次いで登場するのは身に沿って海ぶどうが乗せられた生のラングスティーヌ。そこにまるで透明なコロナータのラルドを模したイカが乗せられて......海がもたらす甘さと塩気が口内に広がる逸品だ。鳩肉の料理は"保存された春"と説明される。これは春に出たモミの新芽をピクルスにしたものが添えられるゆえ。タマラ時代同様、トラセでもシェフは地下の棚に多数のホームメイド・ピクルスのガラス容器を並べている。これらはシェフのクリエイティビティを刺激する存在だ。突き出しのひとつ、"グッゲンハイム・スープ"はグッゲンハイム美術館の建物でおなじみの螺旋階段を想起させるうつわが用いられ、その中で揺れるのは伝統料理と現代芸術の出合いというオニオンスープ。このスープの酸味はオニオンのピクルスゆえだった。
左: 突き出しのひとつ目は、クレソンマヨネーズを詰めた魚あるいはその内蔵の唐揚げ。 右: うつわの内側の模様を見ることから始める、グッゲンハイム・スープ。オニオングラタンスープがインスピレーション源の料理で、チーズの代わりにミモレのチーズオイルが使われている。photos:Mariko Omura
ノワゼットのクランブルを散らした帆立貝。片側に通された火が緩やかに全体にゆきわたる。異なる食感を添えるのは下に隠された芽キャベツの青い葉だ。
左: セルリアックは一度完全に乾燥させたものを、シャンピニオンクリームで戻している。セルリアックに新しい食感と味わいがもたらされた一品で、上にはオイスターリーフの千切り。 右: ラングスティーヌ料理のファーストステップで登場するブイヨン。うつわに注がれると胡椒混じりの良い香りが漂ってくる。photos:Mariko Omura
海藻を蒸した蒸気で温めた生のラングスティーヌ。その上にコロナータのラルド(豚の脂身)を模して焼き目を端につけた透明なイカの身をヴェールのようにかぶせる。透けて見えるのは、海ぶどう。新鮮なラングスティーヌの深い甘さが印象的だ。
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左: ムール貝と低温調理による岩魚のヴィエイユ。季節によって魚は異なるようだが、ファイユテのセーグルパンでソースを味わう幸せは不変! なお、この料理までパンは登場しない。photo:Mariko Omura 右: 鳩肉のさまざまな部位をさまざまな調理法で。その周囲には春モミのピクルス、発酵させた白アスパラやビーツの3年もの、シソの葉など。
左: デザートは、洋ナシのチップスで飾られた冷たい洋ナシのパルフェとトピナンブール(菊芋)のクレームアングレーズ。思いがけない素材の組み合わせだ。8サービスにはもうひとつデザートがあり、シェフが育った南仏の夜をイメージしたということで素材あてのゲームも。 右: 食後にもらえるその日のメニューを思い出に。photos:Mariko Omura
料理の説明の中には耳慣れない素材も登場するけれど、心配無用。デザートにいたるまで、おいしくないものはないレストランである。ここでは繊細でピュアな料理を味わうのだから、ただの呑んべえや口説くことだけに熱心な男性と一緒に行くのは時間とお金の無駄使いとなる。ひとりで、あるいは好奇心旺盛で食べることが好きな人とともにでかけてトラセの味覚の旅を満喫しよう。
オーナーはタマラ同様に、ポーランド人のアンドレア・バロカと夫ミッシェル。シェフが自由にクリエイションに取り組めるのも、ふたりの信頼あってのことだ。ちなみに夫妻は大の日本贔屓で、今年2月には東麻布にレストラン「OLINA(オリナ)」を開くそうだ。かつてタマラで仕事をしていたオリヴィエ・ガルシアがシェフである。まずは身近なところから攻めてみる?
15, rue de Richelieu
75001 Paris
営)19:00~21:30
休)日、月
Tel. 01 71 60 91 30
contact@restaurant-tracé.com
www.restaurant-tracé.com
@restaurant.trace
@clement.gergeat
editing: Mariko Omura