フォンダシオン ルイ・ヴィトンでマティスの『赤いアトリエ』展。

Paris 2024.06.19

9月9日まで、『マティス:赤いアトリエ』展がフォンダシオン ルイ・ヴィトンで開催されている。同時に『エルズワース・ケリー 形と色1949-2015』展もスタートした。見ごたえたっぷりのふたつの展覧会に加え、LVMHのオリンピックへの支援の一環として、コレクションの中からスポーツに関連する作品を集めたフロアが続く。これほど盛りだくさんの内容ゆえに、パリの中心から少し離れたフォンダシオンまでの道のりもいつも以上に心弾む。今回は『マティス:赤いアトリエ』展をここに紹介しよう。

240603_fondationlouisvuitton_1.jpg

生誕100年を記念して企画された回顧展の『エルズワース・ケリー 形と色1949-2015』が同時開催中。この展覧会は、グレンストーン美術館(メリーランド州ポトマック)とエルズワース・ケリー スタジオの協力のもと企画されています。Exhibition view : © Mariko Omura

依頼主に拒まれたマティスの「赤いアトリエ」、MoMAまでの運命をたどる。

フォンダシオンで開催される展覧会は通常地下フロアからスタートするが、『マティス:赤いアトリエ』展を目指すなら、ダイレクトに2階へ向かおう。ニューヨーク近代美術館(MoMA)とコペンハーゲン国立美術館(SMK)の協力で開催されるこの展覧会は、アンリ・マティス(1869-1954)が1911年に自身のアトリエを描いた『L'Atelier rouge(赤いアトリエ)』を中心に展開している。その大作(181×219cm)が部屋の中央に掲げられ、その左右前方にマティスが113年前にこの絵を描いた時にアトリエにあった作品が一堂に集められている。会場に足を踏み入れることイコール1911年のマティスのアトリエにお邪魔することなのだ。この会期を逃したら、こんな素晴らしい幸運に出合えるのはいつのことやら。

240603_fondationlouisvuitton_2.jpg

Henri Matisse (アンリ・マティス)作『L'Atelier rouge(赤いアトリエ)』(1911年)。Photo credit : © Digital image, The Museum of Modern Art, New York / Scala, Florence

キャンバスが赤で満たされ、画家が自分のアトリエを描いた作品の中でも画期的なものとされる『赤いアトリエ』。展覧会のプロローグは、このアトリエについてだ。パリに隣接する町イッシー・レ・ムリノーに、マティスのために作られたアトリエの建築面などを紹介している。それに続くのがメイン会場で、『赤いアトリエ』とともに展示されているのは、その中に描かれている1898年から1911年にかけて制作された6点の絵画、3つの彫刻、1つの陶器だ。見慣れた作品もあれば、初めてその存在を知るような作品も展示されていて興味深い。

240603_fondationlouisvuitton_3.jpg

『赤いアトリエ』に描かれている絵画6点より、『ヤングセーラー(II)』(1906年)。Exhibition view : © Mariko Omura

240603_fondationlouisvuitton_4.jpg

『ル・リュクス(II)』(1907〜8年)。Exhibition view : © Mariko Omura

240603_fondationlouisvuitton_5.jpg

『赤いアトリエ』に描かれている作品の中で、もっとも古いのが『コルシカ島:オールドミル』(1898年)。Exhibition view : © Mariko Omura

240603_fondationlouisvuitton_7.jpg

『大きく背を反らせた立裸像』(1906〜7年)。後方に見えているのは、イッシー・レ・ムリノーの庭に咲く花を描いた『シクラメン』(1911年)だ。Exhibition view : © Mariko Omura

240603_fondationlouisvuitton_8.jpg

『ジャネット(IV)』(1911年)。Exhibition view : © Mariko Omura

240603_fondationlouisvuitton_9.jpg

左: 『装飾的人物』(1908年)。イッシー・レ・ムリノーに引っ越す前の仕事場だったサクレ・クール修道院にて制作された。Exhibition view : © Mariko Omura

240603_fondationlouisvuitton_10.jpg

国立デンマーク美術館所蔵の1907年の陶器。その後方はMoMA所蔵の『白いスカーフを着たヌード』(1909年)。Exhibition view : © Mariko Omura

さてこの『赤いアトリエ』は、現在MoMAの所蔵品だが、もともとはロシアの仏絵画コレクターでマティスの作品も集めていたセルゲイ・シチューキンからのオーダーにこたえて制作されたものだった。ふたりの出会いは1906年で、マティスは彼のモスクワの邸宅のために『l'Harmonie en rouge』『La danse』、『La musique』を制作している。実はこのアトリエも彼の経済的援助があってこそ。1890年にパリに来て以来、引っ越しを繰り返したマティス。15区のアトリエを退去する必要が生じた1909年、シチューキンのおかげでパリに隣接し発展中だったイッシー・レ・ムリノーに広いアトリエを設けることができたのだ。庭に完成したのは、10×10平米、天井の高さは5メートルという素晴らしいプレハブの建物。マティスは北側の窓をガラス張りにした。

240603_fondationlouisvuitton_11.jpg

イッシー・レ・ムリノーに完成したアトリエにて。Exhibition view : © Mariko Omura

240617-matisse01.jpeg

1911年に撮影されたアトリエ内の写真はプロローグで小さく、通路で大きく紹介されている。Exhibition view : © Mariko Omura

1911年、邸宅の装飾用の3枚のパネルの制作をシチューキンはマティスに依頼した。広い舞踏室のためなのでサイズは3枚それぞれが181x219、1cmと大きく、テーマはマティスに任された。最初に完成したのが『l'Atelier en rose(ピンクのアトリエ)』。次に彼が手がけたのが、今回の展覧会の主役の『赤いアトリエ』である。あいにく前者と異なり、こちらはシチューキンに受け入れられず......シチューキンはこの3枚のパネルを飾るアイディアを諦めるのだ。買い手を失い宙に浮いてしまった『赤いアトリエ』をマティスはフランス国内ですぐに披露する気持ちにはなれず......初公開されたのは1912年にロンドンの画廊にてだったが、あいにく良い反応は得られずに終わった。その後アメリカの複数の都市で展示するも結果は芳しくなかった。

1927年、購入者が登場した。ダヴィッド・テナントである。彼がロンドンに開いたプライべートクラブであるLa Gargoyle Clubに飾られることになった。ダヴィッド・テナントは貴族で、モデルの故ステラ・テナントと同じファミリーである。このクラブは当時ロンドン社交界の華やかな溜まり場。アーティストやインテリ、アート愛好家などクラブの常連たちは鏡張りの壁に飾られた『赤いアトリエ』を10年近く目にすることになるのだ。しかしテナントは1930年代の終わりにこの作品を手放すことを決め、1945年ニューヨークに画廊を持つフレデリック・ケラーが持ち主となるのだ。

240603_fondationlouisvuitton_13.jpg

ロンドンで1912年に画家で芸術評論家のロジャー・フライが企画した第2回ポスト印象派展で、『赤いアトリエ』は初めて一般公開された。ロジャー・フライ作『第二回ポスト印象派展』(1912年)。Exhibition view : © Mariko Omura

240617-matisse02.jpeg

ロンドンのあと、『赤いアトリエ』は1913年のアーモリーショーのため、ニューヨーク、シカゴ(写真)、ボストンを巡回した。Photo : Archives Henri Matisse Exhibition view : © Mariko Omura

240617-matisse03.jpeg

ロンドンのガーゴイル・クラブ(1927〜1941年/ 写真)を創設したダヴィッド・テナントが『赤いアトリエ』を購入した。Photo : Archives Henri Matisse Exhibition view : © Mariko Omura

1946年にMOMAが『赤いアトリエ』に興味を示すのだが、ケラーは絵を手放す気がなかった。彼がミュージアムに連絡を取ったのはその2年後のこと。こうして1949年、必要な額を集めたMoMA は『赤いアトリエ』を所蔵品に迎えることができたのである。一般へのお披露目は1949年4月5日。この作品、実はそれまでこの作品の題は『アトリエ』だったのだが、この際に『赤いアトリエ』とタイトルされて展示されたのだ。

MoMAが入手し、一般に公開する間にマティスの息子ピエールはニューヨークにもつ自分の画廊で父の近作展を開催。その中の最大の作品は『Grand intérieur rouge(大きな赤い室内)』(1949年)でこれは色の強さから『赤いアトリエ』を想起させるが、それに比べると描かれているオブジェ類のリアリティが保たれている。この作品は1949年にパリに戻り、近代美術館で開催されたマティス回顧展にて展示された。ちなみに『赤のアトリエ』が最後にパリで展示されたのは、ポンピドゥー・センターで1993年に開催された回顧展において。つまり今回、31年ぶりにパリでこの作品を鑑賞できるのである。

最後の部屋となるギャルリー7では、MoMAの保存・修復のチームによる『赤いアトリエ』の科学的分析についての7分間のビデオ上映だ。この作品は元々は壁も床も別の色で描かれていてもっと自然なアトリエの光景だったのを、マティスは最後にヴェネチアンレッドで塗り潰したことの発見などが明かされる。これは新必見!

240603_fondationlouisvuitton_16.jpg

『赤いアトリエ』を再解釈した『大きな赤い室内』(1948年)Exhibition view : © Mariko Omura

240603_fondationlouisvuitton_17.jpg

7分のビデオ『新発見』。現代のテクノロジーが1911年の絵画の秘密を解き明かす。Exhibition view : © Mariko Omura

『Matisse : l'atelier rouge 』『Ellsworth Kelly. Formes et couleur 1949-2015』展
会期:開催中~2024年9月9日
Fondation Louis Vuitton
8, avenue  Mahatma Gandhi Bois de Boulogne 75116 Paris
開)11:00~20:00(月、水、木) 11:00~21:00(金) 10:00~20:00(土、日)
休)火
www.fondationlouisvuitton.com

editing: Mariko Omura

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

世界は愉快
フィガロワインクラブ
Business with Attitude
パリとバレエとオペラ座と
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories