最高のはめ心地、コースの手袋。その秘密をミヨーのアトリエに探る。
Paris 2024.09.17
刺繍、帽子、靴......シャネルが傘下に収めたメゾンダールは2022年にパリの外れにオープンした19Mに集合している。でも、ひとつだけ創業の地で昔ながらの活動を続けているメゾンがある。それは2012年からシャネルのメゾンダールに数えられることになった手袋のCausse(コース)だ。当時のアーティスティック・ディレクター、カール・ラガーフェルドの手の甲を覆うのに必需品としていたレザーのミトンの特注も受けていたアトリエで、至高のサヴォワールフェールがここでは継承されている。
1892年にコース3兄弟によってメゾンが創立されたのはアヴェイロン地方のミヨーという町で、最盛期には手袋製造に関わる人は1000近く数えられた土地だという。いま、そのサヴォワールフェールを守るアトリエはごくわずかとなった。コースで15名の手袋製造職人たちが働いているのが最大である。ちなみにコースはフランス政府から無形文化財企業(EPV)のラベルを得ていて、ユネスコの"希少なメティエ・ダール"にも登録されている。このアトリエはコースのブランドの手袋の生産にとどまらず、シャネルの仕事もすれば、著名なリュクスのメゾンのための手袋も、と小規模ながら常にフル活動で忙しい。
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ロックフォールと手袋の地、ミヨー
コースのブティックとアトリエを擁するのは、2006年に完成したジャン=ミッシェル・ヴィルモットによって新たに建築された木とガラスの建物。オフィスの窓からは遠くの山で、パラグライダーを楽しむ人の姿が見えるという長閑な環境だ。
ミヨーという耳慣れないこの地名。石灰質の土地なので農業には適さない。住民は動物を飼育し、チーズを作っている。名物はブルーチーズの"ロックフォール"だ。チーズのための牛や羊がいる土地なのである。動物がいて、皮があるミヨーでは皮革のなめし業が活発である。フランス国内で手袋作りで知られるのはミヨーに加え、ボルドーの近く、そしてグルノーブルの3箇所。その共通項は皮革なめし業が盛んな土地であることだ。コースには手袋のクリエーション&製造だけでなく、皮革小物部門もある。皮が素材であることは同じだが、両部門が使う皮には大きな違いがある。手袋の皮はしなやかさが何よりも重要。自然な仕上がりを求めて用いられるのは羊、ペカリ、鹿の皮だ。アトリエで皮に印をつける際に道具を使わないで爪で行う人もいることからもわかるように、とても薄くてしなやかなのだ。
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熟練職人たちの手が動き続けるアトリエ
多くの作業が機械で行われる時代である。工業生産による手袋も市場に見いだせるが、型によっては1ペアを作るのに100行程もあるというコースの手袋と、それらの大きな違いは手にはめてみた時にわかる。パリのカンボン通りにあるコースのブティックに行ってみよう。手を見せると、的確な目測で手にあうサイズの手袋を出してくれる。同じサイズでも人によって手の大きさ、指の長さはさまざま。でもコースの手袋は柔らかく伸縮性のある皮が手、指に素晴らしくフィットし、そして手指をとても美しく見せてくれるのだ。
その秘訣はアトリエで工程の最初に行われる、皮伸ばしにある。人間の手が塩梅を決める工程で、これは機械がとって代わることができない仕事なのだ。厳選された皮の裏側をまず水で濡らし、職人が机の角を利用して皮を手で伸ばす。手先や腕の仕事ではなく、全体重をかけて規則的なリズムで肩、腰を使って、手袋の横幅方向に皮を伸ばすというとてもフィジカルな作業。冗談で"これから皮をいじめますよ!"と始めた職人の手の下できゅうきゅうと皮が音を立てるほど。この工程は性差別ということではなく体力的に男性が担当することが多いという。
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平面縫いではなく、垂直縫い。
創業以来の遺産として、サヴォワールフェールと同様に昔からの道具類もコースでは大切に守られている。例えば古い手袋の抜き型。これらは鉄製で重いため、現在は軽い素材の型で代用されているが、現役でフル活用されているのは手袋の縫製のための特殊なミシンだ。工業生産の手袋は水平に置かれて縫製されているけれど、それでは綺麗な手袋に仕上がらないのである。コースでは手袋を立てて縫う。そのためのミシンはいまや製造されていないので、昔の機械を大切に扱っている。
本体に親指を縫い付ける、指の間にマチを縫い付ける、カシミアなどの裏地を縫い付ける......内側の手に触れる縫い代が動きによって裂けることもなく、かつ手が美しく見えるようにできる限り細く、という幅をとって慎重に縫製する。作業にはピンセットを活用させ、手袋が2種の素材なら、素材によって縫い糸のボビンを取り替えて......。直線縫いばかりではなく、手袋ゆえに曲線縫いもあり、ずれが生じぬよう確認しつつゆっくりとしたスピードで縫う。最初に皮を選ぶ段階から、この段階も含め、あらゆる段階で必要とされているのが職人たちの目である。
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サヴォワールフェールの継承
かつてアトリエの作業は、例えば縫製する人は縫製だけというように、ひとりが1段階だけを担当する分業制だった。しかし職人の絶対数が減っているいま、サヴォワールフェールの保全のために、各人が複数の段階を手がけられるような仕組みを取っている。万が一、手縫い専門の人が引退してしまって誰もできる人がいなくなる!という状況をこうして避けるのだ。
フランスには手袋製造者を養成する機関は存在しない。あるとしても基本のみの教育しかしないので、コースでは若い人をリクルートし、アトリエ内で育成をしている。最近2名を養成したそうだが、その指導は引退した手袋製造者に託された。手袋製造は裁縫の資質が求められる仕事なので、誰にでもできるものではない専門職なのである。一方、コースの皮革小物部門では大勢を採用する。こちらは仕事としてよく知られているし、養成機関もあることから、ほかの職業からの転職者も少なくないそうだ。いずれにしても、サヴォワールフェールの継承のためには若い世代の気持ちをこの仕事に惹きつけなければならない。手袋というと防寒用のクラシックなタイプがイメージされがちなので、手袋の世界の幅広さを彼らにアピールすることをコースでは怠っていない。
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手袋のヴァラエティとその未来
現代生活や現代のモードにマッチした手袋が望まれている中、コースの人気モデルのひとつにドライバーグローブがあげられる。これは縫い代が外側にある外縫いが基本。手の甲がかぎ針編みのタイプのものは皮革素材との縫い合わせに熟練を要するそうだ。ブティックでは皮革と手編みの部分のバイカラーについてパーソナライズオーダーを行なっている。ドライバー用の手袋......いまの時代なら車だけでなく、自転車に乗るときのマストアイテムと言えそうだ。またコースには手袋をはめたままスマートフォンを操れるように、親指と人差し指にメタルの刺繍を施した"タクティル"と呼ばれる手袋もある。
ミヨーの町があるアヴェイロン地方には幸せをもたらす、と愛されているラ・カルダベルという花が咲く。厳しい土壌にもめげず咲くアザミに似た花は枯れても色が変わらず、この地方では扉にこの花を飾っている家も少なくないそうだ。コースではこの花のモチーフを飾ったファンタジーあふれる手袋も見逃せない。
この秋冬コレクションから、レザーだけではなくシルクサテンのロンググローブがコースに加わった。他ブランドの注文も受けているコースのアトリエで布の手袋はすでに経験済みだけれど、コースのコレクションのためというのは今回が初めてだ。布地を伸ばさないように扱うなどレザーとは異なる面もあるが、製造工程は同じである。防寒ではなくファッションアクセサリー色の強いのが布の手袋。最近日本でも公開された映画『ボレロ 永遠の旋律』の中でシルクの手袋が官能や色香と結び付いて登場する。映画ファンなら『エイジ・オブ・イノセンス』の車中におけるダニエル・デイ=ルイスとミシェル・ファイファーの手袋をめぐるシーンを思い出したに違いない。手袋は女性にとって実用品、ファッションアイテムを超えた存在でもあるのだ。それを守る職人仕事の永続を祈ろう。
24, rue Cambon
75001 Paris
営)11:00~14:30、15:00~19:00
休 日
https://caussegantier.com/fr/
Instagram:@causs_gantier
editing: Mariko Omura