「おにぎり」「生きがい」「旨味」、フランスの辞書に3つの日本語が加わった背景とは?
Paris 2025.07.03
日本語がフランス語になる時、辞書に刻まれた日本の味と心。
「Manga」「Bonsai」「Ramen」「Bento」から、「Shiitake」「Yuzu」まで――フランス人の口から自然に出てくる日本語由来の単語は年々増えている。これらに共通するのは、『ル・プティ・ラルース・イリュストレ』にフランス語として掲載されている点だ。普通名詞を解説する仏仏辞書と固有名詞を扱う百科事典が一冊にまとまり、イラストや地図も約5500点掲載。2000ページ超のこの本は中学入学祝いの定番で、フランスの多くの家庭に一冊はある。毎年改訂され新語の追加がニュースになるが、今年5月発売の2026年版では150の新語のうち3つが日本語由来だった。
『ル・プティ・ラルース・イリュストレ 2026年版』(ラルース社刊) 34ユーロ。64500語収録。中ページの見開きには必ず全カラーのイラストや図版が掲載されている。©Petit Larousse illustré 2026, Editions Larousse
まずは「Ikigai」。茂木健一郎の『生きがい』(新潮社刊)は18年に仏語訳が出版され、翌年には文庫化された。その後、「生きがい本」はフランス語で30冊以上刊行され、特に在日スペイン人作家エクトル・ガルシアとスペインの小説家フランセスク・ミラージェスによる一冊はロングセラーに。沖縄の長寿と生きがいの概念を結びつけたその書籍の影響は、以下のラルースの定義にも表れている。
「Ikigai 男性名詞(『生きる』と『やりがいのある』を組み合わせた『生きる価値がある』という意味の日本語)。(中略)沖縄発祥の『生きがい』は、自分が好きなこと、得意なこと、稼げること、世の中の役に立つことのバランスをとることを基本としている」
大型書店Fnac(フナック)の書棚に並ぶ生きがい本の数々。
ふたつ目は「Onigiri」。パリに暮らしていれば納得の選出だ。近年、スーパーの軽食売り場には日本のコンビニ風おにぎりが並び、4ユーロ近くで売られている。冷たく固く、決して美味とは言えないが、サンドウィッチと肩を並べる存在感だ。フランス人や中国人が経営するおにぎり専門店も次々登場し、日本では見かけない具材を使った商品がランチタイムに人気を集めている。かつて、在仏日本人の子どもが学校におにぎりを持参すると「黒い紙を食べている」と言われたのは、もはや過去の話となった。
ギャラリー・ラファイエットのグルメ館の軽食コーナーに並んだコンビニ風おにぎり。「Avocat Cream Cheese」「Kimuchi Bacon Végétal」など日本ではまず見かけない具も。
3つ目は「Umami」。すでに和食を超え、食文化用語として定着している。ラルースの定義は「Umami 男性名詞(日本語で『おいしい味』の意)。(中略)1908年に日本の化学者、池田菊苗によって発見された旨味は、アジア料理で特に高く評価されている。第五の基本的味覚と考えられており、ほかの4つは甘味、塩味、酸味、苦味である」。
ブルターニュ地方の都市ナントで2022年から毎年開かれている発酵食品フェア、UMAMI。キムチ、味噌、コンブチャ、クラフトビールなどのアトリエも開かれる。
フランスでは近年、発酵食品ブームも高まり、味噌や麹もヘルシー志向の人々に親しまれている。
今年ラルースに追加されたこの3語を見る限り、日本は「人生を意義深く、健康に、おいしく生きる国」という好印象を与えている。日本を旅するフランス人や、パリで和食を楽しむ人々は今後も増えるだろう。ポジティブな日本語が、これからもフランス語の中で静かに根を張っていくのかもしれない。
ライター、コーディネーター、通訳。東京都生まれ、1989年に渡仏。パリ郊外のサンジェルマン=アン=レに暮らし、フランスやヨーロッパの文化を中心に取材、執筆を行う。
●1ユーロ=約169円( 2025年7月現在)
*「フィガロジャポン」2025年8月号より抜粋
text: Izumi Fily-Oshima