
真夏の夜の舞踏フェスティバル
気温40℃の猛暑だった先週末、セーヌ川に高さ27メートルの飛び込み台が設置されて飛込み競技が行われました。水に入るのにはうってつけの日。コバルトブルーの空に、エッフェル塔をバックにセーヌ川に飛び込んだ選手達が水面に上がってくるときに、皆んな笑顔でとても気持ち良さそうでした。
私も泳ぐのが好きで近所のプールに通っているのですが、最近は炎天下をフーフー言いながら到着すると「ストライキのためプールは使用不可」の張り紙が貼ってあることが頻繁にある。市の施設なのに?と訝しく思っていたら、先日外務省職員のストがありフランスでは公務員もストの権利が認められていることを知った。ストでも受付の人はいるのでストの理由を訊くと「プールサイドの監視員のスト」「賃金引き上げのスト」など毎回最もらしい理由を挙げるのだが、先々週ついには「理由が不明のスト」が続き、今週は「パリオリンピックに関するスト」が続いている…。
「オリンピック??」
「オリンピックによる超過労働に抗議しています」との返答。
そのためにRTT(超過勤務の労働時間短縮の代休システム)があるんじゃないの?たとえ国を挙げてのパリオリンピックでも1分たりとも残業はしないと今から先手を打っておく気なんだろうか。私と同じように苦情を言いに受付に詰め寄っていた女性はそれを聞いてあっさりと納得して帰って行った(笑)
もうじきバカンスなんだし、暑さに苦しむ市民のために頑張って働いておくれよ〜と思わずにはいられない。
( Photo by paris.fr )
そんな暑さが続いた先週、パリで活躍されている舞踏家 有科珠々さんのソロ公演「l'ombre du cerisier(桜影)」を観ました。
舞踏はフランスで Butô(ブトー)と呼ばれ、日本独自の前衛芸術として人気があります。珠々さんはパリにおけるButôの第一人者で、絶え間ない努力と思考でご自分の芸術を突き詰めるアーティストですが、家族想いの心の優しい面も持つ素晴らしい女性でもう10年近いお付き合いになります。彼女に声をかけてもらうまではクラシックバレエのように音楽に合わせて踊ったりあらすじや振り付けが決まっている舞踊しか観たことがなく、初めて彼女の舞台を観たときは白塗りで黒っぽい色の口紅、そして急に動き出したり静止したり、突然床に転がったりする独特な動きに「一体何を表しているんだろう…?」と戸惑い恐怖さえ感じました。でも、観る機会が重なるにつれて、彼女が身体全体を使って表現する内面の感情や世界観を感じ取るのが舞踏の魅力なんだと徐々に理解できるようになりました。
3つの演目で構成されており、ひとつめは「femme en noir(黒衣の女)」:
幽霊達とひっそり暮らす悲しい女に突然様々な困難が襲いかかる。女は平穏な暮らしを取り戻せるのか…。
二つめは「Mon petit territoire(私の小さなテリトリー)」:
様々な人間や動物が小さなテリトリーを守っており、感情が交錯する。愛し、守り、そして逃げる…。
三つめは「Senbu(扇舞)」:
戦場に捨てられた日本人形。明るく平和な昔を想いながら、彼女は踊る…。
( Photos by Fabrice Pairault )
静寂の暗闇に浮かぶ珠々さんの白い顔、足音も息づかいもギリギリまで抑えられているのに小柄な身体から発せられる大きなエネルギー 、豊かな表情、メッセージ…。ひんやりと涼しい地下の小劇場で外の暑さや街の喧騒を忘れ、空想を巡らしながら幻想的な世界に引き込まれました。そして3つの演目を通して、戦争で平和な暮らしと土地を奪われているウクライナの人々のことが頭を過ぎり哀しい気持ちになりました。戦場となり崩壊した家や瓦礫の下には、人形を含む彼らの生活の全てが残されている。
不安が多く希望を持つのが難しい今の世界だからこそ、内面を表現したり体現することを私達は必要としているし、芸術に触れて心の豊かさや様々な感情を育むことが生きる力を支えてくれる。舞踏をまだ観たことがない方にもぜひ一度彼女の舞台を観て、新しい感動に触れて欲しいと思います。
Juju Alishina : https://www.dansejaponaise.fr
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