CHICHI PARIS ~パリに住むエステティシャンのblog~

クレール通りの今と昔

「コンフィヌモン(ロックダウン)にはならなかったけれども、パリからカフェが無くなって死んだ街も同然。カフェはパリの文化なのよ」

そう言って、マダムMが淡いピンク色のカシミヤのセーターをするりと脱いだら、その下は美しいレースがほどこされた真紅のブラジャーでした。お店があるのが昔からの高級住宅街といわれる地区で、お年を召したフランス人のお客さんが多いのですが、どうしたらこんな風にお洒落も忘れず世情にも通じていて元気に歳を重ねていけるのかいつも不思議に思います。ちなみにマダムMは88歳で、20歳は若く見える容姿で元々はオートクチュールの世界で働いていたという今もセンスの塊のような女性。数年前にご主人が亡くなって一人暮らしですが、これからいくらでも恋人ができそうなほど若々しくて、以前に60歳位の息子さんと一緒に来たときには息子だと紹介されなければカップルにしか見えませんでした。

普通は着替えている間はキャビンの外に出るのですが、フランス人の高齢のお客さんは高価そうなネックレスをしていて、落下防止のために鎖が複雑に重なっていたり留め金が3つ付いていて着け外しが一人では難しいので着替えを手伝います。2回目のコンフィヌモンになる前日に72歳のマダムLのネックレスの留め金を外すのを手伝っていたら、店が閉まってしばらく下着が買えないかもしれないからラ・ペルラ(イタリアのランジェリーブランド)で6セットのブラジャーとショーツを買ってきたと、キャビンの中でガサゴソと買い物袋を開けて見せてくれましたが、そういえばマダムMもLも冬はいつも素肌にセーターというグラマラス派だわ(^m^)

知人が寒そうにしていたら、偶然会ったお金持ちのマダムから「寒いの?カシミヤのセーターの上に、ミンクのコートを着ると暖かいわよ♪」と言われて冗談かと思ったら本気だったそうですが(笑)、彼女達を見ていると私も質の良い柔らかいカシミヤのセーターが欲しくなります。

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フランスでは1月中飾っていてOKのモミの木。ずっとアパートの中庭に放置していたけれども、週末にようやく公園のモミの木の回収場に持って行きました。

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最近雨や雪が降ってお天気が悪く、セーヌ川の水位が上がっています。

マダムMのエステが終わった後で、他のお客さんと最近はクレール通りやサン・ドミニック通り(店の近所の商店街)を歩いていても空き店舗が目立つようになって、多くのホテルやレストランがずっと休業しているし、再びコンフィヌモンになったら今度こそ閉店する店舗が一気に増えるかもしれないと話していました。先週の金曜日のカステックス首相の発表で、多くの国民の予想に反してコンフィヌモンは避けられたものの、やはり週末から始まるバカンス期間が三度目のロックダウンになるんじゃないかという話題でもちきりなのです。

すると、お手洗いから出てきたマダムMが「戦争中はクレール通りはパン屋しか空いてなかったわよ。カフェに行けないのは寂しいけれども、当時を思えばお店いっぱい開いてるって感じるわ」「そうそう。クレール通りは今と違って当時は食料品店しかなくて、それが全部閉まっていて暗い雰囲気だったわね」とマダムC。「私はJ2だったんだけど、お腹は減るし学校で出されるチョコレートが不味くてそれ以来チョコレートが今も嫌い!パン・オ・ショコラは別よ。大好きで毎朝食べてるけどね」と当時の思い出を語るM。それを聞いてたマダムEが「私はJ3だった。私はウサギがダメね。デザートがないからあんなチョコレートでも喜んで食べてたわよ」「クレール通りの今の〇〇の店あたりに配給の受取り場所があって、姉と並んで取りに行ったのを覚えてる」とM。

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コロナの影響で空き店舗が目立つようになった中、クレール通りにアラン・デュカスのショコラティエがオープンしました。これはノエルに友人から頂いたもの。カカオの産地ごとのチョコレートの味を比べて味わいました。美味しい!

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「J1とかJ2って何のこと??」何の話かと訊けば、戦時中の配給切符のことでした。子供は年齢でJ1・2・3と分かれていたそうで、小さい子はJ1で少量の食料が配布されて、J2(マダムMの記憶だと6歳〜12、13歳)はもう少し量が多くて、13歳以上の子供はJ3で当時子供だったマダムMからするとJ2よりはかなり多い量の食料が配布されていたようです。チョコレートは栄養補給のために学校で子供達に配布されていたそうが、それがすごく不味いチョコレートとは言えないシロモノだったそうで、マダムMはそれ以来チョコレートが苦手になってしまったそう。おそらく戦後に日本の給食で出されていた脱脂粉乳に似たような感じでしょうか。マダムEのウサギの肉が嫌いというのはフランスではよく聞く話で、戦争中は動物タンパク質といえば繁殖スピードが早いウサギの肉で(今でも大抵田舎の家には兎の飼育小屋があります)毎日食べて嫌いになったというお年寄りがよくいます。

皆んなこの界隈で産まれ育った根っからの7区っ子で、戦中からずっと住んでいるため当時の話はいくらでも出てくる。戦中戦後から話は現在商店街に一軒しかないやたらと値段が高い魚屋の話になり戦後に4軒あったときは普通の値段だったのに1軒なくなるごとに値段が吊り上がったとか、戦後あった素晴らしく美味しいお菓子屋さんがシャンゼリゼに移転してしまったとか、マダム〜はムッシュ〜はどうしているとか、マダム達の井戸端会議の話題は尽きない)^o^(

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昨年新しくオープンしたクレール通りのテイクアウト専門のモロッコ料理屋さんは盛況です。アニョー(仔羊)のクスクスはこれで3人分!5〜6人分くらいの量でした。

話が変わりますが、コロナ渦で皆んな家で食事をするようになり、いつも行くお肉屋さんとワイン屋さんは売り上げが大きく伸びたそうです。コロナで売り上げが下がって大変な店がある一方で、好調な店もあり、レストランも立地によって差が激しいようで私自身の仕事のことを含めて、商店が持ちこたえられるよう願いながら今後の行方をハラハラしながら見守る日々を過ごしています。将来に不安を感じたり気分が落ち込む患者が増えていると友人の精神科医から聞きましたが、私は毎朝出掛けて行く職場があり、マダム達とのたわいもない会話が心に響いたり、笑いあったりすることが心の支えになっているようです。

chichi

立神詩帆 / Shiho Tatsugami
2002年渡仏。エコール・フランソワーズモリスで学び、エステティック・コスメティックCAP国家資格を取得。2011年からパリ7区でエステサロンCHICHI(シシィ)を自営。All About のフランス流美容ガイドとして、パリジェンヌから学ぶ美容情報やライフスタイルに関するコラムを掲載中。
好きなものは、フランスの食文化、1日の終わりのアペリティフ、アルゼンチンタンゴ、旅。

www.chichiparis.com
https://allabout.co.jp/gm/gp/1693/
Instagram: @chichi_paris7

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