フランスの受刑者の職業訓練

気温が29度まで上昇し、突然真夏の暑さになったパリ。ひえぇぇ〜と怯える私。パリの家には日本のような機能的なクーラーがないので、27度を超えると石造りの家は熱が逃げない。室温がいつまでも下がらず、夜は寝苦しくてぐったりと疲れてしまうのだ。去年29度を超えたのは6月だった記憶があるので、今年の夏は猛暑になるのかもしれない。

そして、なぜか毎年暑い日にかぎって来客がある。昼頃パートナーから「友人が出張でパリに来ているから、今夜夕食に誘ってもいいかな？」とメッセージが入った。食事の用意をするのは彼なので構わないけど、狭い我が家で密集率が高くなるとますます暑さが増す。でも5年ぶりの再開だというのでとても断れない。ひえぇぇ〜。

夜、蒸し暑いなか友人が汗をかきながらやって来た。パートナーも仕事から帰って来て、キッチンで火を使うのが嫌だったらしく、前菜はトマトとモッツァレラチーズとプロシュートのサラダ、主菜はお肉屋さんで買ったローストチキンとサラダの簡単な冷製ごはんでした。

友人は料理の先生で、ホテルの専門学校以外にも男子刑務所で受刑者の職業訓練も担当している。刑務所の中には受刑者の食事を準備する厨房とは別に、職業訓練専用の厨房があり７〜９人の小人数制で授業を行っている。半年間の実施を受けて、数学やフランス語などの基礎学力の試験と実施テストに合格すれば、出所後に刑務所が紹介するレストランでの研修を受けて、研修終了後に料理の国家資格がもらえるという。

日本の刑務所でも職業訓練があるのは知っていたけれど、フランスの刑務所も電気工事、施工、自動車整備、料理など様々な職業の選択ができるらしい。フランスは日本と違って民間資格は意味を成さない。国が認めた資格を持っていないことには仕事にありつけないのだ。私も料理の資格を取りたくて夜間にホテリエの学校に通ったことがあるけれど、クラスの人数が多く、仕事終わりに遅刻しないように行くのが難しくて途中で挫折してしまった経験がある。

「普通の学校とはどう違うの？」と訊いたら、「一番大切なことは、授業の最後に道具の数を数えることだよ。普通の学校なら生徒が自分の包丁や道具のセットを持ってくるけど、刑務所はその都度貸し出しするから生徒が道具をきちんと返却しているか、とりわけナイフや包丁の確認は気が抜けないよ」という答えが返って来た。ほ〜、考えてみたらそりゃそうだよね。包丁一本でも無くなっていたら問題が起こるかもしれない。包丁だけでなく、泡立て器や研ぎ棒だって使いようによっては危険そうだ。

「生徒は料理に興味がある人でしょう？ということは、未来のジュエル・ロブションやアラン・デュカスがいるかもしれない！手に職があれば出所後の就職に役立つし、彼らにとって素晴らしいチャンスだね」

「ハハハ。そうならいいんだけど、実際はそうでもないよ。料理学校の生徒も受刑者も、トップ・シェフを見て簡単に料理ができたりスターになれると思っている。現実を知って投げ出してしまう人が大半なんだよ」

トップ・シェフはシェフ達が料理を競う人気番組で、スターシェフが誕生したり有名人になったりする。学校を途中でやめた私が言うのもなんだけど、華やかな面だけ見てると現実と思い描いた理想とのギャップに「めんどくさい。やーめた！」となるのかもしれない。

「いいなぁ。少人数制の授業。私ももう一度やりたいなぁ」

「どうぞどうぞ。出所まで６ヶ月あればできるよ」

いや、それはちょっと…。

ちなみに今のところは、料理だけで製菓製パン、そしてワインの国とはいえ刑務所内はアルコール禁止なのでキャビスト（ワイン屋さんになる資格）の訓練はないそうです。でも製菓製パンはもうすぐ認められるかもしれないそうだ。映画「うなぎ」で役所広司さん演じる浮気した妻を殺した男が、受刑中に理髪師の資格を取り出所後に理髪店を営む。映画を見たときに刃物を扱う理髪師の資格が取れることに少なからず驚いたのを思い出しました。