
「水の都」と「新潟美人」
東京生まれの夫は私と結婚するまで新潟にはスキーぐらいでしか縁がなかったので、新潟の色々を
知りません。
という訳で、帰省の度にプチ観光をしています
こちらは、「旧新潟税関丁舎」。
1869年(明治2年!)に関税業務を行う役所「新潟運上所」として建築されました。
1969年に国の重要文化財に
五港開港時の税関庁舎としては現存する唯一のもので、日本建築の技術を用いながら洋風を表現した
「擬洋風建築」。
その向かいにあるのが、てっとり早く新潟の土地&歴史を説明できるかな?と思ってやってきた
「新潟市歴史博物館」。
博物館前の四間堀が少し凍ってました
博物館の中では、ヤマト王権時代から現在までの新潟の歴史がわかりやすく展示されていたり、
新潟の土地の特質の他、歴史や人物、民話を題材にしたオリジナル映像がミニシアター内で上演
されていました。
新潟市は、信濃川と阿賀野川が日本海で出会う「水の都」。
水害などの問題にも悩まされれつつも、水と共存してきた人たち。
江戸時代の地図を見てもそれはよくわかります
江戸時代、新潟は日本海航路の湊町として繁栄しました
明治、大正と時代が進む中で多くの「芸妓さん」が登場。
商業を中心に多くの旅人が行き交う中で、沢山の人が新潟の芸妓の華やかさを書物や紀行文に記しました。
それが評判となり「新潟美人」という言葉が全国に広まったのだそう
昨年開催された「新潟美人展」は見たかったのですが帰省とのタイミングが合わず。
(プログラムは現在も博物館内でまだ販売中。)
こちらの現役の芸妓さんがポスターになり、ちょっと話題になったそう。
オフの時。
オンの時。
この写真だとわかりづらいですね・・・。とても綺麗な方なのですが。
ちょっと夫にウケたのが、古くからあるという「新潟では男の子と杉の木は育たない」という諺。
江戸時代から新潟では女性がよく働き、男性は目立たないと言われたそう
力仕事もいとわず、自分の稼ぎもあるので長岡藩では女性が戸主として認められていたり。
そんな訳で、新潟女は夫をないがしろにし、離婚も厭わないのは嘆かわしい、と当時江戸から派遣された
奉行が嘆いたそう
なるほど・・・と思う部分も少し
私の母が新潟女で、埼玉出身の父は家ではちょっとマスオさん
母や祖母を思うと、多くを語らずとも芯は頑固で強い人が多いかも?
土地柄が性格に影響することは多少はあるのかな?なんて思いながら楽しんだ博物館見学でした。
そしてそもそも暑さ&汗ダクが苦手で寒い空気が大好きな夫は、新潟の寒さを楽しんでいる。
このキーンとした寒さが気持ちイイそうだ・・・。
すっかり水の都・新潟を気に入ったそうで、春にヨーロッパの「水の都」に行くことも楽しみにしている様子。
水の都・イタリア「ヴェネチア」に行く彼に便乗して、私も行けるかも
という訳で只今スケジュール調整中です。これが最後のB級新潟

エリアごとに特色があるのですが、お土産用にインスタントラーメンの「岡持ちセット」を売ってました。
ちょっと気になるものの、このリアルな岡持ちを持ち歩く勇気がなかった

こちらは、「万人屋」というお店の豚の背脂ラーメン。こーーってりです。
久しぶりに雪の新潟を満喫しました


こちらは、街中にそびえるレインボータワー。
残念ながら、耐震強度の問題で今年2月で営業が停止したそう。
消えてしまうものも多い今日この頃、ちょっと寂しい気も・・・。
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<INFO>
新潟市歴史博物館 みなとぴあ
新潟県新潟市中央区柳島町2丁目10
万人家(竹山店)
新潟県新潟市紫竹山3-10-6
025-247-5078
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