
京都&フィレンツェで最古の・・・
京都「建仁寺」へ行ってきました
京都最古の禅寺だそう。
静かな庭を眺めながら、ゆっくり時間が流れる。
こちらはお寺内の撮影OK。
有名なのは、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」
普段は、高精密デジタル複製が展示されてます。
法堂にある「双龍図」の天井画は、大迫力でした。(小泉淳作筆)
京都の姉妹都市・フィレンツェ最古の教会の一つが、サン・ロレンツォ教会
という訳で、今日も無理矢理?フィレンツェブログに繋ぎます・・・。
13世紀にブルネッスキによって再建されたサン・ロレンツォ教会
最初は393年(!)にアン・アンブローゼという人によって建てられたのだそう。
あのメディチ家の寄進による教会だと言うのに、外観がかなり地味・・・と、思ったのですが
このレンガ積みのファサートは未完のまま現在に至っているそう
内部はどんな感じかな?と入ってみると、絢爛豪華な世界でした。
(内部は撮影不可なので画像は借用)
かなり大きい説教壇は、ドナテッロ作。
飾られた絵画もすばらしく、美術館のよう
こちらは、フィオレンティーノ作の「マリアの結婚」
古書や写本などの著名な蔵書を保管する図書館「ラウレンツィアーナ図書館」。
(こちらは撮影OKでした)
そしてこのサン・ロレンツォ教会に接続しているのが、「メディチ家礼拝堂」
圧巻は、ミケランジェロ作の2つの向かい合う墓碑
「ウルビーノ公ロレンツォ・デ・メディチの墓碑」。
左が「夕暮」、右が「曙」の寓意像です。
上で兜をかぶり傭兵隊長姿の男性はロレンツォ・デ・メディチ。
ロレンツォは、メディチ家の歴史の中でも最高のパトロン、「豪華王」と呼ばれた存在。
メディチ家の絶頂期を極めた人物です
幼い頃から祖父のコジモにより徹底的に帝王学教育を受けて育ったのだそう。
その向かい側には、「ネムール公ジュリアーノ・デ・メディチの墓碑」。
こちらは、左が「夜」、右が「昼」の寓意像。
目を固くつむった「夜」に、ミケランジェロは「見ない、聞かないことが幸い」という詩を残してます。
ジュリアーノは、ロレンツォの弟で、「イル・ベッロ」(美しい男)と呼ばれる美男子だったそう
(兄ロレンツォは、イケメンではなかったらしい・・・)
次男坊らしい天真爛漫、陽気で気さくな性格で女性にもモテモテで人気モノだったと。
1478年4月26日復活祭の日、ドゥオーモでミサに参列中だったロレンツォ、ジュリアーノ兄弟は、
メディチ家と対立していたパッツィ家の刺客に襲われました
ロレンツォはなんとか逃げ切りましたが、ジュリアーノは全身を刺され死亡
帝王ロレンツォ兄さんがそのまま黙っていられる訳がなく、悲しみを怒りに変え、フィレンツェ市民とともに
暗殺に加担したパッツィ家を中心に約70名を殺害しました
銀行家、政治家で3世紀以上に渡りフィレンツェ・ルネッサンスの支配者として君臨したメディチ家。
コジモとロレンツォくらいしか名前を知りませんでしたが、ちょっとその歴史にも興味が湧きました
おまけは京都
今回京都へ来たのはパリに暮らすAちゃん&Tくんの結婚式へ参列するためでした
楽しく和やかな結婚式で幸せをたっぷりお裾分けしていただきました。
続きは明日
京都最古の禅寺だそう。
静かな庭を眺めながら、ゆっくり時間が流れる。
こちらはお寺内の撮影OK。
有名なのは、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」
普段は、高精密デジタル複製が展示されてます。
法堂にある「双龍図」の天井画は、大迫力でした。(小泉淳作筆)
京都の姉妹都市・フィレンツェ最古の教会の一つが、サン・ロレンツォ教会
という訳で、今日も無理矢理?フィレンツェブログに繋ぎます・・・。
13世紀にブルネッスキによって再建されたサン・ロレンツォ教会
最初は393年(!)にアン・アンブローゼという人によって建てられたのだそう。
あのメディチ家の寄進による教会だと言うのに、外観がかなり地味・・・と、思ったのですが
このレンガ積みのファサートは未完のまま現在に至っているそう
内部はどんな感じかな?と入ってみると、絢爛豪華な世界でした。
(内部は撮影不可なので画像は借用)
かなり大きい説教壇は、ドナテッロ作。
飾られた絵画もすばらしく、美術館のよう
こちらは、フィオレンティーノ作の「マリアの結婚」
古書や写本などの著名な蔵書を保管する図書館「ラウレンツィアーナ図書館」。
(こちらは撮影OKでした)
そしてこのサン・ロレンツォ教会に接続しているのが、「メディチ家礼拝堂」
圧巻は、ミケランジェロ作の2つの向かい合う墓碑
「ウルビーノ公ロレンツォ・デ・メディチの墓碑」。
左が「夕暮」、右が「曙」の寓意像です。
上で兜をかぶり傭兵隊長姿の男性はロレンツォ・デ・メディチ。
ロレンツォは、メディチ家の歴史の中でも最高のパトロン、「豪華王」と呼ばれた存在。
メディチ家の絶頂期を極めた人物です
幼い頃から祖父のコジモにより徹底的に帝王学教育を受けて育ったのだそう。
その向かい側には、「ネムール公ジュリアーノ・デ・メディチの墓碑」。
こちらは、左が「夜」、右が「昼」の寓意像。
目を固くつむった「夜」に、ミケランジェロは「見ない、聞かないことが幸い」という詩を残してます。
ジュリアーノは、ロレンツォの弟で、「イル・ベッロ」(美しい男)と呼ばれる美男子だったそう
(兄ロレンツォは、イケメンではなかったらしい・・・)
次男坊らしい天真爛漫、陽気で気さくな性格で女性にもモテモテで人気モノだったと。
1478年4月26日復活祭の日、ドゥオーモでミサに参列中だったロレンツォ、ジュリアーノ兄弟は、
メディチ家と対立していたパッツィ家の刺客に襲われました
ロレンツォはなんとか逃げ切りましたが、ジュリアーノは全身を刺され死亡
帝王ロレンツォ兄さんがそのまま黙っていられる訳がなく、悲しみを怒りに変え、フィレンツェ市民とともに
暗殺に加担したパッツィ家を中心に約70名を殺害しました
銀行家、政治家で3世紀以上に渡りフィレンツェ・ルネッサンスの支配者として君臨したメディチ家。
コジモとロレンツォくらいしか名前を知りませんでしたが、ちょっとその歴史にも興味が湧きました
今回京都へ来たのはパリに暮らすAちゃん&Tくんの結婚式へ参列するためでした
楽しく和やかな結婚式で幸せをたっぷりお裾分けしていただきました。
続きは明日
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