
ジヴェルニー☆芳醇なモネの庭園
初夏のジヴェルニー に到着して車を降りた瞬間花の香りのシャワー!
駐車場でふわっと香った香りは村のメインストリートに繋がり、花々が溢れていました。
いろんな花の香りがミックスされて漂っているのですが、それはなんとも良い香りで散歩するだけで気持ちいい♬
ギリギリまで心配していた天気も晴れ女Yさんのお陰もあってピーカン☆
ちょっと意外なのがジヴェルニーはパリからそれほど遠くはないのにパリとは案外天気が違うこと。
そしてこの時期の予報はどんどん変わる。
満腹満足なデジュネの後は、目的の「モネの邸宅&庭園」へ。
もしかしたら私がこれまでのパリ生活で一番目にしているのは、モネの作品かもしれません。
中でも2011年に数回訪れたグラン・パレ で鑑賞した大回顧展は忘れられない展覧会の一つ。
(関連記事・画像無し→ https://madamefigaro.jp/paris/blog/keico/51629763.html )
やってきたきたモネの家の前には長い行列。
これを並ぶのか…と一瞬たじろぎましたが、これは当日の予約無し列。
私達は事前にチケット予約をしてあったので、建物の裏側の庭園側の入口から行列なしで入ることができました。
まずは竹林と小川を見ながら道なりに進みます。
それにしても季節が良く週末ということもあって想像以上に人が多い!
花の香りに包まれながら進む庭園は広く、様々な花に溢れていました。
そしてあの「睡蓮」の世界がリアルに目の前に広がる感激。
モネは86年の生涯のうち43歳くらいから亡くなるまでこの地に暮らしたそうです。
絵を描く以外はもっぱらお庭の手入れをしていたと聞くと、本当にこの草花の自然が好きで庭園を愛していたのですね…。
今現在も管理維持は大変だと思いますが、いつ来ても庭や池を手入れされている方がいます。
そのお陰でモネが愛したままの光景を見せていただけることに感謝。
これだけの庭、敷地を持てたモネは早くから大成功した画家だと思われがちかもしれません。
でも彼の人生は決して平坦ではなく、苦労も多かったようです。
(印象・日の出)
今では印象派画家の巨匠と呼ばれるモネですが、そもそもその「印象派」と呼ばれるきっかけが、彼がまだ無名だった頃に自分たちで開催した展覧会を見に来た批評家が、モネの「印象・日の出」の作品を見て「印象的に下手」と酷評したことがきっかけでそれが展覧会名になり、のちにグループ名になってしまったと。
(リンドウのムラサキが鮮明に映りました。加工してません)
美術用語辞典による「印象派」とは、
19世紀半ばにフランスで起こった芸術運動。対象の自然に見える再現を重視した伝統的な絵画の価値観を破壊し、対象を捉える輪郭線も固有色も否定し、筆触を意識的に残し、純粋に絵画独自の問題に焦点を当てて創作した。やがて、人の精神性を表現することが中心命題となった20世紀の絵画の先駆的役割を果たした。
同じ景色、蓮の池も見る角度や季節、時間帯によって光の加減、水面に映る空の色、風の香りも違ってくるので、モネが何枚も何枚も「睡蓮」を描きたくなった気持ちが少しわかる気がします。
一瞬人の波が途切れたところで一枚☆
人気撮影スポットの日本橋の上も人でいっぱい。
ところで若きモネは売れない貧乏画家だったそうで、そんな中でカミーユと恋に落ち、長男が生まれるものの生活に困り、セーヌ川に投身自殺を図ったことも。
その後次男を出産した際に、最愛のカミーユも亡くなってしまう。
(カミーユのデスマスク)
カミーユのデスマスクを描いた絵は神聖感に溢れ個人的にはとても好きな一枚です。
モネは父親からの経済的援助も断たれ、困ったモネ家族をサポートしたのがパトロン、デパート経営をしていたエルネスト・オシュデとその妻アリス・オシュデの夫妻。
ところがそれも長くは続かず、オシュデがビジネスに失敗し破綻。妻アリスと子供を残して蒸発。(ひどい…)
残されたのはモネとアリスとモネの子供2人、アリスの子供4人。
子供6人と想像しただけで経済的にも相当に大変だったと思いますが、モネは制作を続け1880年代終わりから1つのテーマを異なる光で描く連作シリーズを制作するようになり、その後デュラン=リュリエ画廊での個展をきっかけに名声を得たモネは、経済的にも余裕ができ、借りていたジヴェルニーの土地を買い取りました。
ポプラ、ルーアン大聖堂と連作シリーズは続き、そして苦楽を共にしてきたアリスと再婚。(よかった!)
その後はどんどん作品の評価が高まりました。
そしてここジヴェルニーで「睡蓮」の連作制作。
絵が売れ始めてからは生活も安定して幸せだったようですが、アリスはモネよりも15年ほど早く亡くなっています。
その直後に長男も失くして、自身も白内障を患った晩年。
(ここは入れない、眺めるだけのバラのアーチ)
モネは白内障の手術を繰り返しながらもどんどん視力を失っていきます。
その様子は睡蓮の連作をはじめジヴェルニーの庭を描いた数々を見ていると、どこからかもはや花の形はほとんどなく、光の印象・イメージで描かれています。
それでもこの庭に出て、キャンバスに向かったことを思うと本当に描くことが生き甲斐だったのだろうと思います。
そんな風に人生の最期まで没頭できること、情熱を捧げられるものを持つ人生に尊敬と憧れを感じます。
こうしてゆっくり庭園を楽しんだ後に、モネの家に入ろうと思ったらこれまたすごい行列。
しかも館内はとても暑そう。
邸宅の中は広々したキッチンが素敵で、各部屋にはモネの作品はじめ彼がコレクションした浮世絵などが多数展示されているのですが、何度か見ているので今回はスキップという決断。
最後に睡蓮の連作の大きな絵もここで制作されたというアトリエの跡地をチェック。
アトリエだった場所は、お土産売り場になってます。(天井が高くて広々!)
こうしてモネのお庭を満喫した後も引き続き、ジヴェルニー村をのんびり散歩♬
À demain.
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