ビュールレ・コレクション☆
東京・六本木にある国立新美術館で只今開催中の「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」展を観賞に行ってきました。
何度も訪れている美術館ですが、これまで黒川紀章氏の設計だったとは知らなかった…。
美術館前には色とりどりツツジが綺麗に咲いてとても華やか、気持ちいい日の美術観賞はそれだけでラッキーな気分。
最強の美少女(センター)。
と、ユーモアを交えた本展の広告宣伝ポスターになっていたのは、ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」。
豊かな栗毛色の髪、成長過程のあどけなさと美しさが混ざり合った表情は確かにセンター級!?
ルノワール曰く「女性を描く時は、抱きしめたくなるような女性を描くよう心がける」と。
スイスの大実業家エミール・ゲオルク・ビュールレ(1890-1956年)が収集したに「ビュールレ・コレクション」は、主に17世紀のオランダ絵画から20世紀の近代絵画に至り、中でも印象派・ポスト印象派作品は傑作揃い。
今回、ドラクロワ、ドガ、マネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、モネ、セザンヌ、マティス、ピカソ…等々の作品64点が展示され、その半数は日本初公開。
「この作品はビュールレ・コレクションだったの?!」
という驚きが何度もありましたが、実業家でコレクターのEmil Georg Bührle(エミール・ゲオルク・ビュールレ)を恥ずかしながら存じませんでした。
ドイツに生まれ、スイスに移住したビュールレは、第一次・第二次世界大戦を経験し、実業家として成功して富を築いたそう。
その略歴を見ると、ドイツの名門アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルクと、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンで、文学、哲学、美術史を学んでいるので若い頃から文化芸術に興味関心が高かったことは伺われます。
その一方でナチスを含む国々を相手に武器等を扱った実業家。
(アントーニオ・カナール「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネツィア」)
本展には個人的に好きな作品がたくさんありました。
大好きな街、よく知るヴェネツィアの風景は今も昔も変わらぬ風景。
当時の人々にそこに旅したい!という気持ちを掻き立てたカナールの絵。
今見ても、私もヴェネツィアに行きたくなりました。
(ウジェーヌ・ドラクロワ「モロッコのスルタン」)
1832年にドラクロワは記録係としてフランスの使節団によるモロッコ訪問に随行。
その時の記録や記憶を描いた作品だそうですが、この作品はモロッコ訪問から30年後の1862年に描かれたことにも驚きました。
30年前の光景を描くなんて凡人には無理。。ドラクロワにとって相当にカルチャーショックで刺激的な出来事だったのだと思いますし、この作品のサイズは大きくはないけれど、とてもドラマチックでドラクロワの興奮が伝わってくるようでした。
(エドゥアール・マネ「ベルヴェの庭の隅」)
マネが夏を過ごしていたパリ近郊の別荘とその庭の風景。
そこの座る青いドレスの女性が素敵!
(フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲くマロニエの枝」)
これからパリもマロニエの花がモリモリ茂る良い季節と思いながら眺めた一枚。
ずっと観ていても飽きないゴッホの絵。
ゴッホはこの作品を描いた二日後にピストル自殺をしたそう。
(フィンセント・ファン・ゴッホ「日没を背に種まく人」)
ジャン=フランソワ・ミレーの同名の作品から想を得た作品は、斜めに大胆に描かれた木が特徴的。
それは浮世絵の影響なのだそう。
(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「コンフェッティ」)
イギリスの製紙会社のために制作されたポスター。
コンフェッティとは、カーニバルの時に使用される紙吹雪のこと。
モデルはロートレックが長年描き続けた女優ジャンヌ・グラニエ。
という訳で、音声ガイドを聴きながらじっくり鑑賞したビュールレ・コレクションでした。
鑑賞後はカフェでちょっとティータイム。
ビュールレ・コレクションは、2020年にチューリヒ美術館に全コレクションが移管されるので、本展はビュールレのコレクターとしての全体像がみられる最後の機会だそう☆
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