
イル・ド・レで過ごす、プチバカンス。
フランス人にとって、人生において必要不可欠なもののひとつが、バカンス。ちょうど去年の今頃にも、『バカンスのない人生なんて』というタイトルでブログを書いていました。初めての出産を経験し、コロナ禍ということもあり多くの時間を自宅で過ごす中で、半ば旅への憧れを込めて筆を走らせていたのを記憶しています。あれからあっという間に季節が巡り、今夏は家族揃ってフランスにいるので、短いながらもバカンスに出かけることにしました。
パリからTGVで約3時間。フランス西部のラ・ロシェルに位置する小さな島、イル・ド・レへ。
島の中心地のサン・マルタン・ド・レに宿をとり、自転車をレンタルして隣村まで足を伸ばしてみたり、近くのプラージュでぼんやりと海を眺めたり。息子がまだ小さいので、特にこれといった予定を決めず、のんびりと過ごしました。
息子が長い昼寝から目を覚ますのを待っているうちに、気がつけば夕方ごろまでホテル内のカフェや部屋からただ海を眺めていただけの日も。新鮮な海の幸や名物のアイスクリームもたっぷり堪能したけれど、ホテルで何杯も飲んだカプチーノは、後々まで心を温めてくれる、ちいさな思い出の味になりました。
どこへ行くわけでもなく、ホテルの周りをすこし、ただ散歩するだけでも楽しくて、家々の壁やドアの可愛らしい色づかい、そして咲いている花たちに誘われるようにして、ベビーカーを押してゆっくりと歩きながら、島の穏やかな空気に心がほぐれてゆきました。
晴れた日にはサイクリング。自転車を漕ぐのも久しぶりで、海風が、服のあいだをびゅうっと吹き抜けていくのが心地良かったです。眼前にふいに広がる草っ原と海と空の、あまりの混じり気のなさに、自然と笑みがこぼれました。(うっかりマキシ丈のスカートやワンピースばかり持っていってしまったので、裾を結んで乗ったのも良い思い出。)
淡いブルーの花は、野生のスカビオサ。道端に咲く野花や果実がとにかく愛おしくて、何度となく停車してはシャッターを切っていました。
優しい顔をしたロバや馬たちにも、たくさん出会いました。
それに、葡萄畑も。イル・ド・レ産のワインは数種類あるそうで、滞在中に飲んでみた中では、「イル・ド・レ・ロワイヤル」という白ワインが好きでした。このワインは、魚介類のお供にぴったりで、食事中、ついついグラスに手が伸びてしまいます。パリではなかなか食べる機会の少ない、牡蠣やムール貝、ラングスティーヌ(手長海老)や蟹などの海の幸も、ここぞとばかりに連日食べ倒しました。
そして、海。
ホテルの窓辺から、自転車から、浜辺から、思えば常に海を眺めて過ごしていました。
この夏はフランス全土で不思議な天候が続き、一日のうちにも空模様がコロコロ変わりました。スコールのような雨が降っていたかと思えば、太陽が顔を出せばみるみるうちに暑くなり、絵に描いたように真っ青な空が広がったり。お天気続きというわけにはいかなかったものの、御蔭で、いろいろな表情の海を見ることができました。
快晴の日のブルーも、バカンス気分が盛り上がって大好きですが、この薄曇りの日の、空と海の境界線がぼんやりと滲んだ、エメラルドが溶け出したような色調の景色も、味わい深く、ずっと眺めていたくなります。
干満の差が激しく、朝と夕では見える景色が全く違う浜辺。まだ潮の満ちていない午前中に浜辺を訪れると、波の通りすぎたあとが光をうけてきらきらと輝いていました。
遠く広がる海を眺めた後は、下を向いて大好きな貝殻と石探し。どんなにちいさな石も、ここに流れ着くまでのストーリーをもっているのだと思うとワクワクします。貝殻が埋まっている石を見てアンモナイトのようだと喜んだり、夫と、自分の好きなフォルムや質感の石を探して見せ合ったりして遊びました。
息子にとっては初めての海。
覚えたばかりのよちよち歩きで、どこまでも楽しげに浜を歩いてゆく息子を見守りながら、いつの間にか私自身にとっても初めての海を経験したことに気がつきました。子連れの旅は自由がきかない面もあるけれど、旅先で出会う景色たちに、彼はこんなにも鮮やかで優しい色彩を加えて見せてくれるのだという新たな喜びを知りました。
きっとこの夏のことは息子の記憶には残らないけれど、彼が大きくなって、一緒にサイクリングをできる年齢になった頃、またこの島を訪れたら楽しいだろうなと思います。
イル・ド・レの浜辺で拾った石や貝殻たちをパリに持ち帰り、玄関の靴棚にディスプレイして、毎日島のことを思い出しては、早くも次のバカンスを妄想する日々です。
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