レシピのインスピレーションと、旅の話。

旅先で食べたもの、見たもの。出会った人の言葉を頼りに、想像をふくらませて料理をするのが好きになったのはいつからでしょう。

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旅先で出合う、食材の美しさと力強さに目を奪われる。

イタリアで暮らしていた頃、料理を教えてくれる人がいると聞けば、距離も考えずにその人のもとへ飛んで行きました。南へ、北へ。山へ、海へ。そもそも、イタリアで料理を学びたいと思ったのも、おいしい料理を日々作って食べている国の人たちならば、きっと誰かしらが料理を教えてくれるに違いないという、至極単純な思い込みがきっかけだったように記憶しています。

ホームステイ、料理学校、料理教室など、料理が習えるのであれば、場所は問いませんでした。 でも、学校や教室など、レシピありき、分量ありきの学び方は、どこか退屈だったり、窮屈に感 じることも少なくなくなかったのです。 

料理の仕事を始めてから今まで、レシピを書く時にはいつも神経をとがらせてきました。私にとって、いいレシピとは、素材が変化する様、香りや音、自分が料理する時の手の動きや、目の 行く先などを、丁寧に言葉にして綴ったものです。それと同時に、料理を作る人に自由や余白を与 えてくれるものであって欲しいと思います。この材料がないと作れない、分量通りに作らないとお いしくできない。そうやって、レシピに縛られるのではなく、もっとゆるやかな気持ちで接しても らえたら。書いてある材料のかわりにこれを使ってみようか、これを加えたら、家族が喜んでく れるんじゃないか。料理が本当の意味で、いつかその人のものになってくれたら、うれしい限り です。 

どんなに料理を作る人のことを考えて書かれたレシピであっても、一つのレシピから全く同じ味、全く同じ料理を生み出すことは叶いません。食材、季節、道具、火加減、味の好み、体調など、料理の味は様々なことで左右されます。だからこそ、私が大切にしたいと思うのは、出来上がった時の感動を想像する力です。 

料理から得る感動は、特別な日の料理だけに限られたものではないでしょう。日々の当たり前の料理にこそ、大きな感動がある。私はそう思います。母や叔母が作ってくれたふだんのおかず。旅先の、あちこちの国の食堂で出会った飾り気のない料理。

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えごま粉を入れた麺を捏ねる。韓国の食堂での光景。

たとえば、酸味が出るまで漬けた白菜、細く細く切ったごぼうの天ぷら。野菜を炒めもせず、 ただ小さく切って、水とオリーブ油と塩を入れて煮ただけのミネストローネ。簡単そうに見えて、 どれもほどよい塩梅が大切な料理ばかりです。 

写真はおろか、言葉に綴られてすらいないレシピたち。

イタリアでは、学校や教室で数え切れないほどの料理を学んだ一方で、市場の野菜売りのお兄 さん、電車で相席になったおじさんやおばさんたちとの会話の中で得る、いわば口承のレシピに 楽しさを見出しました。この野菜はこうやって食べるといい、うちでは昨日こんな料理を作って食 べたよ、というエピソードを大急ぎで頭の中に書き留め、家に帰るまでの道すがら、料理の出来 上がりを想像します。材料を買い求め、自分の台所に立ち、改めて伝えられた言葉を思い出しなが ら料理をする。そして、できあがった料理は、自分でも驚くほど、不思議なくらいおいしいので す。見ていないからこそ、想像力が精一杯働くのでしょうか。見ていない分、目の前にある素材と より対話ができるからでしょうか。そういう意味では、写真はおろか、言葉に綴られてすらいな いレシピこそが私にとっては一番だな、と思うようになりました。

しかし、ここ数年、訪れることが増えた、台湾や中国、韓国などアジアの国では、現地の言葉 を学んだことがないので、レシピを読むことも、聞いて覚えることも叶いません。その分、私は 市場で目に飛び込んでくる食材を観察し、目の前に運ばれてくる料理を一目散に味わいます。まず は何も考えず、ただただ、食べる。そして、食べながら、またはすっかり食べてしまってから、考 えるのです。何が入っているんだろう?どうやって作ったんだろう?近頃では、たいていの料理は、 大体の作り方は何となく想像がつくようになりました。でも、たまに厨房を覗かせてもらうと、 あっと驚くようなおいしさの秘密を見つけることも少なくありません。その秘密を大切にあたためて持ち帰り、自分の台所で記憶を引き出し、手を動かしながら、うまくいきますように、と願い、試す。出来上がった料理を食べて、歓喜したり、うーんと考えてまた試してみたり。

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2月、凍てつくソウル市内の市場にて。

 その一連の作業が楽しくて、私はますます”旅と料理”に夢中です。旅こそが一番のインスピレーション。次なるインスピレーションを求めて、今年のはじめに、久しぶりに韓国を訪れました。” 赤”を主題にした料理を作りたい、と思ったのがきっかけでした。そう、”韓国料理=唐辛子=赤” という短絡的な理由からです。しかし、、、そこには赤だけにはとどまらない、たくさんの学び がありました。いろいろな国を旅してきましたが、こんなにも、刺激を受けるとは、予想もして いませんでした。

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市場で目に飛び込んでくる、唐辛子の鮮やかな赤。

さて、韓国の旅と料理については、また次回。それまでにも、私なりの韓国の味を作り続けてゆきたいと思います。

2019年3月22日   細川亜衣

本サイト上とフィガロジャポン本誌にて連載中の「細川亜衣の旅と料理。」2019年5月号(3月20日発売)では、細川さんが台湾の旅で着想を得た「柑橘愛玉」のレシピとエッセイを掲載。

photos:YAYOI ARIMOTO

大学卒業後にイタリアに渡り、レストランの厨房や家庭の台所など、さまざまな場所で料理を学ぶ。熊本に移住し、菩提寺の泰勝寺にて、マーケットや料理会、教室などさまざまな食関連の企画をしている。

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