エルヴェ・モローが日本のために企画した公演とは?

公演主催者ではなく、舞台で踊るダンサーがプロデュースをする。こうしたセルフ・プロデュースの先鞭を切ったのは、2005年以来日本で2~3年ごとに開催されている「エトワール・ガラ」だろう。オペラ座のエトワール・ダンサーであるバンジャマン・ペッシュが座長として、素晴らしい手腕を発揮し、その公演は開催が待たれるほど人気である。それまでのガラ公演といったら、舞台装置もなく、録音した音源で、出演するダンサーは主催者から提案のプログラムを踊る......というものだった。そうしたガラの概念をがらっと変えたのが、この「エトワール・ガラ」だ。公演のために作品が創作されたり、舞台上で音楽家がダンサーのために演奏し、例えば「眠れる森の美女」のためには城のセットを作るのも厭わずというように、観客を喜ばせることに力を注いでいるのが明らかなのだ。そして何よりもセルフ・プロデュースなので、アーティストとして表現したいと自ら選んだ演目を踊るダンサーたちの舞台上での喜びも大きい。それゆえ、観客の目にも実に快適な公演となる。


この「エトワール・ガラ」のメンバーのひとりであるエトワールのエルヴェ・モロー。オペラ座では昨年から若手ダンサーのリハーサル・コーチという仕事も担っているが、この度友人のピアニストと一緒に、日本のために「Stars in the Moonlight 月夜に煌めくエトワール ~Music & Ballet Concert~」を企画した。音楽とダンスのコンサートと銘打った新しいタイプの公演で、開催は来年1月に東京、名古屋、大阪にて。プログラムの内容が実に素晴らしいのだ。音楽ファンはバレエに魅了されるだろうし、バレエ・ファンは音楽にもより興味が湧くに違いない。この公演について、その誕生の背景から紹介しよう。


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左からジョルジュ・ヴィラドムス、ドロテ・ジルベール、エルヴェ・モロー、マチュー・ガニオ。この4名にヴァイオリニストの三浦文彰が加わる「Stars in the Moonlight 月夜に煌めくエトワール ~Music & Ballet Concert~」。公演開催が今から楽しみ! photo:Ann Ray

 


■ 音楽とダンス。2つの芸術を楽しめる舞台。


事の始まりは、1985年生まれの若手ピアニスト、ジョルジュ・ヴィラドムスがメキシコに2012年に設立した財団「Crescendo con la Musica Fondation」である。祖国の貧しい子どもたちにクラシック音楽を学ぶ機会を与えたい、というジョルジュの切なる願いの結実がこの財団。それを支援したいとエルヴェが希望したことから......。以下、エルヴェに語ってもらおう。


「3〜4年前に、スイスのガラに出演したときにジョルジュと知り合い、仲良くなりました。翌年、彼がパリでラジオ番組に出演したときに、芸術を通じて貧困の子どもたちを助ける彼の財団のことを話したんですね。僕も何か人道的な活動をしたいと思っていたのだけど、どうしたらいいかわらずにいた時でもあり、この話を聞いて、『まだ若いのにこうした事に自分の時間をかけられるって、なんてすごいことだろう!』って、すっかり感銘を受けました。この財団は小規模ゆえに、お金の行方も透明だし、結果もわかるということも気に入ったので、ぜひとも彼の財団の発展を支援したい! と。そこから、ジョルジュがピアノを演奏し、僕がバレエを踊る、というプロジェクトが生まれました。彼は僕が踊るときに弾くだけでなく、コンサート・アーチストとして独奏もします。ガラを開催して、メセナやスポンサーから資金を集めるのです」


「僕たちのチャリティー・ガラのタイトルは『Luz de Luna』。シューベルトを魅了し、歌曲作品をつくることになったヨハン・ガブリエル・ザイドルの詩『さすらい人が月に寄せる歌』からインスピレーションを得たものです。ジョルジュの友人のピアニスト、フィリップ・カサールと音楽とダンスのプロジェクトについて話した時に、複数の作品をまとめるには公演にテーマがあるのがいいというアドバイスがあって、これを提案されました。この詩から、月、夜、旅人を巡るさまざまな音楽的作品やアイデアが僕とジョルジュの頭に浮かんで......。昨夏にスイスで一種のプレ公演を行っていますが、昨秋のニューヨークのカーネギー・ホールでの公演が、このプロジェクトのオフィシャルな初演となりました。これには ヴァイオリニストのシャーリー・シエムも参加。今春ジュネーブで行った第2回目では、チェロ奏者のゴーティエ・カプソン、ダンサーのイザベル・シアラヴォラも加えて4名で開催しました。僕たちふたりによる音楽とダンスのプロジェクトということを基本にし、それをさまざまな形で発展させていきたいというのがスタート時からジョルジュと考えていることなんです。このプロジェクトに興味を持ってもらえ、日本でこうして『月夜に煌めくエトワール』を開催できることになったのは、とてもうれしいですね。ダンサー仲間でエトワールのマチュー・ガニオとドロテ・ジルベール、そしてヴァイオリニストの三浦文彰が加わって出演者は5名です。『Luz de Luna』と違ってチャリティー公演ではないですが、プログラムはやはり月、夜、旅人からインスパイアされた11作品で構成しました」


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(左)ピアニストのジョルジュ・ヴィラドムス。ピアノを弾き始めたのは15歳と遅いが、26歳でローザンヌのコンセルヴァトワールで教授のポストを得た。在住するスイスだけでなく、ヨーロッパ諸国でピアニストとして活動中。彼がメキシコに創設した財団は「Crescendo con la Musica Fondation」。(右)オペラ座のエトワール、エルヴェ・モロー。豊かな音楽性と均整のとれた美しい肢体を武器に踊る彼は、舞台空間に大きな感動を生み出す。©Takeda Masahiko

 

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(左)オペラ座エトワール、マチュー・ガニオ。エトワールに任命されたのは、11年前の20歳のとき。現在オペラ座で最古参のエトワールである。クラシック作品のプリンス役はもちろん、ネオ・クラシック作品でも洗練された踊りを見せている。©Michel Lidvac (中)オペラ座エトワール、ドロテ・ジルベール。愛らしい表情と美しい容姿が魅力。出産復帰後も、正確なバレエ・テクニックによる超技巧で舞台を沸かせ続けている。レペットのミューズとしても活躍中だ。©James Bort (右)ヴァイオリニストの三浦文彰。2009年、16歳のときに世界最難関といわれるハノーファー国際コンクールで史上最年少優勝を果たす。その後、国際的に活動。使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェルより貸与されたJ.B.Guadagnini(1748製)。©Kotaro Yokomizo

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■ 「月夜に煌めくエトワール」の意欲的なプログラム


「僕はソロを3作品踊ります。同じテーマで3つの異なる物語を踊るというのは、ダンサーとして楽しいことなんですよ。そのうちのひとつは昨夏のエトワール・ガラで披露した『月の光』なので、皆様もご存知ですね。これはNYのカーネギー・ホールでの公演のためにイリ・ブベニチェックが創作したもので、音楽はドビュッシーです。僕のお気に入りの作曲家で、彼の『月の光』でいつか何かできたら......ってずっと思っていたので、これは絶好のチャンスとなりました。イリ特有の流れるような大きな動きの振り付け。この作品の稽古を始めた当初、動きの組み立てが個性的で実は踊るのがすごく難しかったんです。彼が踊って見せたときに、その動きに魅了されたんだけど、いざ僕がやってみようとしたら......彼のスタイルに慣れるまで、ちょっと時間がかかってしまいました(笑)。何度も踊り、今では彼の動きが僕の体にすっかり入り込んでいるので、踊るたびに喜びが感じられようになっています」


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ジョルジュ・ヴィラドムスが奏でるドビュッシーの『月の光』にのせて踊るエルヴェ。photo:Francette Levieux

 


「ふたつ目は日本初演となる『月の光のかたわらで』。フィリップ・グラスの音楽にバンジャマン・ミルピエが振り付けました。創作を依頼したのは、彼がオペラ座の芸術監督に就任するよりずっと前のことで、財団のことやカーネギー・ホールでの公演など話をしたところ、彼自身こうしたことには興味を持っているので快諾してくれました。夜、月、旅......といった説明に彼はさまざまな音楽を提案してくれ、その中でふたりの意見が一致したのがフィリップ・グラスのエチュード5番だったのです。あえて繰り返し的な音楽を意図的に選びました。イリの『月の光』では月光の中で男が踊るという、どこか喜びのある自由な動きなのに対して、バンジャマンの創作は少々ダークなのが面白いですね。詩人なりダンサーなり、ひとりの男が月を捕えようと何度も何度も試みる......不可能な追求がテーマで。この作品では月は舞台に登場しません。とても高いところにある月の光が僕の上に落ちてくるというイメージの照明なんです。この曲とドビュッシーの『月の光』はジョルジュがピアノを弾きます 」


「公演の幕開けに踊るソロ『ルナ』は、僕自身による振り付けです。実はスイスでの公演のときに、ミルピエの作品を踊りたかったんだけど、彼がオペラ座の芸術監督に就任する直前で、この創作にとりかかれる余裕がなくって......どうしよう、イリの作品しか踊るソロがない! これはもう自分でやるしかない! という状況だったんです。それで、ジョルジュとこの公演に出演するゴーティエ・カプソンに、テーマに合う何かが彼らのレパートリーの中でないだろうかって相談したところ、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』を一緒に演奏したことがあるって。それで早速聞いてみたところ、長さが6分の曲で、ソロ作品には理想的! 興味をもっていろいろこの曲について調べたところ、元々ソプラノのために書かれた曲で、歌詞はなくてラララ〜と歌われるだけの美しい旋律......。これは面白いぞ、月の声が詩人に話しかけてくる......月の声と僕のダンスの対話というクリエーションがこうして生まれました。日本ではジョルジュのピアノと文彰のヴァイオリンで踊ります」


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エルヴェ自身による創作『ルナ』。舞台上でラフマニノフ作曲『ヴォカリーズ』をピアノとヴァイオリンが奏する。

 


■ 世界初演創作、マチュー・ガニオとの「デュオ」


「ゲストには僕が好きなダンサーから、 ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオを選びました。ドロテは『瀕死の白鳥』のソロ、そして『トリスタンとイゾルデ』から最後のパ・ド・ドゥをマチューと踊ります。実はこれだけは音楽が生ではなく、録音を使うことにしたんです。ワーグナーのこの曲はオーケストラ演奏が素晴らしく、それを使わないのはあまりにも惜しいので。今から楽しみなことに、この公演のために、パトリック・ド・バナがマチューと僕に『デュオ』を創作することになっているんです。曲はアルヴォ・ペルトの『鏡の中の鏡』。これはとても静かな音楽で、夜や月といった雰囲気にはぴったり。彼の振り付けはクラシックダンスの傾向が感じられるコンテンポラリーなので、僕たちにもとっつきやすいものです。クラシック系の僕とマチューがこうした振り付けに対峙するという......今からどんな作品になるのか興味津々ですね。それにマチューと一緒に踊る素晴らしい経験ができるのも、待ち遠しい。男性デュオ作品ってあまりないでしょう。プルーストの『失われた時を求めて』に男性デュオがあるけど、彼も僕も共にサン・ルー役の方なので一緒には踊った事がないんです」


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ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオによる『トリスタンとイゾルデ』。各人のソロの後、3つのパ・ド・ドゥをドロテのパートナーであるジェームス・ボルトが撮影したモノクロフィルムがつなぐという作品から、今回は最後のパ・ド・ドゥが踊られる。ジョルジオ・マンチーニがふたりに創作した全作品の日本公演をいつか期待したい。©James Bort

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■ アーティスト間の絆


「初めて彼のピアノを聞いた時、僕がダンスで追求していることを彼はピアノで追求している、って感じたんです。単に演奏するだけではなく、アーティストとしてのヴィジョンの提案がありました。それで僕たちのふたつの世界を対決させたらきっと面白いことができそうだ! って思ったわけですが、間違いなかったですね。彼と舞台を共にするのは、喜び以上のものが得られるんです。毎回の公演が、今やとっても楽しみです。彼のピアノで僕が踊る演目について、ふたりとも感じるものが同じなのか、あまり稽古を必要としないんですよ。彼のようなコンサート・アーティストがダンスの伴奏をするのって、簡単なことではないし、いささかフラストレーションも起こしたりするものなんですよね。というのも振り付け家によってはテンポを一部遅らせたりしているので......。でも、ジョルジュは僕のインスピレーションを感じ取ることができ、ごく自然にテンポを遅らせることができます。伴奏者の才能にも恵まれているのかもしれません。彼と僕の間に舞台上でおきる相互作用......とっても快適です。プログラムを組む時は、僕と彼、そして関係する全員で音楽について協議をしています。例えばジュネーヴの公演で僕とイザベルのための創作作品の音楽はマスネの『タイス』を使ったのですが、これは演奏することになるジョルジュもゴーティエ・カプソンも好きな曲である、ということの結果です。このプロジェクトを始めた当初、ダンスに詳しくないジョルジュが彼のレパートリーの中から15分の曲を僕に提案してきました。これでソロはどうだろうかって。彼の演奏を聞くのは素晴らしいことだけど、15分もの長さで最後は超加速......そんなのをソロで踊ったら死んでしまいます(笑)。この曲は彼に諦めてもらいました」


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(左)公演用のビジュアル撮影中、エルヴェとカメラマンのアン・レイ。ダンスの素養がある彼女による写真は美しいだけでなく、シャッターチャンスが抜群だとエルヴェは信頼を置いている。(右)カメラマンの準備中のひとこま。鍵盤にむかい「月の光」を奏でるジョルジュを囲んで。©Ann Ray

 


最後にまとめてプログラム11作品を紹介しよう。YouTubeなどでプログラム順に全曲をチェックすることをおすすめしたい。美しい音楽に耳を傾け、目を瞑って世界最高峰のダンサーによるパフォーマンスを想像......来冬の極上のステージが待ち遠しくなるはずだ。

Stars in the Moonlight 月夜に煌めくエトワール ~Music & Ballet Concert~


上演作品(2015年8月6日時点)


第一部
1. バレエ『LUNA』 音楽:セルゲイ・ラフマニノフ「ヴォカリーズ」 振付:エルヴェ・モロー バレエ:エルヴェ・モロー ヴァイオリン:三浦文彰 ピアノ:ジョルジュ・ヴィラドムス
2. 演奏 リスト:バラード第2番ロ短調 ピアノ:ジョルジュ・ヴィラドムス
3. バレエ『瀕死の白鳥』 音楽:カミーユ・サン=サーンス「動物の謝肉祭」より第13曲「白鳥」 振付:ミハイル・フォーキン バレエ:ドロテ・ジルベール ヴァイオリン:三浦文彰 ピアノ:ジョルジュ・ヴィラドムス
4. 演奏 サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーゾ ヴァイオリン:三浦文彰 ピアノ:ジョルジュ・ヴィラドムス
5. 世界初演バレエ『タイトル未定』 音楽:アルヴォ・ペルト「鏡の中の鏡」 振付:パトリック・ド・バナ タバレエ:エルヴェ・モロー&マチュー・ガニオ ヴァイオリン:三浦文彰 ピアノ:ジョルジュ・ヴィラドムス


第二部
1. バレエ『月の光』 音楽:クロード・ドビュッシー 振付:イリ・ブベニチェク バレエ:エルヴェ・モロー ピアノ:ジョルジュ・ヴィラドムス
2. 演奏 イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番ニ短調 "バラード" ヴァイオリン:三浦文彰
3. バレエ『トリスタンとイゾルデ』よりパ・ド・ドゥ 音楽:リヒャルト・ワーグナー 振付:ジョルジオ・マンチーニ バレエ:ドロテ・ジルベール&マチュー・ガニオ
4. バレエ『月の光のかたわらで』 音楽:フィリップ・グラス「エチュード第5番」 振付:バンジャマン・ミルピエ バレエ:エルヴェ・モロー ピアノ:ジョルジュ・ヴィラドムス
5. 演奏 ポンセ:メキシカン・バラード ピアノ:ジョルジュ・ヴィラドムス
6. フィナーレ 音楽:マヌエル・ポンセ 編曲:ギャスパール・グラウス「エストレリータ~小さな星~」 振付:エルヴェ・モロー 出演:全員

...............................................

<東京>
Bunkamuraオーチャードホール
2016年1月10日 18:00開演
2016年1月11日 15:00開演
前売り開始 2015年9月5日
●問い合わせ先
Bunkamura チケットセンター 
Tel.03-3477-9999 (10:00~17:30)
www.bunkamura.co.jp


<名古屋>
愛知県芸術劇場コンサートホール
2016年1月13日 19:00開演
前売り開始 2015年9月26日
●問い合わせ先
愛知県芸術劇場
Tel.052-971-5609(10:00~18:00)
www.aac.pref.aichi.jp/gekijyo


<大阪>
フェスティバルホール
2016年1月14日 19:00開演
前売り開始 2015年9月26日
●問い合わせ先
キョードーインフォメーション
Tel.0570-200-888
www.kyodo-osaka.co.jp

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