ドロテ・ジルベール、来日公演を前に女優体験を語る。

ダンサーと出産

この連載の10月公開の記事で紹介したオペラ座エトワール、ドロテ・ジルベール主演の短編映画が2018年アカデミー賞の短編部門のプレ・セレクションにインした。何千本もの作品を差し置いて、彼女の夫ジェームス・ボルトの初短編作品が10本のうちの1本に選ばれたのだ。この次のステップは、オフィシャル・セレクションの5本のうちに残るか否か。3月の二人のハリウッド行きはそれ次第となる。

フランスで発表された際は『Naissance d’une étoile(エトワールの誕生)』だったが、この結果を受けて、タイトルは『Rise of a star』と英語に変更された。これはドロテにとって、初の女優体験である。

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2018年の短編映画賞のオスカーを目指す『Rise of a star』(原題『Naissance d’une étoile』)。

『Rise of a star』のトレイラー。

「主人公エマはプルミエール・ダンスーズ。あと一歩でエトワールというところで、妊娠を知るのね。私が妊娠を知ったときはエトワールになっていたけど、主人公と重なる部分があります。だから初めての女優経験として、演じやすくて助かったと言えます。それに撮影はオペラ座内で行われたし、監督は夫。パーフェクトなデビューができました。この映画はダンスだけではなく、フェミニズムがテーマとなっています。家庭か仕事かを選ぶために、今日のダンサーはもはや戦わないのです。だからジレンマなんて昔のこと。映画ではそれすら扱っていないほど。主人公のエマは、どちらも欲しいのです。最近リヨン・オペラ座バレエ団の総裁と妊娠ゆえに解雇されたダンサーとの間の裁判があり、総裁が敗けました。オペラ座ではそんなことはあり得ず、私たちは守られています。オペラ座のように大きなカンパニーではこうした保護があっても、まだまだ……。『Rise of a star』のテーマはダンスの世界だけでなく、どの分野でも、そしてフランスに限らず全世界に通用するテーマです。まだまだ進歩が必要なんです」

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18分の短編映画『Rise of a star』は9月末に、パリ6区の映画館で上映された。会場に集まったのは左から、主人公エマの友人ダンサーを演じるアントニア・デプラ、メートル・ド・バレエ役のピエール・ドゥラドンション、監督ジェームス・ボルト、そして主人公エマを演じたドロテ・ジルベール。

監督のジェームスはこの映画で、モラルというより、ポジティブでフェミニンなことを語りたかったという。彼は男性ゆえ、女性であるドロテ、そして共演女優のアントニア・デプラと共に多くの議論を交わしたという。それゆえに、最後のシーンのシナリオは撮影の直前まで書き直しが続いたそうだ。

ドロテが続ける。「ダンスと出産。過去にこうしたテーマを扱った映画のステレオタイプから、遠ざかったものであるようにと望みました。ダンサーは母親でもありえる、ということをこの短編で見せたかったのです。子供を持つことでダンサーは女性として完全となり、ダンスで役の解釈のうえで語ることが増えるのですから」

ドロテとジェームスの間には4歳になる女児リリーがいる。オペラ座でベビーブームがあったときに彼女も生まれている。オペラ・バスチーユでこの作品の上映会があった際に、ドロテはこのベビーブームについて、以下のように明かした。

「この現象はダンサーが妊娠するのにベスト! という状況ゆえのものだったのです。ブリジット・ルフェーヴル芸術監督の任期の最終年で、後任のバンジャマン・ミルピエの就任前に、という(笑)」

映画とバレエ

バレエにおいてテクニックの確かさに加え、もともと演技の面でも定評のあるドロテではあるが、この作品に出演するにあたっては俳優ユーセフ・アッジから空間の中での動き方、視線の交わし方などの指導を受けたそうだ。シーンごとに何が起きているか? その時の主人公の感情は? というようなやり取りがあり、ドロテは演じる際に自分の頭の中で起きていることが見えるようになったという。ユーセフの指導の中には、動物になってセリフを読むということも。

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『Rise of a star』より。「バレエと違い、映画は撮り直しができる!」とドロテ。©Fulldawa Films

「彼が選んだのは雄牛。力強く、突進していく雄牛を頭に描いて、セリフをしゃべってみせるのです。この仕事はすごく面白かったですね。彼とは発声の仕事はしていません。セリフが私から自然に出ることを望んだからです。セリフを語るのではなく、ことばが自然に私から発せられている、というように」

この短編はジェームスの初のフィクションの監督作品でありながら、なかなか豪華な配役だ。オペラ座の芸術監督役にカトリーヌ・ドヌーヴ、そしてメートル・ド・バレエ役はピエール・ドゥラドンションというフランス映画界の注目の男優のひとり。映画の中で、ドロテが彼らと対話をするシーンもある。

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オペラ座で『ボレロ』をリハーサルするシーン。ピエール・ドゥラドンションと。後方はエキストラ出演したオペラ座のダンサーたち。©Fulldawa Films

「彼らの演技があまりにも的確なので、私はそれに反応してセリフを言えばよかったの。カトリーヌ・ドヌーヴとはリハーサルなしのぶっつけ本番。彼女は私の上司役だから、強いものを感じるのは当然のことで、彼女のセリフに私は耳を傾けるだけで自然なリアクションができました。演技のパートナーの言うことを聞く。これによって感情面で的確でいられるのです。鏡と話している感じ……。ダンスでも同じことが言えます。パートナーがその役柄をしっかり捉えていて感動を伝えてくると、こちらも応えるのが簡単、という関係ですね。例えばマチュー・ガニオやユーゴ・マルシャンと踊る時がそのケース。あえてエモーションを出そうと努力する必要がない。相手のすることに応じるだけでいいので、快適に踊れます」

ユーセフによると、俳優にとって難しいのはセリフのないシーンだそうだ。セリフの裏に隠れることができないゆえに。しかしドロテはその逆で、自分でもよくできたと思えるのは最初と最後のセリフのないシーン。

「私たちは言葉ではなく、身体、視線で感情を表現するように訓練されています。だからセリフのないシーンというのは、ダンスでいつもしていることと同じなので……」

ステージで自分が感じ取ることを素直に表現するドロテ。オペラ座で秋に公演のあった『アゴン』では、こんなこともあったそうだ。

「この作品のリハーサルコーチからは微笑まないように、と言われたのだけど、音楽にのせて踊るとどうしても笑みが浮かんでしまうところがあって……。だから私は微笑みました。バレエで自分が踊っていて感じることを表現できないのは、残念なことですから」

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バランシンの『ジュエルズ/ ルビー』より。photo:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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バランシン の『アゴン』より。ストーリーのない抽象的なバレエでも、音楽と振り付けから生まれる感動を身体から発するドロテ。これが彼女のステージの大きな魅力となっている。photo:Sébasien Mathé/Opéra national de Paris

オペラ座のバレエ学校ではパントマイムの授業はあるものの、演技を学ぶ機会はない。それでドロテは演じる役柄のあるバレエを踊ることになった当初は、過去に踊られたその作品のビデオを山ほどみて、何が好きか、何が嫌いか、を自分で探ったそうだ。こうして徐々に自分で感じることに従って踊るようになっていった。それだけにユーセフと過ごし、エモーションの取り出し方を学んだ時間は、彼女には素晴らしいものとなったのだ。

「彼は私の頭の中で起きていることが、まるで見えているみたいで、これにはひどく驚かされました。彼との仕事は有益で、その後踊ったダンスの舞台においてもとても役にたちました。撮影の後、秋にカザンのタタール国立劇場で『ジゼル』を踊ったのですが、これまで以上に狂気のシーンが上手くできたのです。狂気を探すことはせず、エモーションを探す。的確なところで、まるで現実のことのように、それを心の奥深くで感じて……。過去において、悲しみを表現するところで、私は悲しくあろうとする傾向があったの。悲しみを感じるのではなくて。ユーセフが表現指導してくれた感情とは別の感情でも、テクニックは同じ。彼は芸術面において私をぐんと成長させてくれました」

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映画の全編に流れる『ボレロ』。この中で踊られるのは、ドロテが音楽に合わせて即興で振り付けたもの。©Fulldawa Films

オペラ座で彼女が踊った年末公演は『ドン・キホーテ』のキトリ役。これはユーセフによる演技指導の実りを発揮できる作品とは言い難かった。しかし、1月の頭に東急シアターオーブで開催される「ル・グラン・ガラ」で『トリスタンとイゾルデ』を踊るので、日本のバレエファンはこのときに女優デビュー後のドロテを日本のバレエファンは見る良い機会となるのだ。この作品はストーリーを物語るバレエではなく、物語が持つエッセンスをテーマにしていて、出会い、愛、死という普遍的テーマの3つのパ・ド・ドゥで構成されている。彼女の息の合うパートナーであり、また役者としてすでに舞台経験のあるマチュー・ガニオとともに、どのような感動あふれる舞台が作り上げられるのか。オペラ座でもともに10年以上のエトワール歴を持つ2人が、ステージでどのような応酬を繰り広げるのか。楽しみである。

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ジョルジオ・マンチーニ創作『トリスタンとイゾルデ』の衣装をつけ、マチュー・ガニオとポーズをとるドロテ。photo:James Bort

「女優として演じることは、長いこと惹かれていたことです。以前怪我をして長く休養していた時期に、ダンス以外、ダンスに近いことで自分には何ができるのだろう……と考えたことがありました。人物を演じ、ストーリーを語るという点から『女優は?』と、その時に思ったの。オペラ座の仕事で忙しく、特に何かを試してもいなかったので、この『Rise of a star』の出演は逃せないチャンス! と思いました。女優という仕事を気に入るか、試してみましょうと……その結果、大変に気に入りました。もちろん映画界が私を女優として期待している、なんて幻影は抱いていませんよ。でも、もし提案があればもちろん喜んで! 日本語字幕付きでいつか日本でもこの短編映画が上映される機会があったら、すごく嬉しいわ」

「ル・グラン・ガラ」
日時:2018年1月11日(18:30~)、12日(18:30~)、13日(13:00~、17:00~)
会場:東急シアターオーブ(渋谷)

プログラム
『トリスタンとイゾルデ』(全幕日本初演)
振付 :ジョルジオ・マンチーニ
音楽 :リヒャルト・ワーグナー
出演 :ドロテ・ジルベール、マチュー・ガニオ
『ヴェーゼンドンク歌曲集』(世界初演)
振付 :ジョルジオ・マンチーニ
音楽 :リヒャルト・ワーグナー
出演 :ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン、オニール八菜
『スペシャル・フィナーレ』
料金:S席¥14,000、A席¥10,000、B席¥7,000
http://theatre-orb.com/lineup/18_legrand/
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。
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