バレエ『赤と黒』、10月16日の初日に向けてリハーサルが進む。

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『赤と黒』はバレエ創作者ピエール・ラコットが衣装もデザイン。パリ・オペラ座のクチュール部門が今回も素晴らしい技量を発揮した。photo:Christophe Pelé / Opéra national de Paris

9月24日にシーズン2021-22開幕ガラが開催され、その4日後に『プレイ』でパリ・オペラ座バレエ団の公演がスタートした。これは2017年に創られたガルニエ宮の会場をふんだんに活用した遊び心あふれるコンテンポラリー作品だ。クラシックバレエのファンの関心を集めているのは10月16日から始まるピエール・ラコットの創作による『赤と黒』だろう。13回の公演中、10月21日の公演は映画館でライブ上映が予定されている。

2時間30分の大作

来年90歳を迎えるピエール・ラコットが最後の創作と断言するバレエ『赤と黒』は、心理描写の見事さが彼の心を捉えたスタンダールの同名の長編小説を原作に、幕間を含めた2時間30分の3幕ものという大作である。舞台上に登場するのは12名のエトワールを含む104名のダンサー、10名の学校の生徒、そしてエキストラが38名。音楽はケネス・マクミランの『L’Histoire de Manon (マノンの物語)』でバレエファンにおなじみのジュール・マスネだ。彼による20曲が、このバレエのためにアレンジされて用いられる。ピエール・ラコットはマスネの曲には人間の感情や場所の空気感が込められていると評価し、メロディに手をひかれるように導かれて振り付けを進めたと語っている。なお、舞台装置もコスチュームもラコット自身が手がける力の入れようだ。

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17区のアトリエ・ベルティエで準備中の幕。©️Christphe Pelé/ Opéra national de Paris

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どんな物語?

舞台はフランスの東南部の小都市、時代は1830年より少し前、ナポレオン失脚後の王政復古期である。パリ・オペラ座のバレエを見続けている人には、ジョゼ・マルティネスの『天井桟敷の人々』の時代より後、ジョン・ノイマイヤーの『椿姫』の前の時代というとイメージしやすいだろうか。スタンダールは実話に題材をとり、この小説を7月革命で王政復古期が終焉した1830年に出版している。主人公は立身出世を求める野心に満ちたジュリアン・ソレル。ナポレオンを崇拝し軍人を目指すものの王政復古によりそれが叶わず、王政が復古したために聖職者として社会的上昇を目論む美貌の若者だ。ちなみにタイトルの「赤」は軍服、「黒」は聖職者の服の色が由来とする説がある。ピエール・ラコットは今回のバレエ化にあたり、彼とレーナル夫人、マチルド・ラ・モール侯爵令嬢、シェラン司祭の合計4名をメインの登場人物に設定した。各人それぞれに、マスネの曲がライトモチーフとして与えられている。この4名に加え、ジュリアンに片恋するレーナル家の夫人付きの女中エリザが暗躍することでストーリーが展開してゆくことから彼女に重要な役回りを与えることが、バレエ化にあたりふさわしいと考えたラコット。エリザ役の第一キャストにはエトワールのヴァランティーヌ・コラサントが配役されている。また原作に登場する聖職者は3名だがバレエではシェラン司祭とカスタネード神父に絞り、前者はジュリアンの保護に努め、後者は破壊しようと試みる、というように両者の役回りを際立たせてラコットは作品にメリハリをつけた。

ピエール・ラコットはバレエ化にあたり物語に脚色を加え、多数の登場人物を整理しているので、原作とは異なる部分もある。パリ・オペラ座が発表したバレエ3幕の内容を簡単に紹介しよう。

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ピエール・ラコット。 pbhoto:D.R.

第1幕:フランスの田舎町に製材所経営者の息子に生まれ、父の下で働いていたジュリアン・ソレルは自分の願望を満足させるべく故郷を去る決心をする。彼の保護者となったシェラン司祭は市長レーナル氏が子どもたちの家庭教師を探していることを知り、ジュリアンを提案。家庭教師として雇われたジュリアンは、レーナル夫人の愛人となるのだ。女中エリザもジュリアンに恋心を抱くのだが彼に無視されていると感じ、彼の裏切り行為を市長に告げる差出人不明の手紙をしたためる。その結果、スキャンダルが勃発。シェラン司祭はジュリアンをレーナル家から去らせ、夫人は絶望に陥る。
(第1幕は4つのタブローに分かれ、製材所、町の通り、レーナル家の庭、レーナル夫人の部屋で展開)

第2幕:ジュリアンはシェラン司祭によって神学校にかくまわれるが、夜ごとレーナル夫人の思い出にとりつかれる。神学校の副校長カスタネード神父はジュリアンを好まず、彼もまた神父の権力に従うことを拒み……シェラン司祭はジュリアンをパリへ連れてゆく。司祭にジュリアンを紹介されたモール侯爵はジュリアンの知性に着目し、秘書として雇用することにする。彼にはマチルドという娘がいた。自信家で傲慢ゆえ、ジュリアンに対して覚えた感情を素直に受け入れらない彼女だが、舞踏会で彼がほかの女性と戯れる場面を目にし、苛ついてしまう。彼女は自室で彼を待つ旨のメッセージを彼に送る。それを読み、ジュリアンはマチルドこそが貴族の社会で自分の位置を占めるための理想的な手段であると気付くのだ。
(第2幕は神学校、侯爵家の図書室、舞踏会の3つのタブローで展開)

第3幕:マチルドの部屋で向かい合うふたり、彼女は彼に身を投げ出す。高慢なジュリアンにますます惹かれる彼女は、もし父が許さなければパリも家族も捨てようと決心。この経緯に憤慨した侯爵は一度は拒むものの、この世で何よりも大切な最愛の娘を失うことを恐れるあまり、ジュリアンに爵位を授けることにする。ジュリアン・ソレル・ドゥ・ラ・ヴェルナイエ陸軍中尉となった彼。その行動を把握すべく侯爵家に女中として入り込んでいたエリザは、彼とマチルドの結婚を何としても阻止しなければと思うのだった。ジュリアンは新しい自分の身分に喜び、マチルドは彼を称え……憤ったエリザはふたりの結婚を知らせるべくカスタネード神父のもとへと駆け付ける。その報に怒り狂った神父は、その結婚が行われないための策としてレーナル夫人を利用することに。ジュリアンが夫人をどれほど激しく誘惑したかというマチルド宛の手紙を彼女に書かせて、それを彼はエリザに託すのである。

挙式で纏う婚礼の服をマチルドが家族に見せて喜びにあふれる侯爵の館に、ジュリアンのあらゆる計画を台無しにする手紙を携えてエリザが勝ち誇ったかのように到着。手紙を読んだ侯爵はジュリアンを館から永久に追放する。自分の未来を破壊するその手紙の筆跡が夫人の手によるものと知った彼は、彼女を探しに出かける。そして教会でその姿を見出すや、ためらうことなく彼女に銃口を向けた。

裁判により絞首刑を宣告されるジュリアン。牢獄に訪ねてきたシェラン司祭の忠実さに、彼は感激し司祭を抱きしめる。彼の額を拭く司祭の持つハンカチが、自分がレーナル夫人に贈ったものであるのを見て、ジュリアンは彼女の生存を彼に確認する。そして自分が放った銃弾によって彼女が命を落とさなかったことに安堵を覚えるのだった。シェラン司祭が去るやいなや、夫人が姿を現す。夫人は彼の涙を拭き、そのハンカチをコルセットに納める。夫人の許しに驚いたジュリアンに彼女への深い思いが蘇り、彼女こそが自分が唯一愛した女性であると告白した。

彼の処刑後、誰もが彼に対して憐憫の情を覚える。マチルドは悲しみに呆然とし、エリザは自分が犯した恐ろしい復讐の成果に、得られるはずのない思いやりのある心を求める。レーナル夫人はというと、髪の乱れも厭わぬ姿で現れ、胸元から取り出したハンカチを抱きしめ、床に崩れ落ちて息絶えてしまう。
(第3幕はマチルドの部屋、図書室、軽騎兵たちの野営地、司祭館、図書室、教会、裁判、牢獄の8つのタブローで展開)

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『赤と黒』のためのトワル。オペラ座のアトリエにて。©️Christophe Pelé/ Opéra national de Paris

気になる配役は……

これを読むと、ではどのダンサーが何の役なのだろうかと興味が湧くのでは? 過去にラコットがオペラ座バレエ団のために再構築した『パキータ』『ラ・シルフィード』から想像するに、演劇性の高い作品とはいえ、ラコットならではの細かいステップを多用したダンスがたっぷりと盛り込まれていることは想像に難くない。公演は11月4日まで続き、その後12月1日からオペラ・ガルニエでは『アシュトン、エイアル、ニジンスキー』のトリプルビル、12月9日からオペラ・バスティーユでは『ドン・キホーテ』が始まる。『赤と黒』に配役されているダンサーたちには、かなりハードな年末となりそうだ。主な4配役(A、B、C、D)は以下のとおり。初日10月16日は第一配役のマチュー+アマンディーヌ+ミリアムが踊る。なお、15日は28歳以下を対象にした公開ゲネプロが行われ、こちらの配役はユーゴ+ドロテ+ビアンカである。

ジュリアン・ソレル:
マチュー・ガニオ(A)、ユーゴ・マルシャン(B)、ジェルマン・ルーヴェ(C)、マチアス・エイマン(D)
レーナル夫人:
アマンディーヌ・アルビッソン(A)、ドロテ・ジルベール(B)、リュドミラ・パリエロ(C)、オニール八菜(D)
マチルド・ドゥ・ラ・モール:
ミリアム・ウルド=ブラム(A、D)、ビアンカ・スクダモーア (B)、レオノール・ボラック(C)
エリザ:
ヴァランティーヌ・コラサント(A、C)、ロクサーヌ・ストヤノフ(B)、ナイス・デュボスク(D)
シェラン司祭:
オードリック・ブザール(A)、フロリアン・マニュネ(B、C)、ヤニック・ビタンクール(D)
レーナル夫(市長):
ステファン・ブリヨン(A)、マルク・モロー(B)、フランチェスコ・ムーラ(C、D)
カスタネード神父:
パブロ・レガサ(A、C)、トマ・ドキール(B)、アントニオ・コンフォルティ(D)

主人公ジュリアン・ソレルについて

ジュリアン・ソレルという人物はスタンダールの小説の読者には、あまり好印象を残さないはずだ。その彼を主人公にしたバレエを創作したピエール・ラコットは、どのような人物像を描いたのだろうか。

「ジュリアン・ソレルという人物を研究すると、行動、ふるまい、投獄はすべて彼の野望ゆえのことだと理解できます。自分自身の不品行の犠牲者であるジュリアンは、思いもかけない自分の感情によって罠にかかってしまうのです。自分が属する社会階級から抜け出したいと願い、数々の過ちを犯し、超えてはいけない限界が経験が不足しているゆえに見えません。自分では成功できるように思っても、内に生まれる嫉妬や情熱により、やがて自分を見失ってしまいます。彼の血気を打ち負かすのは人々の恨み。並外れた飛躍を彼がしたことから、復讐心を満たしたいと誰もが襲いかかってきて、彼は犠牲者となってしまうのです」

Le Rouge et Le Noir
Opéra national de Paris
10月16日~11月4日
料金:10~165ユーロ

editing: Mariko Omura

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