映画になったパリ・オペラ座バレエ団のいつもと違いすぎる1年間。

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映画『Une saison (très) particulière』中の『ラ・バイヤデール』の舞台稽古から。この日の配役はアマンディーヌ・アルビッソンとユーゴ・マルシャン。photos:ExNihiro-Opéra de Paris-Fondation Rudolf Noureev

フランス国内では12月にテレビで放映されるという、映画『Opéra de Paris, Une saison (très) particulière』(英語のタイトルは『An Unusual Season』)。フランスで新型コロナ感染症防止策として2020年3月16日から始まった外出制限期間が明けて、6月15日にパリ・オペラ座でダンサーたちがクラスレッスンを再開した日から、2021年5月に劇場が再開して観客ありで公演が行われたシーズン最後の『ロメオとジュリエット』までを追ったドキュメンタリー映画である。

ドキュメンタリーを多数手がけているPriscilla Pizzato(プリシラ・ピザット)がOlivier Lemaire(オリヴィエ・ルメール)とともに監督した52分の作品だ。クラスレッスン、リハーサル、夜の公演という日常を送るダンサーたちが、オペラ座でレッスンができない期間をどう体験したのだろうか? これほど長くダンスから離れていた後、いかに通常の劇場人生に戻るのだろうか?とプリシラが思ったところから、この作品のアイデアが浮かんだという。1シーズン中、約180回の公演を踊るオペラ座バレエ団。そのダンサーたちにとって、これは通常とはまったく異なるシーズン(saison particulière)であることは間違いない。オペラ座内に入り込んで撮影を敢行した結果、思った以上だったと実感した彼女は、撮影後、タイトルにtrès(とても)とプラスすることにしたそうだ。

オペラ座を支援するAROPが開催した試写会に際し、“カンパニーが元気を失っている時にも関わらず撮影を許可してくれた” 芸術監督オーレリー・デュポンに感謝を語った彼女。確かにこの時期にこのように撮影ができたことは、素晴らしい特権といえる。そして、この作品を見る人はその恩恵にあずかれるというわけだ。トゥシューズが床にこつこつとあたる音、踊るダンサーたち身体の重み、スタジオを満たす緊張した空気……カメラワークや音響の仕事ゆえだろう。まるで自分もスタジオ内にいて、目の前でダンサーたちが踊ってるかのように錯覚させる撮影法も素晴らしい。

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『Une saison (très) particulière』より。撮影が行われた特殊な時期も、オペラ・ガルニエの建築はその美しさに変わりがない。photos:ExNihiro-Opéra de Paris-Fondation Rudolf Noureev

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クラスレッスン再開にカメラが潜入

オペラ座バレエ団が2020年2月末から3月上旬にかけて来日公演『ジゼル』『オネーギン』を行ったことは記憶に新しいだろう。その後、団員たちはフランスに戻り、数日休暇をとってから仕事を再開!という予定だったのだが、その日は訪れなかった。というのも、フランス国中が外出制限期間に突入し、ダンサーたちも自宅待機となってしまったのだ。そしてオペラ・ガルニエもオペラ・バスティーユも公演は行われず、劇場は空っぽ。

パリのアパルトマンを抜け出し、海や山のセカンドハウスでの滞在をした幸運なダンサーも少なくなかった。しかし、外出制限期間開始後、しばらくしてから始まったビデオによるクラスレッスンを行うのに、劇場のリハーサルスタジオとは広さも床も異なる場所であるのはどこにいても同様で、皆が苦戦を強いられていたのだ。そんな状況から解放されたのが、撮影開始日の6月15日だったのだ。もっとも感染防止策ゆえに、スタジオ内の人数が制限されるなどまったく元どおりというのとはほど遠かったが……。マチュー・ガニオ、ユーゴ・マルシャン、ポール・マルク、レオノール・ボラックといったエトワールたちが、リハーサルも公演もなくクラスレッスンすら受けられなかった時期の思いを映像内で語っているので耳を傾けてみよう。

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左:クラスレッスン初日に姿を現した芸術監督オーレリー・デュポン。長いことレッスンなしの期間を過ごしたダンサーたちに、「以前とは身体の感じ方が異なるだろうけど、いずれ戻ってくるから……」と安心させる。 右:マチュー・ガニオは自宅でのレッスンのエピソードを披露。photos:ExNihiro-Opéra de Paris-Fondation Rudolf Noureev

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『ラ・バイヤデール』の公演に向けてリハーサル

10月中旬、カメラが次に追うのは年末公演であるルドルフ・ヌレエフの『ラ・バイヤデール』のリハーサルだ。10月はオペラ・ガルニエでふたつの公演が交互に人数制限つきだったが観客を迎えて開催された。こうして劇場が再開され、ガルニエ宮の裏では12月の公演に向けて、ダンサーたちが稽古に励む日々の始まりだ。撮影の時点で公演が行われるのか否かは不明である。スタジオでの稽古、舞台リハーサル……とカメラはソリスト、コール・ド・バレエを追いかける。

『ラ・バイヤデール』のコール・ド・バレエたちの仕事の見どころは、なんといっても第3幕で主人公ソロルがアヘンを吸って見る幻覚の中に登場する32名のオンブル(影)のシーンだろう。創作したヌレエフ自身も、リハーサルでは観客席の高い席に行って眺めるのが好きだったという幻想的な場面である。その稽古、その舞台……クラシックバレエの象徴的存在の純白のチュチュの群れをカメラが美しくとらえるのだ。

ある日、リハーサルスタジオでは当時メートル・ド・バレエだったクロチルド・ヴァイエがソロル役のユーゴとふたりでソロの稽古のリハーサル。外出制限期間中、まるで自分が存在していないように感じたと語っていたユーゴだが、そんな時期は遠い昔といわんばかりに、少しほっそりした感じはあるもののスタジオ空間狭しと相変わらず素晴らしいソロを踊って見せる。そんなユーゴの姿に、クロチルドの口をついて出た言葉は “なんて、すごいの!” “メルシー、ユーゴ” だった。

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ユーゴ・マルシャンとクロチルド・ヴァイエ。photo:ExNihiro-Opéra de Paris-Fondation Rudolf Noureev

稽古は進むが、11月頭に再び劇場は封鎖されてしまった。2019年は年金改革反対デモにより年末公演『ライモンダ』は中止となった。さあ12月2日から始まる2020年の年末公演はどうなる?? 11月19日にはスタジオで出演ダンサー全員揃ってのリハーサル。それまでの稽古の成果を大勢のダンサーたちが見守る中で踊るのだ。その緊張を語るのはドロテ・ジルベールである。そして、11月27日にはいよいよ舞台リハーサル。『ライモンダ』の時もそうだったが、団員たちは突然劇場が再開された時に踊れるように、公演が行われないかもしれないという状況でも稽古は予定どおりに進めるのである。

公演の中止が決定。12月13日、パリ・オペラ座に新たに生まれたデジタルプラットフォーム「l’Opéra chez soi」で『ラ・バイヤデール」は3幕を3組み合わせが踊るという異色の配役で、有料配信された。この映画の中では、スタジオおよび舞台でのリハーサルのように日頃は観客が入り込めない劇場の裏側での出来事のみならず、リュドミラ・パリエロとマチアス・エイマンのパ・ド・ドゥ、ヴァランティーヌ・コラサントのガムゼッティというように、13日のライブ配信では見ることができなかったソリストたちが踊るシーンも含まれているのが魅力だ。

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左:『ラ・バイヤデール』のステージリハーサルから、第3幕の“影の王国”。裏手で見ているのはユーゴ・マルシャンだ。 右: 32名のオンブルの先頭を踊ったロクサーヌ・ストヤノフ。この映画では、彼女はアワ・ジョアネとともに“オンブル”の仕事についてインタビューに答えている。photos: ExNihiro-Opéra de Paris-Fondation Rudolf Noureev

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ふたりのエトワール誕生に立ち会う

そして、『ラ・バイヤデール』のライブ配信の公演の終わりに、ブロンズ・アイドルを踊ったポール・マルクがエトワールに任命された。それを予測していたかのように、ピザット監督はこの作品での舞台リハーサルや黄金の全身メイクなどポールを多く登場させている。任命のアナウンスに続き、ポールはアレクサンドル・ネーフ総裁とは肘タッチ、芸術監督のオーレリー・デュポンとはハグ……。配信終了後もカメラはとらえ、仲良しのコール・ド・バレエのダンサーたちが真っ白いオンブルのチュチュで彼を抱きしめて。彼女たちの肌、チュチュにもゴールドのペイントがついてしまうことに。

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左: ブロンズ・アイドルを踊り、公演後にエトワールに任命されたポール・マルク。 右: リハーサルの舞台裏で、オーレリー・デュポンとポール・マルク。photos:(左)Svetlana Loboff / Opéra national de Paris、(右)ExNihiro-Opéra de Paris-Fondation Rudolf Noureev

任命直後、エトワールとして舞台に立ったら任命されたことを実感するだろうとあるインタビューで語っていたポールだが、いよいよその時がやってくる。最後にカメラが向かうのは、観客を迎えるようになったオペラ・バスティーユでの公演『ロミオとジュリエット』。エトワールのポールはプルミエール・ダンスーズのセウン・パクをパートナーに主役を踊ることに。そして6月10日、ふたりの初公演後、セウンがエトワールに任命された。この『Une saison (très) particulière』は、オペラ座の貴重なレパートリーであるヌレエフ作品のふたつにフォーカスできただけでなく、さらに2名のエトワール任命を映像に収めることができたのだ。観客席からは大きな拍手。これは新エトワールのセウンへ送られたのはもちろんだが、彼女の隣に並ぶ、無観客の劇場で任命されたポールへも向けられていたと感じられる温かいものだった。感激の伝播だろう、ステージでふたりの後方に並ぶコール・ド・バレエのダンサーの目にも涙が。オペラ座は第2の家であり、団員は第2の家族のような存在だと語るダンサーが少なくないように、こうしたシーンからもほのぼのとした温かな家族的雰囲気が伝わってくる。『ロミオとジュリエット』はシーズン2020/21の最後のプログラム。そしてこの公演の映像で映画は終了となる。

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『ロミオとジュリエット』出演のダンサーたちとオーレリー・デュポン。photo:ExNihiro-Opéra de Paris-Fondation Rudolf Noureev

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6月11日、オペラ・バスティーユで公演のあった『ロミオとジュリエット』終了後、初役でジュリエットを踊ったセウン・パクがエトワールに任命された瞬間。彼女を囲むほかのダンサーたちの笑顔が微笑ましい。photo:Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

パリ・オペラ座のまさに特別な1シーズンを記録した、素晴らしいドキュメンタリー。ダンサーたちがダンスに傾ける情熱と愛情が随所に散りばめられた作品だ。この『Une saison (très) particulière』。日本でもたとえばどこかのテレビ局で放映されるのだろうか?? あるいは何か別の方法で視聴できるのか……。来年に期待しよう。

『Opéra de Paris, Une saison (très) particulière』
監督:Priscilla Pizzato avec Olivier Lemaire
製作:Agat Films & Cie / Ex Nihiro
配給:arte distribution

editing: Mariko Omura

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