公演『マッツ・エク』とステファン・ビュリオンのアデュー公演。

ステファン・ビュリオン、オペラ座にさようなら

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左: ステファン・ビュリオン。photo:Matthew Brookes/ Opéra national de Paris 右: 過去の舞台写真で構成されたアデュー公演のポスター。

6月4日、男性エトワールのステファン・ビュリオンがパリ・オペラ座にアデューを告げた。彼がパリ・オペラ座バレエ団に入団したのは3年間バレエ学校で学んだ後、1997年、17歳の時だった。2001年にコリフェ、2003年にスジェ、そして2008年にプルミエール・ダンスールに昇級している。2010年6月2日『ラ・バイヤデール』のソロール役を踊った後、エトワールに任命された彼。2014年春の『椿姫』来日公演に彼は参加していて、前年にアデュー公演を終えてゲストとして来日したアニエス・ルテスチュをパートナーに踊った。アニエス見たさにチケットを買い、ステファンというダンサーを発見した人も日本では少なくないだろう。彼は引退直後、牧阿佐美バレエ団の公演『ノートルダム・ド・パリ』でカジモド役を踊るため久々に来日。これはパリ・オペラ座ではニコラ・ル・リッシュの引退後、カジモドといったらステファン!という当たり役のひとつだった。ちなみに彼ならではという作品として、ピナ・バウシュの『オルフェとユリディーチェ』のオルフェ、ローラン・プティの『若者と死』の若者役もあげられる。

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アデュー作品『Another Place』のパートナー、リュドミラ・パリエロの目にも涙! photos:Mariko Omura

引退公演が行われたのは公演『マッツ・エク』においてで、2019年に彼とオーレリー・デュポンに創作された『Another Place』を彼はリュドミラ・パリエロと踊った。アデュー公演の恒例となっている金色の紙吹雪が舞台上に降り注ぐ中に立つ彼に、会場はスタンディングオベーション。オーレリー・デュポン芸術監督がブーケを抱えて登場し、舞台上手から彼のふたりの子どもが駆け寄って……。その後、ローラ・エケ、アマンディーヌ・アルビッソン、アリス・ルナヴァン、アニエス・ルテスチュ、それにローマから駆けつけたエレオノーラ・アバニャートといった歴代のパートナーたちとの抱擁……。彼の妻でポーリーヌ・ヴェルデュソン(スジェ)は舞台の袖から控え目にその様子を見守っていた。アデュー公演を行う、行わないはダンサーの選択である。行うことを考えていなかったステファンだが、芸術監督とポーリーヌに説得されたと彼はオペラ座の公式ビデオの中で語っている。会場からの拍手は30分近く続いただろうか。抑制した表情を保ち、身体表現で感情を伝えるステージを見せてきた彼だが、この晩は彼の目に涙が輝いていた。

フランソワ・アリュが先月任命されたのもつかの間、男性エトワールがまたひとり減ってしまったオペラ座。次の男性エトワールのアデューは4年後のマチュー・ガニオである。それまでに男性エトワールは何人誕生するだろうか。

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左からエレオノーラ・アバニャート、ふたりの子どもたち、アニエス・ルテスチュと。この後グラン・フォワイエで開催されたカクテル会場には、マニュエル・ルグリ、ウィルフレッド・ロモリ、ジョゼ・マルチネーズ、イザベル・シャラヴォラ、ジョジュア・オファルトとミュリエル・ジュスペルギーといった懐かしのダンサーたちも大集合。photos:Mariko Omura

アデュー公演に際してオペラ座のサイトにアップされたステファンのインタビュー。

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コール・ド・バレエが大活躍したトリプル・ビル『マッツ・エク』

5月6日~6月5日、オペラ・ガルニエで行われた公演はマッツ・エクが創作した3つの作品『カルメン』『Another Place』『ボレロ』というプログラムだった。

2019年の公演『マッツ・エク』と同じ構成である。この時『カルメン』の主役を踊ったのはエレオノーラ・アバニャートとアマンディーヌ・アルビッソンというふたりのエトワールだったが、今回はマリーヌ・ガニオとレティティア・ガロニというふたりのスジェ。前者は自由を求めるカルメンという女性像に厚みを与える演技で、後者はジプシー女の野生味を感じさせる踊りで、それぞれ見ごたえのある舞台を作り上げていた。なお、マリーヌのドン・ジョゼ役はユーゴ・マルシャンだったが、レティティアが組んだのはドン・ジョゼがシモン・ル・ボルニュ、エスカミーヨはフロラン・メラックというふたりのスジェである。パリ・オペラ座で日頃スジェはドゥミ・ソリストに配されるが、この2つの配役による『カルメン』は、ソリストとして見事に舞台を果たせるスジェという階級のレベルの高さを証明するものだった。主役を取り巻くダンサーたちはスジェ、コリフェ、カドリーユの約15名。クラシック作品における“群”的に踊るコール・ド・バレエ以上の仕事が与えられていた彼らは、作品中、大声を発する場面があることも加わってか、作品に参加する喜びを全身から放っていたのが印象的だった。第2配役でM役(死/Mort、母/Mère、許嫁/Michaela)を踊ったのはスジェのイダ・ヴィイキンコスキー。身体がおそろしく柔軟なのだろう。床にほぼ平行に折り曲げた上体を波打たせながら、舞台に登場し、まるで液体のようにドン・ジョゼの心にぬるりと入り込んでゆく。Mという存在の異様さが際立ち、彼女は作品の強烈なスパイス役を果たしていた。

この作品が創作されたのは1992年で、過去にはシルヴィ・ギエムも踊っている作品である。時代を感じさせるところもあるが、今回、若いスジェのフレッシュなパワーが作品に新たな命を吹き込んだと言えるだろう。  

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左: ユーゴ・マルシャンとマリーヌ・ガニオ。 右: レティティア・ガロニ。photos:Ann Ray/ Opéra national de Paris   

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左: M役のイダ・ヴィイキンコスキーとドン・ジョゼ役のシモン・ル・ボルニュ。 右: メタリックに輝くカラフルなコスチュームをつけたナイス・デュボスクほかコール・ド・バレエのダンサーたちがダイナミックに踊った。photos:Ann Ray/ Opéra national de Paris

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『ボレロ』はプルミエ・ダンスールのマルク・モローと女性9名、男性10名のコール・ド・バレエのダンサーたちが踊った。グループで踊る作品だが、ほぼ各人にソロであるいは2名、3名でという振り付けが用意されている。16分間と短くとも、緊張が続く迫力満点の作品。ダンサーたちが踊る中、バケツを抱えて往復し舞台上に据えられたバスタブに水を満たす男性が、最後、音楽の終了に合わせて自分が水を張ったバスタブにドボンと飛び込むのだが、その意外性に会場からは舞公演大拍手が巻き起こった。ここのところオペラ座では『Play』『Body and Soul』のように大勢のダンサーがグループで踊るコンテンポラリー作品が人気だが、この『ボレロ』もまた最近パリ・オペラ座に通うようになった若い世代に受ける作品のひとつのようだ。

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この作品だけは配役がひとつ。毎晩、同じメンバーが10公演を踊り、強い団結力が舞台上に感じられた。photos:Ann Ray/ Opéra national de Paris

ダンサーたちのエネルギーが爆発する上記2作品の間に踊られたのが、ステファン・ビュリオンがアデュー作品に選んだ『Another Place』である。今回はステファンとリュドミラ・パリエロ、アリス・ルナヴァンとマチュー・ガニオの2配役だった。4名ともエトワールだ。これは舞台上に机がひとつというシンプルな舞台装置の中でピアノが奏でるフランツ・リストの美しいソナタにのせて、33分間、男女が繰り広げる物語。音楽はフランツ・リストの美しいソナタがピアノで生演奏される。マッツ・エクはクラシック作品に見られるような男性ダンサーは女性ダンサーを支える役割というパ・ド・ドゥではなく、ふたりの間の対話というイメージでこのパ・ド・ドゥをクリエイトしたと語っている。ふたりの人生は山あり谷あり。彼が彼女のスカートで顔を拭いたり、彼女が彼の素通しのメガネを磨いたり、背中を洗ったり、といった男女間の日常が振り付けに取り入られているのが珍しい。虚飾なしに素で向き合って人生をともにする男女のストーリーを詩情と優しさを込めて踊るには、エトワール・ダンサーの成熟があってこそという作品だ。これも『ボレロ』と同様にパリ・オペラ座バレエ団のために2019年に創作されたのだが、その時の公演以上に今回は作品の深さに感動を覚えた、という観客の声が少なくない。

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左: ステファン・ビュリオンとリュドミラ・パリエロ。 右: マチュー・ガニオとアリス・ルナヴァン。彼女も7月13日に『ジゼル』でアデュー公演を行う。photos:Ann Ray/ Opéra national de Paris

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ガルニエの舞台で公開クラス・レッスン

『マッツ・エク』の公演が続いたオペラ・ガルニエで、5月16日の朝、通常は裏手のスタジオ内で行われている朝のクラス・レッスンがステージ上で公開された。“Tous à l’Opéra(全員オペラ座へ)”というイベントの一環で、年間会員たちは先着順でチケットを入手。満杯の会場を前に、レッスンを行った教師はアンドレイ・クレムだった。日本でも彼のレッスンDVDが販売されて、またワークショップも開催しているのでバレエを習っている人たちにはおなじみの名前だろう。その彼がステージ上のダンサーたちにバー・レッスンとセンター・レッスンをみっちりと、というハードな1時間30分。彼らはこのレッスンの後、午後にリハーサルがあり、公演があれば夜は舞台で踊り、帰宅は午後11時前後……こうした暮らしを17〜18歳の頃から20年以上続けるのだから、これを日課としているダンサーたちの姿を見ていると、情熱に支えられていなければ難しい職業である。

公開レッスンの参加はダンサーたちは任意で、階級もさまざまだった。前列中央を占めていたのはエトワールのポール・マルクで、彼は入団当時からそのテクニックが評価されている。全員が同じステップを踏む中で彼の驚くほどの安定性は目をひくものがあった。入団間もないダンサーたちは勢いがよく、ベテランたちには美しさの追求があり……。全員一緒に同じテクニックを行うクラスレッスンは、周囲のダンサーと自分を比べる時間でもあるだろう。その日の自分の体調の良し悪しを知る時間でもあるだろう。また、何年か前の自分といまの自分を比べる時間でもあるだろう。内なる戦いをダンサーたちは毎朝強いられているのかもしれない、と思ったりも。

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5月16日にオペラ・ガルニエで開催された公開クラス・レッスンより。ジェルマン・ルーヴェ、レオノール・ボーラック、ポール・マルク、ミリアム=ウルド・ブラームといったエトワールたちも参加していた。photos:Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

editing: Mariko Omura

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