ダンサーにも新体験! パリ・オペラ座のオイエン作『心の叫び』。

10月13日まで公演されるパリ・オペラ座バレエ団のシーズン開幕作品は、ノルウェーの振付家・演出家・映像作家アラン=ルシアン・オイエンによる『Cri de coeur(心の叫び)』だ。この創作の公演は2020年秋に予定されていて、その年の3月に創作が始められていたが新型コロナ感染症のため3月12日に2週間の予定で中断された。しかし劇場閉鎖が続き……創作の中断後から2年半が経過しての公演となったのだ。

好き嫌いはさておいて、この作品はダンサーにとって、そして観客にとってもパリ・オペラ座における新体験だろう。これまでダンスは身体表現の芸術としてオペラの舞台で踊られてきたけれど、今回は配役されている33名のダンサーのほぼ全員が舞台上でセリフを語るのだ(セリフはステージ上方に英語翻訳が掲示される)。『Cri de coeur』はバレエ作品としてではなく、ダンス演劇としてクリエイトされた作品である。セリフとダンスが交互の場合もあれば、セリフとダンスが同時のこともあるが、ダンサーの息遣いがマイクを通して聞こえてくることがないほど、彼らの動きは緩やか。またセリフばかりが続くというシーンも少なくない。配役されている33名はカンパニーの中でもコンテンポラリーダンスに優れるダンサーばかり。3~4名のダンサーは短いながらも見せ場となる踊りはあるものの、パリ・オペラ座バレエ団のダンスを見たい!と劇場に足を運ぶとセリフの多さに面食らうかもしれない。肩透かしを食うかもしれない。

220930-ballet-01.jpg

左: マリオン・バルボーとキャロリーヌ・オスモン。 右: ダニエル・ストークスとシャルロット・ランソン。コスチュームにも注目を。photos:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

220930-ballet-02.jpg

リハーサル風景。左: アラン=ルシアン・オイエン。彼の作品中、デュオの『And Caroline』が公演「若きダンサーたち」に際してレパートリー入りしている。 中: レティティア・ガロニ。 右: アントナン・モニエ。 photos:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

---fadeinpager---

映画主演も果たしたマリオン・バルボーの活躍。

日本では公開予定がいまのところないようだが、ダンスをテーマにしたセドリック・クラピッシュ監督の『En corps』はフランスでは大ヒットとなった。主役を演じたのはこの映画で女優デビューをしたプルミエール・ダンスーズのマリオン・バルボー。彼女が『Cri de coeur』で踊り、演じるのは癌に冒され余命の短いヒロインの役だ。この映画経験ゆえだろう。彼女のセリフの明瞭さはさすがで、ほかのダンサーとは比べものにならない。パリ・オペラ座バレエ団における稀有な存在である。バレリーナの典型のような容姿の持ち主だが、シディ・ラルビ・シェルカウイの作品を踊って関心を抱いたというコンテンポラリー作品をオペラ座の舞台でここのところ踊り続けている。驚くほど柔軟で身体能力の高い彼女は振り付け家を刺激するようで、シャロン・エイアルの『春の祭典』でも創作ダンサーのひとりを務めた。女優業にも意欲を示すマリオン・バルボーというダンサーを発見するには、この『Cri de coeur』はお勧めである。

配役されているダンサー中、ソリストはマリオンだけで、1/3はカドリーユだ。その中でもエロイーズ・ジョクヴィエル、アレクサンドル・ボカラ、タケル・コスト、アントワンヌ・モニエの動きは目を奪うものがある。

220930-ballet-03.jpg

左: プルミエール・ダンスーズのマリオン・バルボー。 右: 『Body & Soul』を始め、コンテンポラリー作品で観客の注目を集めるタケル・コスト。photos:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

220930-ballet-04.jpg

タケル・コストとマリオン・バルボー。photo:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

---fadeinpager---

現実と虚構の混乱。

彼女が演じる人物の役名はマリオンである。彼女に限らず、この作品ではダンサー全員が自分の名の役だ。これについては作品中、アントワンヌ役のアントワンヌ・キルシェールが疑問を呈するシーンがある。するとイダ役のイダ・ヴィイキンコスキーが“自分の名前と同じ名前でステージで呼ばれるけど、それは作品中のこと。私たちが語ることは私たち自身が語っているのではなく、ほかの人が予め書いたこと”というように説明するのだ。もっとも、彼らが語るセリフは確かに台本に書かれたものだが、創作にあたりオイエンは配役されているダンサーたちの仕事やプライベートなどについて彼らから話を聞いていて、それがセリフに織り込まれている部分もあるという。また役柄についてもマリオンの友人だったり、元パートナーだったり……。現実と虚構の境界線を曖昧にするのがこの作品でのオイエンの狙いなのだ。

220930-ballet-05.jpg

左: 作品のために集められたオブジェ類。 右: 舞台上、ダンサーたちの観客の前で踊るのはアクセル・イボ(スジェ)。photos:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

それは舞台装置にもいえる。たとえばステージ上でセリフを語るマリオン・バルボーを彼女の目の前に座ったカメラマンが撮影し、それをステージ上のスクリーンで巨大アップで同時に見せるのだ。何がリアルか……ちょっとややこしい。そんな試みもあれば、オイエンがイメージした舞台装置はジオラマ。自然史博物館で自然の景色の中に動物の剥製が配置されてリアル感を演出するように、彼はダンサーという生きた人間を使ったジオラマを展開するのだ。長方形のフレームがステージ上に配置され、その中に見えるのは峡谷の景色やリビングルームなど。その内容はくるくると変わり、しかも同時に2カ所での作業での変換が必要だったりで、舞台上に大道具担当者たちが現れて素早く行う。カーテンコールには彼らも登場して大きな拍手を観客から送られているように、彼らの活躍なしには成立しない舞台装置である。バレエ作品では珍しいが、バスティーユで公演されるオペラの新プロダクションにはあってもおかしくないという現代アートファンを喜ばせるタイプの舞台セットだろう。

220930-ballet-06.jpg

左: 舞台装置のフレームの前に立つ、ゲスト出演のエレーヌ・ピコン。 右: 病院の待合室で、患者役ロレーヌ・レヴィが叫び声をあげる。

---fadeinpager---

約3時間の作品。楽しみ方は人それぞれ。

前シーズンに踊られたマッツ・エクの『Another Place』でもそうだったが、『Cri de coeur』でもオペラ・ガルニエで日頃は観客の目に触れないステージ裏手のフォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスも活用され、金色に輝く壁とシャンデリアが煌めく空間の中でダンスが踊られる。オペラ座に招かれる海外からの振り付け家たちの大勢が魅了される場所のようだ。オペラ座初体験の観客にとって、このフォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスを目にすることができるのは幸運!!

2幕構成で1幕が1時間15分、20分の幕間をはさみ、第2幕は1時間10分。終了予定が22時15分と長い作品である。もっとも舞台の中央と左右の3カ所で同時に何かが起きるので目は舞台を駆け巡り、ダンサーひとりひとりの異なる50年代調のコスチュームをチェックしたり、ステージ左右が囲まれていないので舞台の袖で出番を待つダンサーたちの様子を窺ったり……見るべきポイントは作品の意図とずれてしまうけれど自分なりの楽しみ方を見つければ、さほど長さを感じないだろう。ピナ・バウシュのカンパニーのヴッパータールダンス劇場とアラン・ルシアン・オイエンが創作した『Bon Voyage, Bob』が2019年にシャイヨー劇場で踊られた。この作品にも配役されていたピナ・バウシュのお気に入りだった表現者エレーヌ・ピコンが『Cri de coeur』にマリオンの母親役でゲスト出演し作品に厚みを添えている。『Bon Voyage, Bob』を見た人なら、この『Cri de couer』の世界に入りやすいかもしれない。

『Cri de coeur』
公演中〜10月13日
Opéra national de Paris
料:10〜110ユーロ
www.operadeparis.fr

editing: Mariko Omura

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories