4年ぶりのパリ・オペラ座来日公演、主役以外のお楽しみ。
パリとバレエとオペラ座と 2024.01.11
2020年2月末から3月頭にかけて、パリ・オペラ座バレエ団は『ジゼル』と『オネーギン』による来日公演を行った。その後パリに戻ったダンサーたちは数日の休日があり、さあ仕事再開!と張り切ったところで新型コロナ感染症防止のため劇場は閉鎖され、団員はステイホームとなって......。それから4年、そんなエピソードを知らぬ若い世代のダンサーも含めた来日公演が2月に待たれている。ジョゼ・マルティネス芸術監督にとっては初の来日公演だ。演目は2月8日から11日までがルドルフ・ヌレエフの『白鳥の湖』で、2月16日から18日までケネス・マクミランの『マノン』。前回の来日公演後にエトワールに昇進したパク・セウンとポール・マルクの2名に加え、ジョゼが就任後に任命したオニール八菜、マルク・モロー、ギヨーム・ディオップという3名のエトワールたちが日本で初めて主役で全幕を踊る機会となる。
『白鳥の湖』 photo:Francette Levieux/ OnP
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『白鳥の湖』でロットバルトを踊るのは?
『白鳥の湖』は5公演に7名のエトワールをちりばめた4配役という贅沢さ。昨年末に2演目の準主役の配役も発表され、公演への興味がよりかき立てられるのでは? 今後が気になるプルミエ・ダンスールとスジェたちの名前が並んでいる。『白鳥の湖』のロットバルト役にはアントニオ・コンフォルティ、トマ・ドキール、ジャック・ガストフと若手スジェの有望株3名だ。トマはオニール八菜×ジェルマン・ルーヴェと、アントニオはヴァランティーヌ・コラサント×ギヨーム・ディオップ、ジャックはパク・セウン×ポール・マルクそしてアマンディーヌ・アルビッソン×ジェレミー=ルー・ケールの2組と踊る。なお、今回の来日公演で王子役を踊るプルミエ・ダンスールのジェレミー=ルー・ケールはシーズン2016/17年以降、ロットバルト役に配役され続け、昨シーズンではジークフリード役とロットバルト役の掛け持ちだった。作品の世界に精通したダンサーによる王子の初役に期待しよう。
ジークフリート王子が愛を誓うオデット(写真左)。彼女に呪いをかけて白鳥に化身させたロットバルトを、2019年2月〜3月のオペラ・バスティーユの公演でトマ・ドキール(スジェ)はコリフェ時代に初役で踊った。さらにアジアツアーおよび昨シーズンもこの役に配役され、彼の当たり役と言える。photos:(左)Ann Ray/ OnP、(右)Julien Benhamou/ OnP
右: ジャック・ガストフ(スジェ)がロットバルトに初役で取り組んだのは2022年12月の公演。 左: アントニオ・コンフォルティ(スジェ)。2020年7月の「若きダンサーたち」の公演において『白鳥の湖』のパ・ド・トロワでロットバルト役を踊った。この来日公演がロットバルトでの初全幕挑戦だ。photos:Julien Benhamou/ OnP
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『マノン』でレスコーとその愛人を踊るのは?
『マノン』のレスコー役にはパブロ・ルガザ、フランチェスコ・ムーラというプルミエ・ダンスール2名とスジェのアンドレア・サリ。レスコーの愛人役はエロイーズ・ブルドン、ロクサーヌ・ストヤノフ、そしてシルヴィア・サンマルタンのプルミエール・ダンスーズ3名である。現在オペラ座のサイトによると女性のプルミエは、この3名にブルーエン・バティストーニ、マリオン・バルボー、イネス・マッキントッシュを含めて6名だが、マリオンはサバティカルイヤーを続けているので実質5名といささか層が薄い。それを優秀なスジェたちが補っているのが現状と言えそうだ。
さて『白鳥の湖』は日本でもおなじみの作品ゆえに、ロットバルト役についても説明が不要だろう。それに比べると日本での『マノン』の全幕公演ははるかに少なく、せいぜいガラで踊られる第1部の寝室のパ・ド・ドゥが知られている程度。レスコーやその愛人と言われても、イメージをわかせるのは難しいのでは? それに物語を締めくくる悲壮極まりない"沼地のパ・ド・ドゥ"はガラでは決して踊られることはないので、ぜひとも『マノン』全幕を見なければ! 女性エトワールたちが踊りたい作品のひとつに挙げ、オーレリー・デュポンそしてクレールマリ・オスタはアデュー公演の演目に選んだほどだ。
『マノン』。第1幕の出会いのパドドゥを踊るユーゴ・マルシャンとドロテ・ジルベール。来日公演でふたりは2月16日と17日に踊る。photo:Julien Benhamou/ OnP
公演を主催するNBSのホームページによると、「男性たちを翻弄し破滅へと導くファム・ファタールの代名詞」「時に贅沢に、時に愛にまっすぐなつかみどころのないマノン」とヒロインを語り、その相手のデ・グリューについては「誠実さゆえに翻弄され破滅の道をたどっていく青年」と紹介されている。このバレエの原作は作家自身の体験が反映されているアベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』で、1731年に発表された。時代はルイ14世統治下のフランス。女性の職業がごく限られていた時代である。ジョン・ノイマイヤーがバレエ『椿姫』でマルグリットの心の内を語る方法として、マノンを登場させているのは、アレクサンドル・デュマが19世紀に書いた小説『椿姫』で主人公マルグリットが愛読していたのがこのプレヴォーの『マノン・レスコー』だからだ。マルグリットは愛するがゆえに身を引き、孤独の中で死んでゆく。マノンは愛するデ・グリューの腕の中で息を引き取ることができたのに......と。そのマノンの最期がこの"沼地のパ・ド・ドゥ"で踊られるのだ。なお、沼地があるのはアメリカのルイジアナ。ルイ14世時代、ルイジアナはフランス領で、フランス国内の罪人が送り込まれる流刑地だった。
第3幕の沼地のパ・ド・ドゥ。マノン役のリュドミラ・パリエロ(写真)は2月18日のマチネで新エトワールのマルク・モローと踊る。photo:Julien Benhamou/ OnP
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来日公演ではドロテ・ジルベール×ユーゴ・マルシャン、ミリアム・ウルド=ブラム×マチュー・ガニオ、リュドミラ・パリエロ×マルク・モローの3組が主役のマノンとデ・グリュー役を踊る。演劇バレエの金字塔のひとつと言える『マノン』は、主役だけでなく脇を固めるダンサーたちの仕事も作品の出来を大きく左右する。金銭のためにデ・グリューに対して不貞を繰り返すマノンであるが、実はその裏には衛兵の兄レスコーの存在があるのだ。彼女は美しくも、善悪の判断がよくできない16歳。マノンの毛皮や宝石などの贅沢嗜好につけこんで、彼女に客を紹介するのが兄レスコー。彼を信頼している彼女はそれゆえに、デ・グリューとの愛だけに生きることができない。このようにレスコーはこのバレエにおいて、重要な役周りである。なおケネス・マクミランによると、彼女は貧乏を恐れているのではなく、恥だと考えているそうだ。
この狡猾なレスコーを演じるのが、ドロテ×ユーゴの回はパブロ・レガサ。ずる賢くも、どことなく茶目っ気を感じさせるレスコーだろう。ミリアム×マチューの回は、アンドレア・サリが優しさと気の弱さをときに感じさせる悪兄を演じる。リュドミラ×マルクの回はフランチェスコ・ムーラで、抜け目のない小悪党ぶりを発揮するのでは? それぞれの個性を主役を踊る2名との関係で見ると、なかなかおもしろい配役だ。レスコー役には第2幕の遊戯室において、酒瓶片手に酩酊状態で愛人と踊るパ・ド・ドゥという大きな見せ場がある。愛人を振り回し、ときに放り投げそうになりながら踊る。パブロはロクサーヌ・ストヤノフと、アンドレアはエロイーズ・ブルドンと、そしてフランチェスコはシルヴィア・サン=マルタンがパトーナー。観客の心をどこまで捉えて、笑わせられるかは愛人役の反応も重要なので、楽しみにしたいシーンだ。ちなみに過去の公演ではレスコーおよび愛人にはエトワールたちが配役されていて、1998年の公演では現芸術監督ジョゼ・マルティネスはエトワール1年目で、レスコー役を踊っている。最近ではこの来日公演でもそうだが、芸達者なプルミエ・ダンスールたちの活躍が頼もしい。
ドロテ・ジルベール×ユーゴ・マルシャンの『マノン』のレスコーとその愛人は、パブロ・レガサ(左/プルミエ・ダンスール)とロクサーヌ・ストヤノフ(右/プルミエール・ダンスーズ)。photos:Julien Benhamou/ OnP
リュドミラ・パリエロ×マルク・モローの『マノン』のレスコーとその愛人は、フランチェスコ・ムーラ(左/プルミエ)とシルヴィア・サンマルタン(右/プルミエール)。
ミリアム・ウルド=ブラム×マチュー・ガニオの『マノン』のレスコーとその愛人は、アンドレア・サーリ(左/スジェ)とエロイーズ・ブルドン(右/プルミエール)。photos:Julien Benhamou/OnP
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『マノン』etc...
パリ・オペラ座バレエ団が世界屈指のバレエ団と称される理由のひとつに、優れたコール・ド・バレエの仕事が挙げられる。『マノン』では『白鳥の湖』『くるみ割り人形』などのヌレエフ作品のようにコール・ド・バレエの大勢のダンサーが一糸乱れず、といった振り付けは見られないものの、彼らのテクニックと芸術性が問われるシーンが盛り込まれている。これもまた演劇バレエを見る楽しみのひとつだ。
物語の始まりは、貴族もいれば高級娼婦も売春婦もいて、というパリの近くの旅籠の中庭。ここでマノンとデ・グリューが出会う前、物乞いの親分と6名の子分のダンスに目を向けよう。前シーズンのオペラ・ガルニエでの公演では親分役はフランチェスコ・ムーラ、アンドレア・サリが踊ったが、来日公演で彼らはレスコー役である。日本では誰だろう。振り付け上、比較的小柄で柔軟な身体のダンサーのはずだ。子分6名はコール・ド・バレエの若い男性ダンサーにとって、物乞いの衣装はさておいて配役されたらうれしいという役。この6名の顔ぶれにも、ぜひ注目を。
『マノン』の第1幕。貴族、クルティザンヌ、売春婦、物乞いたちが入り乱れる旅籠の中庭から物語が始まる。金持ち貴族GMがマノンに気を引かれているのをレスコー(右)は見逃さない。photo:Svetlana Roboff/ OnP
第2幕はマダムの個人邸宅が舞台。ここはクルティザンヌ、貴族、金持ちが集う遊技場である。18世紀に実在したセーヌ河岸のトランスシルヴァニア邸がインスピレーション源となっていて、第1幕の中庭で女性を物色していた貴族男性たちが、この館内ではマノンとアダージュを踊る。男性ダンサーは技術だけでなくエレガンスが問われるので、配役が気になるところだ。
第2幕。レスコーの愛人(中央)とクルティザンヌたち。2015年の公演時の写真から。photo:Ann Ray/ OnP
マノンやクルティザンヌ、貴族たちのコスチュームにも目を向けよう。パリ・オペラ座において優秀なのはコール・ド・バレエに加えて、内部のクチュールアトリエの仕事が挙げられる。そこで生み出されるオートクチュールのように精巧に仕上げられたゴージャスな衣装も作品の価値に大きな役割を担っている。『マノン』の舞台装飾とコスチュームのデザインは ニコラス・ジョージアディス。音楽はすべてジュール・マスネによるが、彼による1884年のオペラ『マノン』の音楽ではない。ケネス・マクミランがロイヤル・バレエ団のために1974年にバレエを創作した際に、かつてバレエ・リュスのダンサーだったレイトン・ルーカスに依頼したマスネの作品からの選曲だ。ダンサー、音楽、舞台装飾、衣装のすべてが一体となり見ごたえのある作品をフレンチエレガンスを誇るパリ・オペラ座バレエ団が踊る。この全幕『マノン』は見逃せない。
第2幕。18世紀の夜の世界の雰囲気が盛り込まれた舞台装飾、衣装......。photo:Svetlana Loboff/ OnP
『白鳥の湖』全4幕(幕間含めて2時間50分予定)
2月8日(木)18:30
オニール八菜(オデット/オディール)、ジェルマン・ルーヴェ(ジークフリート王子)、トマ・ドキール(ロットバルト)
2月9日(金)18:30
パク・セウン(オデット/オディール)、ポール・マルク(ジークフリート王子)、ジャック・ガストフ(ロットバルト)
2月10日(土)13:30
ヴァランティーヌ・コラサント(オデット/オディール)、ギヨーム・ディオップ(ジークフリート王子)、アントニオ・コンフォルティ(ロットバルト)
2月10日(土)18:30
オニール八菜(オデット/オディール)、ジェルマン・ルーヴェ(ジークフリート王子)、トマ・ドキール(ロットバルト)
2月11日(日)13:30
アマンディーヌ・アルビッソン(オデット/オディール)、ジェレミー=ルー・ケール(ジークフリート王子)、ジャック・ガストフ(ロットバルト)
『マノン』全3幕 幕間含めて2時間45分予定
2月16日(金)19:00
ドロテ・ジルベール(マノン)、ユーゴ・マルシャン(デ・グリュー)、パブロ・レガサ(レスコー)、ロクサーヌ・ストヤノフ(愛人)
2月17日(土)13:30
ミリアム・ウルド=ブラーム(マノン)、マチュー・ガニオ(デ・グリュー)、アンドレア・サリ(レスコー)、エロイーズ・ブルドン(愛人)
2月17日(土)18:30
ドロテ・ジルベール(マノン)、ユーゴ・マルシャン(デ・グリュー)、パブロ・レガサ(レスコー)、ロクサーヌ・ストヤノフ(愛人)
2月18日(日)13:30
リュドミラ・パリエロ(マノン)、マルク・モロー(デ・グリュー)、フランチェスコ・ムーラ(レスコー)、シルヴィア・サン=マルタン(愛人)
2月18日(日)18:30
ミリアム・ウルド=ブラーム(マノン)、マチュー・ガニオ(デ・グリュー)、アンドレア・サリ(レスコー)、エロイーズ・ブルドン(愛人)
料金:10,000円〜27,000円
【全日程残席僅少。チケットのお求めはお早めに】
●問い合わせ先:
NBSチケットセンター
03-3791-8888
www.nbs.or.jp
editing: Mariko Omura