『くるみ割り人形』と「イリ・キリアン」、オペラ座を沸かせた年末公演。

例年どおり、2023年も12月はガルニエ組とバスティーユ組に分かれてパリ・オペラ座バレエ団による2つの公演が開催された。オペラ・バスティーユではクリスマス期の風物詩的バレエである『くるみ割り人形』、そしてオペラ・ガルニエでは振付家イリ・キリアンの4作品というプログラムで、両劇場ともほぼ連日満員御礼。12月23日(土)は両劇場でマチネとソワレという合計4公演が行われ、インスタグラムで活発に発信している芸術監督ジョゼ・マルティネスは「たった1日の間に、パリ・オペラ座バレエ団が8509名に夢を与えた」と書き、そして団員、裏方のスタッフに感謝の言葉を贈った。この日と12月25日に予告されていたストが直前に回避決定され、その安堵の気持ちも込められたメッセージと言えそうだ。

オペラ・バスティーユ『くるみ割り人形』

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ドロテ・ジルベールとギヨーム・ディオップ。後ろには学校の生徒たちが。photo:Agathe Poupeney/ Onp

ルドルフ・ヌレエフ版『くるみ割り人形』は初日が始まる前に主役の組み合わせに入れ替えがあり、また最初の2公演はストの影響でキャンセルとなり、そして12~13年ぶりに主役を踊るはずのミリアム・ウルド=ブラームが自身の初日の前日に健康上の都合で降板!と、なかなかに波乱万丈にスタート。そんな中で配役決定当時はスジェで2024年1月からプルミエール・ダンスーズというイネス・マッキントッシュが、エトワールのポール・マルクを相手にヒロインのクララをフレッシュに、しかも堂々と踊って初役ふたりによる舞台は成功を収めた。今回の公演で主役を踊ったのは彼らに加え、ドロテ・ジルベール×ギヨーム・ディオップ、パク・セウン×ジェルマン・ルーヴェ、マリーヌ・ガニオ×マルク・モロー、エロイーズ・ブルドン×トマ・ドキールという組み合わせ。この中で作品を過去に踊っているのはドロテ・ジルベールとジェルマン・ルーヴェのみという、見事な世代交代が見られた。どの配役も技術的・芸術的に見ごたえのあるステージで、またコール・ド・バレエの健在ぶりも証明され、パリ・オペラ座の明るい未来が見えるよう。ちなみにドロテもイネスもギヨームも学校の生徒時代に子ども役で『くるみ割り人形』に出演しているそうだ。今回踊った生徒たちの中にも、そんな未来のソリストがいたのかもしれない。

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ドロテ・ジルベール×ギヨーム・ディオップ。photo:Agathe Poupeney/ Onp

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イネス・マッキントッシュ×ポール・マルク。photo:Agathe Poupeney/ Onp

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パク・セウン×ジェルマン・ルーヴェ。photo:Agathe Poupeney/ Onp

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マリーヌ・ガニオ×マルク・モロー。photo:Agathe Poupeney/ Onp

クララの妹ルイザ役は今回全員が初役で、その中には11月のコンクールでスジェ昇級が決まったオルタンス・ミエ=モーラン、そしてコリフェのルナ・ペーニェも配役され、ステージに爽やかな若々しさがもたらされた。オルタンスは12月23、24日はギリシャ・バレエ団で怪我で降板したダンサーに代わって、ジェレミー=ルー・ケールと『くるみ割り人形』を踊る、という活躍の翌日にオペラ・バスティーユに戻って妹役というハードスケジュールだったが、それでも華奢なつま先から放たれるエレガンスはいつもどおり。2022年に入団し、すでにスジェという彼女のこれからに期待したい......と思っていたところ、3月26日にアントワーヌ・キルシェールをパートナーに彼女が『リーズの結婚』の主役を踊ることが発表された。。

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入団したてのダンサーも含むコール・ド・バレエ。photo:Agathe Poupeney/ Onp

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オペラ・ガルニエ「イリ・キリアン」

オペラ・ガルニエの「イリ・キリアン」の4作品は、『Gods and Dogs』『Stepping Stones』『Petite Mort』『Sechs Tänze』で、『Stepping Stones』以外は今回がレパートリー入りという刺激的なプログラム。狂気、神秘、官能、ユーモアと4つの作品は異なる味わいで観客を熱狂させていた。イリ・キリアンがカーテンコールで登場した晩は、スタンディング・オベーション! 最近数を増しているパリ・オペラ座のコンテンポラリー作品ファンをおおいに熱狂させたのは作品の魅力および、カドリーユからエトワールまでのダンサーたちの高い芸術性ゆえだろう。バレエ団の新たな魅力とパワーが確認できた。パリ・オペラ座バレエ団の来日公演というとヌレエフを始めとするクラシック作品となるが、いつかこんな来日公演があってもいいのでは?

こちらでは"登用"という点で、『くるみ割り人形』以上に見るべきものがあったと言える。配役表に並ぶ名前は、若手に限らず、これまでソロはもちろんデュオすらステージで披露する機会があまりなかったというダンサーたち。ステージで表現の機会が得られた彼らが力を発揮しないわけがない。見ごたえたっぷりの4作品だった。

『Gods and Dogs』(2008年)ではフランチェスコ・ムーラ(プルミエ・ダンスール)とルー・マルコー=ドゥルアール(カドリーユ)が交代でメインのダンサーを踊った。全身の筋肉を駆使し、痙攣のように身体を動かし、自らの身体を打ち、床に這いつくばって、といった激しい振り付けで観客を魅了した。日頃鍛えている身体があってのソロは見事で、フランチェスコはこうした振り付けの中にもパリ・オペラ座のダンサーらしい優美さを感じさせた。彼が見せた半人半獣的な踊りに、これまでクラシック作品で準主役ということが多かった彼に新しい世界が開けたといった印象。彼は来日公演『マノン』ではマノンの兄レスコー役を踊る。実力ある彼は、日本の観客を魅了することだろう。

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『Gods and Dogs』。驚くほどの柔軟性と身体能力の高さの持ち主、ルー・マルコー=ドゥルアールはオペラ座のコンテンポラリー作品に不可欠なダンサーだ。photo:Ann Ray/ OnP

この作品でのアンドレア・サリの活躍も見事で、クラシック作品にもコンテンポラリー作品にも優れたダンサーであると再確認させるステージだった。今年スジェに上がったニンヌ・セロピアンとのデュオは呼吸ぴったりで、何度でも見たい!と思わせる完成度の高さ。優れた身体能力の持ち主である彼女は『Stepping Stones』でも、リュドミラ・パリエロ、オニール八菜といったエトワールと並んで引けをとらない見事なダンスと存在感を見せた。

『Gods and Dogs』でもう1名目を惹いた女性ダンサーは、カン・ホヒュン(スジェ)だ。華奢な身体に詰まった筋力が駆使されたメリハリの利いた動きが見事だった。彼女は同プログラム内の『Petite Mort』では長い手脚を優美に動かし、彼女特有の詩的でセンシュアルな香りを発揮。クラシック作品でも見ごたえのある踊りを見せる彼女である。来日公演にも参加するのではないだろうか。アポリーヌ・アンクティル(カドリーユ)も好演。彼女は2月8日から始まるオハッド・ナハリンの『Sadeh21』でも活躍の模様。これからコンテンポラリー作品でフォローすべきダンサーのひとりに違いない。

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ヴァランティーヌ・コラサントとジュリアン・ギュイマール。photo:Ann Ray/ OnP

キリアンはチェコ出身であり、フランツ・カフカの国だと自身を語る。この『Gods and Dogs』はアナグラムがタイトルのベースにあり、神が犬となり犬が神となるというシュールかつ不条理さは確かにカフカ的と言えるかもしれない。エレクトロミュージックとベートーベンの弦楽四重奏の音楽にのせて、全体に暗い空間の中で踊られる作品で、ダンサーたちの身体を掘り削るような照明は女性ダンサーたちの脚をどこまでも長く見せていた。舞台セットは極めてシンプル。上から垂れ下がる何本もの細いコードの背景が中盤、音楽の変調に合わせて大きく左右に揺れて強い視覚的効果を生み出した。なお途中ステージ上の幕には、舌を出して突進してくる犬の映像が。

この作品の後20分の幕間があり、ステージ上に猫が3匹、頭上に平面のピラミッドという装置で儀式的雰囲気が支配する『Stepping Stones』(1991年)がスタート。2001年、2004年にオペラ座で踊られた際に驚くほどの数のエトワールが配役されていたが、今回も『くるみ割り人形』に出ないエトワール全員がこの作品を踊った。

ダンスの伝統と継承をテーマに4組が踊る作品で、エトワールに加えてダニエル・ストークス(スジェ)やジャック・ガソット(スジェ)、そしてコリフェに上がったアレクサンダー・マリラノフスキー、クレマンス・グロスたちも活躍を見せた。ダンサーたちが手に持ち、ときには足の間に挟んで踊るのはブランクージの彫刻のミニチュアである。叩きつけるような鍵盤の高音と打楽器が交じり合ったような、いささかとっつきにくい音楽はジョン・ケールのプリペアード・ピアノが生み出す音。この音にのせ、キリアンには珍しく女性ダンサーはポワントで踊る25分の作品だ。

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『Stepping Stones』。オニール・八菜とユーゴ・マルシャン。photo:Ann Ray/ OnP

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リュドミラ・パリエロとジャック・ガソット。photo:Ann Ray/ OnP

『Stepping Stones』の後、再び20分の幕間。次の『Petite Mort(小さな死)』(1991年)はモーツァルトの音楽に乗せて踊られる"オルガスムス"を意味するタイトルのバレエで、男女6組が濃密かつポエティックに身体を絡ませて踊る6つのパ・ド・ドゥはどれも実に美しい。オーバヌ・フィルベール(スジェ)とイヴォン・ドゥモル(コリフェ)、ジェエニファー・ヴィゾッキ(コリフェ)とミロ・アヴェック(カドリーユ)といったコール・ド・バレエのダンサーたちも素晴らしいパフォーマンスを披露した。音楽はバレエファンには『ル・パルク』のフライイング・キスでおなじみのモーツァルトのピアノ協奏曲21番、そして23番。美しいメロディーが、秘めやかなダンサーの身体の動きを優しく撫ぜるようだった。

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『Petite Mort』より。左はアリス・カトネとダニエル・ストークス、右はヴァランティーヌ・コラサントとジャック・ガソット。photo:Ann Ray/ OnP

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ローラー付きのビュスティエ・ドレスを抱え、滑るように踊る女性ダンサーたち。photo:Ann Ray/ OnP

最後の『Sechs Tänze(6つのダンス)』(1991年)はその前に踊られた『Petite Mort』同様に、モーツァルトの音楽が用いられている。独立した2作品だが、幕間なしに続けて踊られてカーテンコールは2作品一緒という構成だった。フラゴナールの絵画『閂』からインスピレーションを得てキリアンが創作した『Il faut qu'une porte...』と同じく、ダンサーたちは18世紀風の白い下着姿である。おどけた振り付け、大げさな表情でステージ上を跳ねたり、転げたり。配役されたのは、ほとんどがコール・ド・バレエのダンサーたちで、カドリーユも少なくなく、ステージ上で弾ける彼らの喜びが観客を巻き込む、という作品だった。山本小春(カドリーユ)、桑原沙希(コリフェ)の2名の日本人ダンサーには名前を世間に知らしめる良い機会となったに違いない。

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『Sechs Tänze』より。左は桑原沙希とアンドレア・サーリ。右はフランチェスコ・ムラ(プルミエ・ダンスール)とアンドレア・サーリ(スジェ)で、"メガスター"という役どころだ。photo:Ann Ray/ OnP

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15分と短い作品の中に、遊びが散りばめられている。photo:Ann Ray/OnP

アレクサンダー・エクマンの『Play』以降、コンテンポラリー作品を目がけて集まる若い観客が増えているパリ・オペラ座。彼らは今シーズンは『Sadeh21』、そして6月22日からのピナ・バウシュの『Barbe-Bleue』を見にガルニエ宮に戻ってくるだろう。3月20日に来シーズンのプログラムが発表される。この2024-25も前デュポン芸術監督が用意した作品が含まれていて、マルティネス芸術監督とふたりが半々ずつといったプログラムである。どんなコンテンポラリー作品が踊られるのだろうか。

余談になるが、この『くるみ割り人形』「イリ・キリアン」でオペラ座を去るコール・ド・バレエのダンサーの最後の公演日に、会場で配る配役表のカバーにその旨が記載されていた。2022年12月の就任以来、ダンサーたちのやる気を刺激し、団員たちと良い関係を築いているマルティネス芸術監督。こうした人間的配慮も団員にはうれしいことだろう。

editing: Mariko Omura

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