スーパースター・ガラで再来日するドロテ・ジルベール。今年は彼女の日本年。

パリ・オペラ座のダンサーたちがよく知る海外の国のひとつは、日本。ドロテ・ジルベールにとってもそれは言えることだが、今年2024年はとりわけと言えそう。2月はパリ・オペラ座来日公演で『マノン』を踊り、夏にも世界バレエフェスティバルに参加。そして10月4日から6日にかけて開催される「スーパースター・ガラ2024」で再び来日し、英国ロイヤルバレエ団のリース・クラークをパートナーに東京文化会館のステージに立つのだ。

パリ・オリンピックの思い出

今年のフランスはパリ・オリンピック年。ふくらはぎの怪我で残念ながら『白鳥の湖』を降板したドロテだが、7月14日に白鳥の衣装をつけたコール・ド・バレエのダンサーたちを背景に、バスティーユ広場でエトワールのユーゴ・マルシャンと聖火を掲げたことは既報のとおりである。このユニークな体験からまずは語ってもらおう。

「オリピックの聖火を手にするって、なんて素晴らしいこと! 一生に一度の体験ができて、これは最高だったわ。トーチを手にできるのは本番だけというので、ちょっとばかりストレスだったので、前日にユーゴと少し稽古をしたの。聖火の重さをインターネットで調べたら1.5kgとあったのでミネラルウォーターのペットボトルを持ってね。でもボトルに比べて本物は丈があったし、トーチを持った瞬間にはものすごい熱気を感じて、慌てて身体から遠のけたのよ。あのユーゴが私を高く持ち上げるフランボー(注:フランス語で炎、松明の意味)のポルテのアイデアはジョゼ(・マルティネス芸術監督)なのだけど、彼も『君たちも予想してただろうけど』って言ったように、聖火のトーチを掲げるのにはもっとも理に適ってるポルテよね。このテクニックは『オネーギン』の第1幕、そして『ラ・バヤデール』でもやり慣れているので、怖いということはないの。『ラ・バヤデール』で私を持ち上げてくれたのはオードリック(・ブザール)だった。彼もユーゴも背が高いだけでなく力が強いので、安心して身を任せられるでしょ。だからトーチを持ってのフランボーは全然問題なかったのだけど、足場となる壇のスペースがあまり大きくない上に、少し動くので......でも無事にうまくいったわ」

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7月14日、バスティーユ広場で聖火を掲げたドロテ。photography: Agathe Poupouney/OnP

パリ・オリンピックの開会式は東京行きの飛行機の中にいたのでリアルタイムでは見ていないそうで、また東京にいる間も時差ゆえに競技を見ることは、あまりなかったそうだ。とはいえフランス中を興奮させたレオン・マルシャンの水泳だけは見逃さず! オリンピック競技の選手たちが観客の声援に試合中励まされるように、観客の反応はダンサーにとってもおおいに大切なことだと語るドロテ。

「ヴァリアッションが終わった後の拍手が強かったりそれほどでもなかったりで、観客の反応を測ることができるの。踊っている途中ではフェッテを除いて、日本人もフランス人も観客は拍手をしないけれど、一度アメリカのツアー中に忘れがたい体験をしたのよ。とても昔のことで、まだ夫のジェームズと知り合う前だから2012年頃のことね。『ジゼル』の第2幕で、私がヴァリアッションでポワントで踊ると途中で拍手があって、さらにポワントで少しでも片足バランスをとるとすぐに拍手があって。これって奇妙なのだけど、もうちょっとやってみたくなって......(笑)、結構うれしいことなのよ。私の踊りを好んでくれるということだから、踊る邪魔にはならなかった。むしろ刺激的と言っていいくらい。こうした点、スポーツ選手たちと同じと言えるわね。これとは逆に、いちど信じがたい体験を海外ツアー中にしたことがあるの。公演スポンサーの招待客だけの晩があって、会場は半分くらいしか埋まっていないうえ、見に来ている人たちにしてもバレエを見慣れていない。だからヴァリアッションを終えても、拍手がなくて会場はシーンと静まり返ったまま。これは私たちダンサーにはひどく恐ろしいことよ。私もパートナーもその日もベストを尽くしたというのに。公演後、涙が出てしまったわ」

公演後、行列を作って劇場の外でファンが待つのは日本でおなじみの光景だが、これも喜ばしいことだそうだ。ドロテも初回から参加している、フランス国内のシャトーの前のステージで踊るガラというユーゴ・マルシャン発案の公演Les Etoiles au château(レゼトワール・オ・シャトー)でも似たような光景が展開する。

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シャンボール城で7月に開催された「レ・ゼトワール・オ・シャトー」より。子どもたちは通路に座って鑑賞、というようなこの公演のリラックスした雰囲気をドロテは気に入っている。photography: Mariko Omura

「この公演はバックステージがないので、公演後ステージの後ろにいる私たちの姿が見に来ていた人たちに見えるの。それで帰りがけに観客がダンサーに声をかけてくれて、と......最初はこうして自然に始まったことなのだけど、いまはそれも公演の一部になってるのよ。ダンサー全員が公演後観客の近くに行って話をし、サインをし、写真を撮ってというのが習慣になってる。もともとステージと観客がとても近い距離の公演。とても良いガラよ。チケットは映画館と同じように13ユーロと安くて素晴らしい。でもこの金額で開催するには、メセナの助けがとても大切なのよ」

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日本の田舎を旅したこの夏

日本でもお寺の前などでこうした公演ができたら!と、目を輝かせるドロテ。日本贔屓の彼女らしい。この夏は初めて日本の田舎を10日間かけて旅をしたそうだ。

「飛騨高山、白川郷......それから名前が思い出せないのだけどもうひとつの合掌造りの集落の世界遺産の村に行ってきたの。日本だからバスは時刻表通りに来るし、車がなくても村から村へと観光をするのは難しくなかった。とても楽しかったわ。伝統的な古民家で宿泊もしたのよ。家の持ち主は小柄な日本女性で、自宅の庭で育てたっていう野菜でお料理を作ってくれて、これはおいしすぎるほどだった。この家はブッキング・コムで見つけたの。そうじゃないと、こうした旅はできなかったと思うわ。2部屋あって最初の晩は私たちだけで、2日目は日本人の3人家族が一緒だった。彼らはダンスについては知らないようで、だから私は単なるツーリストよ(笑)。娘のリリーはこの日本旅行がすごく気に入って、帰りたくないって泣いたくらい」

スーパースター・ガラで再来日

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ドラマティック・バレエを踊ることがここのところ多いドロテ。こうしたクラシックバレエのチュチュで踊るのは、日本では久しぶりではないだろうか。photography: Hidemi Seto/Courtesy of Superstar Gala 2024

そのリリーは一緒ではないが、ドロテは10月4日~6日に東京文化会館で行われる『スーパースター・ガラ2024』で来日する。英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル、リース・クラークが彼女のパートナーだ。

「10月というパリ・オペラ座のシーズン開幕の時期に日本に行くって珍しいことね。リースと踊るのはこのガラが初めて。彼と踊ることになるとは知らずに、この夏に彼のステージを見る機会があったのだけど、とても良いパートナーだという印象を受けたの。彼がモデルエージェンシーに所属しているとは知らなかったけど、美しいし、とても背が高くて......ひょっとするとユーゴより大きいんじゃないかしら」

このインタビューが行われたのはリースとのリハーサルが始まる前。彼と踊る演目のひとつである、マニュエル・ルグリの『海賊』のアダージョをドロテは運よくルグリ本人とパリで稽古する機会があったそうだ。

「日本のバレエファンが見慣れた『海賊』とは違って、これはマニュ(注・マニュエル・ルグリ)が振り付けたバージョン。私たちが踊るのはその中の地下室の中での愛のパ・ド・ドゥで、とてもロマンティックなんですよ。愛するふたりの喜びにあふれる踊りで、そうね、ちょっと『ロミオとジュリエット』のイメージね。でも、私はジュリエットのような子どもじゃなくって恋する大人の女性なの」

リースと彼女が踊るもうひとつの演目は『眠れる森の美女』の第3幕からグラン・パ・ド・ドウだ。これはガラの芸術監督パトリック・ド・バナのセレクションだという。

「このパ・ド・ドゥはとても美しい。リースが踊ったかどうかは知らないけれど、ロイヤル・バレエ団でもよく踊られる作品ね。彼はプリンス系だから、この役に向いてると思う。初めてのパートナーと踊るということについては不安はないどころか、その逆でとてもエキサイティングだと感じてるの。彼とうまく行くって信じてるわ」

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英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル、リース・クラーク。photography: Courtesy of Superstar Gala 2024
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リース・クラークはドロテ・ジルベールと『眠れる森の美女』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥとマニュエル・ルグリ版『海賊』からアダージョを踊る。photography: Courtesy of Superstar Gala 2024

意外なことに、オペラ座では過去に『眠れる森の美女』をドロテは踊ったことがないそうだ。ブリジット・ルフェーヴルが芸術監督だった時代は彼女はコンテンポラリー作品に配されていた。年末にこの作品のような古典大作がオペラ・バスティーユで踊られる時、オペラ・ガルニエはコンテンポラリーのプログラムが踊られるのが通例。それでコンテンポラリー組だったドロテは、『眠れる森の美女』には配役されていなかったのだ。

「オーレリー・デュポンが芸術監督となって、クラシック作品に配されるようになったの。この作品は長いこと踊られていなくって、最後の公演は2013年の12月。10年以上も前ね。この時私は妊娠中だったので......。今シーズン、久々に『眠れる森の美女』がオペラ座で踊られ、おそらく私は初役で踊ることになると思う。引退年齢近くに初めて取り組むわけだけど、この作品を過去に踊っていないのは幸いなことなのよ。というのも一度も踊ってないのだから、"ああ、昔はもっとうまく踊れたのに"というような比較がないでしょ。踊ることになっても、自分にプレッシャーをかけるつもりは全くないわ」

さてスーパースター・ガラについて、ドロテを喜ばせていることがもうひとつある。それはミリアム・ウルド=ブラームが参加することだ。

「5月18日の彼女のアデュー公演以来、会っていないの。彼女と私って、オペラ座のピラミッドを一緒に上がっていったのよ。彼女は穏やかだけど私はエネルギーにあふれ、彼女はブロンドだけど私は......というようにダンサーのタイプとしては正反対。でも廊下で長々と立ち話をしたりとか、気が合う仲だったの。だから東京で彼女とまた一緒に仕事ができるのは、とてもうれしいわ。気候の良い季節にこうして再び日本に行けるのも、本当に幸せ。これまで私が踊ったことのない演目を日本の観客のみんなが気に入ってくれて、サポートしてくれることを期待しています」

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「スーパースター・ガラ2024」の後、パリに戻るドロテを待っているのは『マイヤリング』。ユーゴ・マルシャンをパートナーに彼女はマリー・ヴェツラ役を踊り、さらに今シーズンは初役でラリッシュ伯爵夫人にも配役されている。photography: Ann Ray/OnP

『スーパースター・ガラ 2024』
日時:2024 年10月4日(金)19:00開演、10月5日(土)13:00開演、10月5日(土)18:00開演、10月6日(日)15:00開演
会場:東京文化会館大ホール
出演:スヴェトラーナ・ザハロワ(ボリショイ・バレエ団 プリンシパル) 、ドロテ・ジルベール(パリ・オペラ座バレエ団 エトワール) 、ミリアム・ウルド=ブラム(パリ・オペラ座バレエ団 元エトワール) 、オクサナ・スコーリク(マリインスキー・バレエ団プリンシパル)、上野水香(東京バレエ団ゲスト・プリンシパル)、リース・クラーク(英国ロイヤル・バレエ団 プリンシパル) 、ウラジーミル・シクリャローフ(マリインスキー・バレエ団 プリンシパル) 、バクティヤール・アダムザン(アスタナ国立オペラ・バレエ劇場 プリンシパル) 、アレハンドロ・ヴィレルス(元ベルリン国立バレエ団プリンシパル)、パトリック・ド・バナ(フリーランス・ダンサー 振付家 本公演芸術監督)
http://super-stars-gala.com/

editing: Mariko Omura

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