レンガと土。建築家、田根 剛の最新建築と食の空間。
デザイン・ジャーナル 2020.07.22
開館を楽しみにしていた美術館が、今月、ついにグランドオープンを迎えました。青森県弘前市に誕生した「弘前れんが倉庫美術館」です。建築設計は田根 剛さん。
この美術館と、田根さんが日本では初めてレストラン空間を手がけた表参道の「GYRE.FOOD(ジャイルフード)」について、本人にインタビュー。語ってくれた各プロジェクトの背景とそこに込められた想いをご紹介しましょう。
弘前れんが倉庫美術館。photo: Daici Ano / 阿野太一
自身のスタジオ、Atelier Tsuyoshi Tane Architectsをパリに設け、国際的に活躍している建築家の田根さん。10年越しのプロジェクトで2016年に完成した、エストニア国立博物館の設計でも注目を集めました。
東京都現代美術館での開催に続き、先日、兵庫県立美術館で開幕した展覧会「ミナ ペルホネン/皆川 明 つづく」の会場構成も手がけています。
既存のレンガ壁を傷つけることなく耐震や改修の工事が行われた。photo: Daici Ano / 阿野太一
弘前れんが倉庫美術館の建物は、100年という長い歴史をもつ吉野町煉瓦倉庫を改修、改築したものです。明治時代から大正時代に酒造メーカーの工場と倉庫がつくられ、1950年代には日本で初めて大々的なシードルづくりが始められた歴史のある場所です。
「100年前に建てられた倉庫を建築としてどう継承していけるのか。近代の産業遺産を現在の文化に積極的に活用しながら、未来にどう活かしていけるのかと考えました」
さまざまな時が重なり、未来へと続いていく。photo: Daici Ano / 阿野太一
田根さんが自身の活動で常に大事にしているのは、受け継がれてきた記憶や風景の再生を大切に、未来へと向かう時を紡いでいく場をつくること。「失ったものを記憶の継承によって取り戻す」という田根さんらしい考えも、この美術館から伝わってきます。
「レンガ専門に建築の修復を行う日本の職人さんと工場に、レンガ研究をしてもらったりもしました。倉庫がつくられた当時とは技術も異なりますが、いまつくることのできる現代のレンガ建築に取り組んでみたい、先人の仕事から学び未来をつくろうと、みんなが同じ気持ちで進めてきたプロジェクトです」
太陽の光を受けて輝く、チタンの屋根材を組み合わせた菱葺(ひしぶき)屋根。photo: Daici Ano / 阿野太一
太陽の光をあびて燦然と輝く屋根はシードル・ゴールドの色。時間の経過によって刻々と表情を変化させていくこの屋根も、倉庫の歴史を伝えると同時に、ここから先、未来の風景をつくっていく大切なひとつです。
9月22日まで開催中の開館記念展「Thank You Memory ― 醸造から創造へ ―」も、「場所と建物の『記憶』」に焦点をあてた内容となっている。8名のアーティストの新作を中心とした力作を、この場で目にしたい。写真は展示風景。photo: Daici Ano / 阿野太一
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"循環"を考えた土の空間「ジャイルフード」。
田根さんの世界を満喫できるプロジェクトを、さらに紹介しましょう。
表参道にあるGYRE(ジャイル)のレストランフロア「ジャイルフード」。4階全体、1000㎡をリニューアルした広々とした食の空間です。
インタビュー時、ジャイルフードでの田根さん。階段状に並んでいるのは木の塊。ここに座ってバーのドリンクを飲んだりくつろいだり、自由に過ごすことができる。photo: Masaya Yoshimura /吉村昌也
真鍮でつくられた照明もオリジナルのデザイン。photo: Masaya Yoshimura /吉村昌也
ジャイルの総合ディレクターである平尾香世子さんを中心に、「restaurant eatrip」をはじめ、食の提案を続ける野村友里さんも参加するジャイルフード。
「ジャイルの誕生時から平尾さんが大切にしてきたコンセプト『ショップ&シンク』にまず共鳴しました。消費活動だけでなく、世の中で起きていることを意識しながら生活する循環活動が可能かが、問いかけられています。その考えのもと、オリジナルのフードフロアをつくるプロジェクトに関心を持ちました」
プロジェクトのスタート時、田根さんが平尾さんや野村さんと話すなかで挙がったのが、「循環」と「土」。遺跡を訪ねたような感覚にもなるこのフロアをかたちづくっている主な素材が、土なのです。
柱も土です。photo: Masaya Yoshimura /吉村昌也
「土は、人と食とをつなぐ」との考えで、床、壁、天井がすべて土。数十トンの土が建物4階のこのフロアに運ばれていた状況を思わず想像してしまいます。「建物内だというのに土木工事のような感じで、左官職人さんに土と水を練り込んでもらいました」
田根さんは昨年、パリ市内に建つ築100年の一軒家を再生させた、「Restaurant Maison」の空間を完成させています。そちらの床に用いられていたのはフランス各地のテラコッタでした。そう、テラコッタも土。一貫した視点を感じます。
広々としたフロアにメゾン「élan」やカジュアルレストラン「bonélan」、カフェ、デリ、バーとして楽しめる「uni」。フードディレクションは信太竜馬さん。大テーブルから植物に囲まれた席までさまざまなコーナーがつくられていて、この写真の向かいが、木片の階段状のコーナー。
磨き上げた土の表情が特色のオリジナルのテーブル。オリジナルデザインの椅子は旭川を拠点とする家具メーカー、カンディハウスで製造された。さまざまな素材が同じトーンで揃えられている。photo: Masaya Yoshimura /吉村昌也
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「食の未来と東京の未来を考えました」と田根さん。東京が都市化する以前となる古代の風景にも振り返り、さらにはかなり遠い未来にも、考えを巡らせたそうです。
「温暖化が進む地球において、東京の未来とはどのようなものだろうと、一面が土に覆われた都市に新たに植物が生えていく発想を持ちました。未来でもあり、都市化する東京の風景です」と田根さん。「そのうえで、大切な食の場をどのようにつくろうかと考えました」
「体験を持ち帰ってもらう」というコンセプトで、厳選された各地の食材のほか、うつわ、食を考える本などに出合える野村友里さんの「eatrip soil」。photo: Masaya Yoshimura /吉村昌也
「土から生まれた食材が、土に還っていく」という循環の発想は、フードロスに対する取り組みにもつながっています。「調理後の野菜の破片や植物の枯葉を集めて土をつくろうと、テラスにはコンポストの装置を設置しました。僕たちの知恵を活かして、土そのものに関わっていくことも、地球環境の未来につながることとして大切なことだと思います」
都市における循環のあり方が探られていく食のフロアでは、テラスも大切な試みが。上の写真の右奥に見える木の箱が、土をつくるコンポストの装置です。野菜ごしに都心の風景を一望できる貴重な場にも。photo: Masaya Yoshimura /吉村昌也
「ジャイルとは"渦"を意味し、宇宙のエネルギーをも表わす言葉です。そして地球はというと、1秒間に465mの距離を自転していて、30kmの速さで太陽の周りを移動しています。その状況の中、さまざまなもののバランスのうえで自然環境が保たれているわけです」
「建築のように動かないものをつくるときには、こうした地球環境に人間が生きていることを意識したうえで、つくっては壊し、ではなく、地球という大きな循環の中で考えていかないとならないのだということを意識しています」
photo: Masaya Yoshimura /吉村昌也
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造園家の齊藤太一さんによる多数の植物もジャイルフードの特色です。田根さんが都内、等々力渓谷に設計した住宅の建主でもある齊藤さん。「観葉植物が装飾的に置かれているのではなく、植物が生き生きとした場でありたいと齊藤さんには伝えました。亜熱帯化しているような東京で植物が繁っていて、枝をかきわけながら食事の席につく、といった……」
興味深い話は、土だけでなく「水」の存在についても広がっていきました。大地を感じるこの空間の心地よさとは、多数の植物があるからこそ生まれる空気の循環とも切り離せない。田根さんのことばを通して、さらにさまざまなことを考えさせられます。
photo: Masaya Yoshimura /吉村昌也
「穏やかで乾燥したヨーロッパの自然と違って、湿度が高いのが日本です。また、水分を感じるそうした空気の中、多様なものが共生しているのがアジアの文化。そして土は、空気中の水分を吸収するものでもありますよね」
「ヨーロッパと日本では、歴史的な背景も、土地に根ざした文化も異なりますが、日本で未来の文化を考える時には、土を大切に、大地と建築をもう一度つないでいきたい」と田根さん。
「ひとつの場所にひとつの建築をつくることが、僕にとっての建築の根本であると考えています。来てもらって時間を過ごしてもらい、未来に残したいと思ってもらえる場所をつくることです」
土地の記憶や風景。循環との視点と大地と食。弘前れんが倉庫美術館も、ジャイルフードも、大きな時間の流れのなかで考えられていました。
それぞれの場所の空気を、体感してみてください。
弘前れんが倉庫美術館
青森県弘前市吉野町2-1
www.hirosaki-moca.jp
GYRE.FOOD
東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 4F
https://gyre-omotesando.com/food/
Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami