金沢21世紀美術館で出会った
フィッシュリとヴァイスの世界
デザイン・ジャーナル 2010.10.01
先日、帰国時の飛行機はエアバス最新機A380でした。飛行機を見るのが好き、システマティックで無機的な飛行場がなんだかとても好き、機体デザインについて知るのが好き、機内から空を眺めているのが好き......という私は、機内の写真を撮りつつ、幸せな帰路10数時間を。
東京に戻ってすぐ、今度は羽田より小松空港へ。距離も飛行機ももちろん欧州便とは違いますが、飛行機に乗ることのできる、嬉しい、小旅行です。空港から金沢市内に移動し、目的地は金沢21世紀美術館の展覧会「ペーター・フィッシュリ ダヴィッド・ヴァイス」。
はい、今回は「デザイン・ジャーナル」に不定期に登場、アート情報です。
いつ来ても心地よい空気が流れている金沢21世紀美術館。庭には今年(2010年)、オラファー・エリアソンの常設作品『Colour activity house(カラー・アクティヴィティ・ハウス)』が加わっています。© 2010 Olafur Eliasson。Photo: Noriko Kawakami
1952年生まれのPeter Fischli (ペーター・フィッシュリ)と1946年生まれのDavid Weiss(ダヴィッド・ヴァイス)。ともにスイス、チューリヒ生まれ。同地を拠点に活動しています。
2003年ヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞に輝くなど、今や世界的な有名アーティストですが、まとまった作品を目にできる彼らの個展は、日本ではこれまでありませんでした。それだけに今回、開幕と同時に彼らの作品を目にしたいと強く思ったのです。
会場で出会ったのは、予想していた以上に幅広くて自由で、ユーモアを含みながらアイロニカルでもあるアーティストの鋭い視点です。彼らの作品でよく知られているのは、「ネズミとクマ」。2008年の横浜トリエンナーレで目にした読者も多いかもしれません。
『ゆずれない事』1980-1981 16ミリフィルム 30分、フィルム・スチル、camera: Jürg V. Walther。ハリウッドを活動拠点としていた活動初期はフィッシュリがネズミに、ヴァイスがクマに扮していました。© The artists. Courtesy The artists; Galerie Eva Presenhuber, Zürich; Sprüth Magers Berlin/ London; Matthew Marks Gallery, New York.
『庭園にて』2010、video、2008-10、ヴィデオ、ヴィデオ・スチル。© The artists. Courtesy The artists; Galerie Eva Presenhuber, Zürich; Sprüth Magers Berlin/ London; Matthew Marks Gallery, New York.
会場の一角に睡眠中のネズミとクマが。呼吸しているように胸のあたりが上下に動いています。Photo: Noriko Kawakami
タイヤやキッチン用品、家具、ハイヒールなどが絶妙のバランスを保つ様子を撮った多くの写真「均衡」も力作です。そして、身近な品々が次々とドミノ倒しのようにぶつかり、動き(エネルギー)を伝えていく映像作品、『事の次第』! 30分間、次々動いていく大小様々なガラクタたち。噂には聞いていましたが、これはすごい。
たとえばコンクリートの重いカタマリがテーブルから落ち、テーブルそのものがひっぱられてどしんとひしゃげ、水がぶちまけられ、勢いよく火が吹き......過激です。危険です。
作品制作の過程をまとめたフィルムもあわせて会場で目にできますが、こうした作品にマジメに延々と取り組む二人って......フィッシュリとヴァイス、やはり気になる。
『事の次第』1986-87、16ミリフィルム 30分、フィルム・スチル。ひとつの物がどんどん次を動かしていく。これは動かない、と思った重い塊さえもが動き出す様子など、ひとつが動きだすと次々連鎖していく社会の様子に重ねあわせながら、私は鑑賞......。© The artists. Courtesy The artists; Galerie Eva Presenhuber, Zürich; Sprüth Magers Berlin/ London; Matthew Marks Gallery, New York.
『事の成り立ち』1985/2006、DVD、フィルム・スチル、Camera: Patrick Frey。『事の次第』の制作ドキュメント。© The artists. Courtesy The artists; Galerie Eva Presenhuber, Zürich; Sprüth Magers Berlin/ London; Matthew Marks Gallery, New York.
『音と光 -- 緑の光線』1990、フラッシュライト、ターンテーブル、プラスチック製のコップ、接着テープ。H16×W25×D40cm。こちらは、使い捨てのコップや携帯用ランプといった身近なもので生まれる光のムーヴィング・イメージ。© The artists. Courtesy The artists; Galerie Eva Presenhuber, Zürich; Sprüth Magers Berlin/ London; Matthew Marks Gallery, New York.
二人が共同で最初に手がけた作品「ソーセージ・シリーズ」も不思議な魅力に包まれています。たとえばソーセージやハムのスライスが撮影されて、ん、タイトルが『絨毯屋にて』?! ......こんな調子で、いつしか二人の世界にどんどん引き込まれてしまい......。
『絨毯屋にて』(「ソーセージ・シリーズ」より)1979、カラー写真、24×36cm。© The artists. Courtesy The artists; Galerie Eva Presenhuber, Zürich; Sprüth Magers Berlin/ London; Matthew Marks Gallery, New York.
粘土でつくられた約90点の作品が並ぶ展示空間も忘れられない独特の空気を醸しだしています。『不意に目の前が開けて』という名の作品群ですが、さらに各々のオブジェにつけられたタイトルの不思議なこと、おもしろいこと。思わず考えてしまいました。その一例を記しておきます。
『路上の演奏家』、『アンドレの犬』、『イタリアのゲーテ』、『初登校の日を終え、家に帰るピーター』、『聖アントニウスの誘惑』、『モノリスの秘密を理解できないサル』、『最初のLSDトリップ中のホフマン博士』、『ピタゴラスは自身の定理に感服する』。
一見、夏休みの宿題展(...失礼!)とも思える新鮮な雰囲気も漂いますが、実は何とも奥の深い『不意に目の前が開けて』の展示風景。作品の背景である「大小様々、人間の歴史や記憶」(フィッシュリ、ヴァイス談)にも注目。Photo: Noriko Kawakami
こちらは展覧会会場の壁に貼られていた様々な要素が複雑に、細かく関係しあう様子を示したドローイング。二人の頭の中がわかります。Photo: Noriko Kawakami
世界で今起こっていることなど、「会話から制作が始まる」と二人。「コンセプチュアルなだけでなく、自分たちのその時どきの感情が含まれています」。「作品をぱっと見たときにはドライに見えるかもしれませんが、パーソナルな側面が含まれているのです」。
展覧会会場には新作も含まれていて、2008年に日本で撮影されたネズミとクマの新作、『庭園にて』の初公開も見逃せません。
......ここまで会場の様子を書いてきたら、なんだか混沌とした説明になってしまいました。彼らの作品に私が今も引き続き興奮していることもありますが(すみません!)、混沌としながらも世界に向けたクールな視点が見え隠れしていることも、まさに二人の世界の醍醐味なのです。
多種多様なものたちが絶妙のバランスをとりながら存在している、フィッシュリとヴァイスの思考の森。皆さんもその深い深い世界に、どうぞシートベルトをしっかり締めて、テイクオフを!
『エアポート』1987年〜。Cプリント、各H160cm×W225cm。各国の空港の均質さ、飛行機に垣間見える各国のアイデンティティ......。雨や夜の光などの描写が美しく、私はただただため息。この作品が粘土作品群と同じ展示室に紹介されているというのも彼ららしい見どころ。© The artists. Courtesy The artists; Galerie Eva Presenhuber, Zürich; Sprüth Magers Berlin/ London; Matthew Marks Gallery, New York.
『不意に目の前が開けて』より。Photo: Noriko Kawakami
「ペーター・フィッシュリ ダヴィッド・ヴァイス」
12月25日まで
金沢21世紀美術館
詳細はhttp://www.kanazawa21.jp

Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami