「梅の色の記憶」を飴で表現した、辰野しずかの展覧会。

テーブルウエアをはじめ家具やファッション小物など、広く活躍しているデザイナーの辰野しずかさん。活動10年目を迎えることを機に行った研究プロジェクトを、個展として発表しています。

9月30日まで開催されている「a moment in time -ume-」展。会場は代々木上原に誕生した、などや代々木上原内のギャラリースペースです。

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などや代々木上原は、築60年の民家を改装したオルタナティブスペース。立派な桜の木が残る庭の一角にはコーヒースタンド、nadoya no KaTteも。GLITCH COFFEE監修のコーヒーを味わえます。photo: Yukikazu Ito, courtesy of nadoya

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「今回の自主研究は、しばらく前から思考してきたことが複雑に絡みあうようにして始まりました」と辰野さん。

「私が普段行っているデザインの仕事は、他の方の手に渡って使われていく品々をつくることです。このようなプロジェクトの醍醐味を感じる一方で、はかなく消えゆくものの美しさにも惹かれてきました」

「また、コロナ禍が続くなか、サステイナビリティや環境についてこれまで以上に考えているところです。こうしたなかで、すべて土に還る素材として、砂糖と水からつくられる飴(あめ)に注目しました」

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辰野しずかさん。「透明な素材が好きで、飴には以前から興味をもっていました」photo: Yukikazu Ito, courtesy of nadoya
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ギャラリースペースのあるなどやからも、大きな刺激を受けたそう。

「などやプロジェクトをたちあげた建築ディレクターの岡村俊輔さんとテクニカルディレクターの遠藤 豊さんから、代々木上原での最初の展覧会として声をかけていただいたとき、彼らの活動そのものに感銘を受けました」

「などやとは、数年でとり壊される予定の民家を借りて改装し、人々がゆるやかに繋がることのできる装置のような場をつくろうとするプロジェクトです。60年ほど前に住宅として建てられ、庭の緑からも開放感を感じる空間を目にして、そのプロジェクトに寄り添いたいと強く思いました」

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異なる大きさのシリンダーが並ぶ窓辺の飴。古木、幼木、などやの木など、育った場所や季節、木の個性により、色彩はさまざま。photo: Yukikazu Ito, courtesy of nadoya

「代々木上原より先に誕生していたなどや恵比寿が借りている築60年ほどの民家にも庭があり、立派な梅の木があるのですが、来春のとり壊しがすでに決まっています。この梅の木を用いた作品に取り組んでみたいと考えました」
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草木染に惹かれ、染織家の志村ふくみさんの作品や本も目にしていたという辰野さん。「梅の木による梅染を飴で試みたい」と研究が始まりました。「草木染も初めてですが、展示の景色は最初から思い浮かんでいたので、ぜひとも実現したかった……」

とはいえ、前例のない飴の草木染。飴づくりに用いる砂糖の種類の吟味に始まり、まさに実験の繰り返しだったそう。「梅の木を煮て染料を抽出する知識や工程などは専門の方の協力をいただき、飴の染色の温度などデータとともに検証を重ねました」

「志村ふくみさんの本で、梅の木の色は、開花前や梅の実が膨らむ頃など成長のエネルギーが強い時に枝に多く蓄えられることも知りました。季節によっても、育った場所や温度、樹木の個性によっても染料の色は変わり、抽出していくなかで初めて、それぞれの木の色を知ることができます」

「プロダクトデザインとは対照的に、自然に委ねる色彩です。人間がコントロールすることは難しく、予想のつかない表情です」

210820_ST4.jpgphoto: Gottingham

210820_ST5.jpgなどや恵比寿の梅の飴。「梅の木の色の記憶を飴という透明なケースにとじ込めました」。梅の枝から抽出される染料と酢を用いて飴に染色。photo: Yukikazu Ito, courtesy of nadoya

展示には、などや恵比寿の梅の枝を型どりして飴で再現した作品も。「飴はフラジャイルな素材ですが、造形の自由度が高いことを知りました」

他にも飴でつくったうつわに飴を流し込むことから生まれた造形や、砕いた飴のかけらを積層させたことによる色の層など、さまざまな試みの様子が伝わってきます。

「どれもとても楽しかったですね。自然由来の素材である飴の発展性を知ることもできました。私が普段行っているプロダクトデザインでも、途中段階の試作などで飴を活かすことができるかもしれません」
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210820_sT6tif.jpg窓辺の飴。ゆっくりと溶けていく様子も観察できます。photo: Yukikazu Ito, courtesy of nadoya

展覧会の終了後、作品はすべて土に還されます。

時の経過とともに溶けていき、かたちを消した後にも記憶として心に残るものの存在に向きあうデザイナーのプロジェクト。「予測ができず、はかなく、循環する美しさ」とは辰野さんのことばです。

透明感をたたえた繊細な色彩の美しさを前にして、私もまた、人と自然、ものの関係に考えを巡らせるひとときを楽しみました。

「A moment in time -ume-」展 
アーティスト:辰野しずか
会期:2021年9/30(木)までの金・土・日・祝の開催。
会場:などや代々木上原 (東京都渋谷区西原3-19-3)
営)13:00 – 18:00
https://www.nadoya.jp
※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、混雑時はお待ちいただく場合があります。
辰野しずか公式サイト
https://www.shizukatatsuno.com

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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