喜びと美、自由。クリストとジャンヌ=クロードの情熱に触れる展覧会は2月12日まで。

21_21 DESIGN SIGHT で開催中の展覧会「クリストとジャンヌ=クロード “包まれた凱旋門”」。会期は来週末までとなりました。

じつは私も企画に関わる施設ですが、貴重な記録を日本で目にできるまたとない機会でもあるだけに、関心のある方々にはとくに閉幕間近であることをお伝えしたいと思います。

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クリストとジャンヌ=クロード「包まれた凱旋門、パリ、1961–2021」
photography: Wolfgang Volz ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

2021年にパリで実現された「包まれた凱旋門」プロジェクトの背景や実現までのプロセスを知ることができる本展。クリスト・アンド・ジャンヌ=クロード財団の記録写真や映像を通してプロジェクトが実現された際のパリの熱気もまた全身で感じられる内容です。

展覧会ディレクションは、映像ディレクター、デザイナー、プロデューサーとして活躍するパスカル・ルラン。パスカルさんが編集した映像からも、プロジェクトに関わった一人ひとりのエネルギーが伝わってきます。

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クリストとジャンヌ=クロード、ニューヨーク、ソーホーの自宅にて。2004年9月26日。1935年6月13日、クリストはブルガリアのガブロヴォで、ジャンヌ=クロードはモロッコのカサブランカでフランス人の両親のもとに生まれた。パリでの出会いは1958年のこと。
photography: Wolfgang Volz ©2004 Christo and Jeanne-Claude Foundation

パリ、エトワール凱旋を銀色のコーティングを施した青い布と赤いロープで包んだ「LʼArc de Triomphe, Wrapped, Paris, 1961-2021(包まれた凱旋門)」は2021年9月18日から、16日間行われました。

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クリストとジャンヌ=クロード「包まれた凱旋門、パリ、1961–2021」
photography: Benjamin Loyseau ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

プロジェクトの始まりは、クリストとジャンヌ=クロードがパリで出会った3年後の1961年に構想され、1962年に制作されたフォトモンタージュに遡ります。ジャンヌ=クロードが2009年に亡くなった後も制作活動を続けていたクリストによって、2020年の実現を目ざして準備が進められていました。

けれど新型コロナウイルスの感染拡大の影響で延期となり、クリストは実現を見ることなく 2020 年5月に他界。ふたりの遺志を継ぐチームによってプロジェクトは果敢に進められ、2021年9月に現実のものとされたのです。

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プロジェクトの記録写真から。凱旋門の柱前面の彫刻を守るために、鉄の枠を設置している様子。
photography: Wolfgang Volz ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

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凱旋門の外壁の前面に布を広げている様子。
photography: Wolfgang Volz ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

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世界中からプロジェクトを支える人々が集まった。モニターと呼ばれる案内スタッフは共通のユニフォーム姿で。photography: Benjamin Loyseau ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

クリストとジャンヌ=クロードのアートはどれも、私たちの想像を絶する大がかりなものばかり。その実現にあたっては、デザイナーやエンジニア、写真家などさまざまな立場の専門家たちの存在が欠かせません。ふたりが「ワーキングファミリー」と呼ぶチームです。

「包まれた凱旋門」のプロジェクトを牽引したのはクリスト・アンド・ジャンヌ=クロード財団のディレクターを務め、クリストの甥でもあるヴラディミール・ヤヴァチェフ。17歳のときにニューヨークに暮らし始めて以来クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトに関わり、30年以上に渡って彼らのプロジェクトに関わってきました。

今回の展覧会で目にできるプロジェクトの記録は、同財団のディレクターであるロレンツァ・ジョヴァネッリを中心として行われてきました。イタリア生まれのロレンツァさんは、2016年からクリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトに参加しています。

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展覧会会場でのヴラディミール・ヤヴァチェフ(右)さん、ロレンツァ・ジョヴァネッリさん。
photography: Masaya Yoshimura, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT

クリストとジャンヌ=クロードの活動を支えてきた情熱とはどのようなものなのか。アーティストの想いにさらに近づきたく、ふたりに話を聞きました。

「クリストとジャンヌ=クロードが人々に伝えたいと願ったことは、ジョイ&ビューティ(喜びと美)です。何か役に立つかと聞かれれば役立たないものではありますが、美しく、そのために全身全霊を注いでいく。やり遂げようとする彼らの情熱が多くの人をひきつけてきました」とヴラディミールさん。

ロレンツァさんはこう語ります。「意味にこだわるのではなく、あるべき姿に縛られるのでもなく、こうありたい、行いたいとの願いを現実のものとして自らが堪能し、人々とも共有することができるかどうか……。ジョイ&ビューティを純粋に追求していくことは、かけがえのないこと。大きな喜びに対する深い意味が、クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトには込められています」

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21_21 DESIGN SIGHTの展覧会、会場風景(地下ロビー)
photography: Masaya Yoshimura, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT

プロジェクトは短期間ですが、クリストとジャンヌ=クロードは、短命であることも美の要素と考えていました。そして、ふたりが大切にしたもうひとつのことも忘れてはなりません。それは「フリーダム」、自由、ということです。

準備が数十年に及ぶ大がかりなプロジェクトであってもスポンサーの援助を得るといったことは一切せず、自分たちで制作のための費用を用意し、地道な交渉を重ねに重ね、集まった人々とともに果敢に取り組んでいく。「アーティストとして行いたいものをやるだけ」との信念のもとに、自由であり続けることが徹底して貫かれてきました。

ヴラディミールさんは言います。

「クリストはいつも口にしていました。自由について私は誰よりも雄弁に語ることができるのだ、と。育った時代が異なるとはいえ、私もクリストと同じく共産主義体制のブルガリアに生まれて幼少時代を過ごしました。彼の想いをまさに実感できるひとりです」

「彼がソフィアのアカデミーで芸術を学んでいたときでさえ例外ではなく、耳にする音楽や身につける衣服にはじまり、行動の制約にも直面せざるをえなかった。アーティストにとっては特に、自由に対するすさまじいまでの希求があったことは想像に難くありません。そのことを理解することこそが、クリストとジャンヌ=クロードの活動の根底に近づく重要なことでもあるんです」

ロレンツァさんの次のことばも、心に響くものでした。

「私たちが生きている現在の社会は自由で何でもできるように感じられるかもしれませんが、こうあるべき、こう考えるべきといった外的な要因に影響を受けているという現実は横たわっていると思います」

「では、それらの枠を取り外したときにできることは何なのでしょうか。ジョイ&ビューティ、フリーダムというふたりの信念は、私たちの考え方の枠を超えたところ何があるのかに対する、探求そのものであると私は考えています」

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会場風景(ギャラリー2) 。パリの初秋の光のなかで刻々と表情を変える「包まれた凱旋門」。その美しいこと!パリの街の音、集まった人々の熱気も感じとれる本展内のシアタールーム。
photography: Masaya Yoshimura, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT

そのことのまさに実現となる、「包まれた凱旋門」。

展覧会会場で紹介されている通り、このプロジェクトにもさまざまな人々が関わっていて、どの段階でも緻密な準備が重ねられてきたことが理解できます。たくさんの課題があり、それらに向かい続けるエネルギーも並大抵ではなかったはず……。そう伝えると、ヴラディミールさんは、「成功するという感触は最初からありましたよ」と語ってくれました。

「どのプロジェクトでも関わってくれた人たちとベストを尽くすしかありませんが、『包まれた凱旋門』に関しては最高のチームを結成できた。これは成功を収めたプロジェクトに共通することで、無我夢中で走りだすのではなく、パズルのピースがぴたっとはまるような感覚です」

「とはいえ、実際に凱旋門を包む作業が始まったのはクリストが亡くなった後のことでしたから、彼がいないところでプロジェクトに向かうエネルギーをどう維持できるのか。その課題はありましたが……」

「だからこそ、チームの一体感はとくに大切にしました。我々はいつも皆でランチをとります。また、その日の作業が終われば冷蔵庫に入れているビールやワイン、ウオッカなどを一杯飲みながら話をする。一日の大半は一緒にいるので時に意見が異なり、衝突することだってごく自然なこと。でも15分もすれば、またもとの関係に戻っています」

「誰もが仲間だという一体感が、プロジェクトを成功させるうえでは不可欠なんです」とロレンツァ。「そう、自分がいま関わっているのだという実感を持ち続けられるということですね」

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会場風景(ギャラリー2) 。「包まれた凱旋門」で用いられたものと同じ布とロープ。銀色のコーティングが施された青い布は再生可能な素材が選ばれている。本展では実現に関するプロセスを知る映像のほか、関わった多数の人々のインタビュー映像も。
photography: Masaya Yoshimura, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT

この展覧会ではプロジェクトに使用された布やロープを同じものを目にできます。

「高さ50mもある凱旋門に躍動的な表情をもたらすうえでも、布を使うことは重要な点でした。布を用いることは命そのもの」とヴラディミールさん。

「プロジェクトが息づくものとなるためにも表面積を覆うできる量の倍の布地を使い、生じる襞によって、命をはらんだような布の表情が生まれます。ええ、(三宅)一生さんも身体と衣服のあいだには空間が大切と言っていましたね。厚い友情で結ばれた彼らですから、互いに影響を及ぼし合っていたところもあったのではと思います」

ロレンツァさんがことばを続けます。「布で覆うということは隠すことではなく、官能的に際立たせるということ。覆うことによって見えてくるものがあります」

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スタジオで「包まれた凱旋門」のドローイングを描くクリスト、ニューヨーク。2019年9月21日。
photography: Wolfgang Volz ©2019 Christo and Jeanne-Claude Foundation

「包まれた凱旋門」を実現させたいま、ふたりが集中しているクリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトがあります。それは、「The Mastaba, Project for United Arab Emirates、(マスタバ、アラブ首長国連邦のプロジェクト)」。1977年に計画がスタートし、長く中断していたものの、再開し、現在進行中です。「彼らが実現を望んだこの作品を完成させることに今は全神経を注いでいる」とヴラディミールさんはひときわ熱く語ってくれました。

マスタバとは古代エジプトの墳墓で、ピラミッドと異なり、垂直の壁と斜めの壁、上部が平らとなった形状です。クリストとジャンヌ=クロードがドラム缶を積み上げた際に自然に生まれた形がマスタバの形状だったことからこの作品名となったそうです。

2018年にはロンドン、ハイドパーク内の池で「ロンドン・マスタバ、ハイドパーク、サーペンタイン湖、2016–18」 が実現。さまざまな色のドラム缶を7506個積みあげることで、点描画さながらの美しい風景が生まれ、大きな話題となりました。

計画が進行中のアラブ首長国連邦におけるマスタバは、砂漠のなかに恒久設置されるもので、こちらはなんと41万個のドラム缶を積み、高さ150mにもなるとのこと。世界で最も大きな彫刻作品となる、やはり壮大な計画です。

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「記憶に触れることでクリストとジャンヌ=クロードについて考え続けることができる」とロレンツァ。本展ではこれまでのプロジェクトも紹介。ドラム缶を用いた彫刻作品は1950年代から制作されており、1962年にはパリ6区のヴィスコンティ通りに一時的な壁をつくったプロジェクト「ドラム缶の壁-鉄のカーテン」(上写真の壁面に投影)も。
photography: Masaya Yoshimura, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT

「クリストとジャンヌ=クロードが残した入念な計画と作品ディテールが手元にあります。完成に向けて私たちはただ誠実に進めていきます。それまではクリストとジャンヌ=クロードは生きている。私はそう思っています」

ヴラディミールさんのことばは、とても力強い響きでした。

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「マスタバ」の実現に向けクリストとジャンヌ=クロードはアブダビを何度も訪ねた。本展ではその際の写真も。砂漠に立つふたり。
photography: Masaya Yoshimura, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT

いまこの瞬間も、彼らのワーキングファミリーが結集してプロジェクトを進めていることを思うと、心が震えます。クリストとジャンヌ=クロードの想いは生き続け、勇気をもって進んでいくことの大切さを、これからも私たちに教えてくれることでしょう。そこから生まれ出る喜びや美がいかに深い意義とともにあるものかを、改めて考えずにはいられません。

「クリストとジャンヌ=クロード“包まれた凱旋門”」
会期:〜2023年2月12日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHT(東京都港区赤坂 9-7-6 )
営)10:00 –19:00(入場は18:30まで)
一般 1200 円Tel 03-3475-2121
www.2121designsight.jp

photography : Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT, texte:Noriko Kawakami

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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