インスピレーションは「黒い森」。SPREADが関わったヘッドスパ・サロン。

銀座に今春に誕生したヘッドスパ・サロン「Kläre(クレーレ)」。その空間は、深い緑に包まれたドイツの森と繋がっていました。

サロンのコンセプトづくりに始まり、ブランド全体を統括するクリエイティブディレクションを手がけたのは、国際的なデザイン賞にも輝くなど、活発な活動を展開している「SPREAD」(スプレッド)。山田春奈さんと小林弘和さんを主宰とする東京拠点のクリエイティブ・ユニットです。

photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

ランドスケープデザインやグラフィックデザインの視点が生かされるSPREADのプロジェクトはいつも、丁寧なリサーチに基づく考察や色彩と造形の豊かな表現に特色があります。彼らが関わったヘッドスパ・サロンということからも、クレーレには注目です。


SPREADのこれまでの作品から。代表作「Much Peace, Love and Joy, Alcova」、コロナ禍となった2021年の初披露以降、様々な場で制作されている色のインスタレーション。すべて異なるグラデーションの紙をつくり、手作業でちぎってその場に配される。写真は2021年、ミラノデザインウィークの際に600㎡を超える屋外スペースで。大きな反響を呼んだ。photography: Courtesy of SPREAD
作品から「Color Jungle」、2021年。東京ミッドタウンの吹き抜け空間での、創造力を掻き立てる色鮮やかなインスタレーション。「コロナ禍が続いた一年の終わりに、クリスマスを祝祭し、人々の心に色で喜びを生み出すためのインスタレーション」とSPREAD。photography: Ooki Jingu, Courtesy of SPREAD

ふたりが関心を持ったと語る「クレーレ」独自のスカルプケア・メソッドの特色から、まずは触れておきましょう。

施術は、クレイパックやジェットピーリングによる頭皮クレンジング、そして最新技術の高濃度水素クレンジングで頭皮を健康な状態にするところから始まります。次に、エイジングケア成分「ヒト幹細胞培養液」を用いた同サロンオリジナルの高濃度ヒト幹細胞ヘッドスキンケアが。高品質の美容液が、最先端の機器で頭皮に丁寧に導入されていきます。

さらにハンドによる首や肩のリフレクソロジーや表情筋への働きかけにより、顔のむくみ改善やリフトアップ効果ももたらされる極上のヘッドスキンケア。現代人の頭皮、毛髪の悩みに応えるヘッドサロンメニューが用意されています。

技術に支えられたその施術内容はもちろん、心地よさをさらに高めてくれるのが、空間のデザインです。「クレーレ」とはドイツ語で「澄みきっていること」の意味。そのことばを大切にしたサロンのコンセプトは、「澄んで満ちる、頭と心」。

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SPREADの山田さんと小林さんのことばを引用していきましょう。

SPREAD。左から山田春奈さん、小林弘和さん。photography: Courtesy of SPREAD

「私たちが関わったのはサロンのコンセプトをことばに凝縮する段階からです。施術はもちろんのこと、サロン滞在中の体験すべてを通して澄みきった状態になることと、五感や心が満ちること、双方が大切だと考えました。さらにサロンを運営される方々との話も重ねていく過程で挙げたのが、フローライトの石でした」

「青なのか緑なのか、繊細な色調の石で、香りも心地良い。光が透過するので透明感にも満ちています。フローライトをきっかけとして、この石が採れるドイツの『黒い森』へと私たちのインスピレーションが広がっていきました。森と湖、双方の色がフローライトには内包されています」

「複雑で簡単には言い表せない表情なのですが、森もそうですよね。すぐにわからない奥深さがあるところに私たちは魅了される。そうした深みの部分を持ちながらも澄んだ色彩の印象を、サロン全体で展開したいと思いました」

リサーチや撮影のために彼らが「黒い森」に滞在したのは、ちょうど1年前の秋のこと。


針葉樹であるドイツトウヒに覆われた山岳地帯、シュバルツバルト(黒い森)。酸性雨の被害で一度50%もの樹木が枯死してしまったが、豊かな状態を取り戻している。森と沼地の美しい風景が広がる。photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

山田さんと小林さんが振り返ってくれました。

「ヘッドスパに携わる方の話のなかで、頭皮は土に、髪は樹木に例えられていたことが印象的でした。実際に黒い森を訪ねて感じたのは、あたり一面を包んだ水分の存在です。長い滝もありました」

異なるデザインで仕上げられた3つのトリートメントルームには、それぞれ「ヴォーゲル(鳥)」、「ヒンメル(空)」、「ヴァルト(森)」の名がつけられています。それぞれに、「黒い森では水や石のリサーチも行った」というSPREADが作成した、ブルーグリーンを基調とするカラーパレットが生かされています。

トリートメントルームは3部屋。空間デザインは岡田哲史(岡田哲史建築設計事務所)。明治時代より数寄屋建築を手がける水澤工務店が施工を担当しているなど、サロンづくりに結集したメンバーも興味深い。photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

スタッコアンティーコで仕上げられた壁の美しい表情。SPREADによるサロンのためのカラーパレットは、こうしたインテリアだけでなくオリジナル製品のパッケージでも生かされている。photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

サロンに関しては、ロゴデザインを始めとするグラフィックデザインでもこだわりが。ロゴはドイツの古い筆記体のスタイルであるクレントシュリフトをリサーチしたうえでのオリジナルのデザイン。

「最先端のマシンを用いながらも、最終的には施術を行う人が重要です。現代社会における人の手について、またそうした手の跡を大切にしたいと手紙に着目し、サロンのショップカードやレターヘッドのデザインなどのすべてを大切にデザインしました」

photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

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こだわりは、サロン全体に用いられている香りでも。ベルリンを拠点とするSTUDIO AOIROによるシグネチャーフレグランスで、黒い森を流れる小川の名「GRASBACH(グラースバッハ)」と名付けられています。

「黒い森でのリサーチ滞在を終えてすぐ、STUDIO AOIROを訪ねてマニュエル・クシュニグと吉国志津子さんとの打ち合わせを行いました。私たちが感じた森の空気感、ドイツトウヒやもみをはじめ、松ぼっくりや苔もインスピレーションとした香りです」

「松ぼっくりが香りのモティーフとなることは稀なことだそうですが、階層のある香りにしたいと考えていました。AOIROさんの提案のなかで、『森を歩いていくと香りも変わる』との話がありました。黒い森で自分たちが感じたことでもあったので、強く共感した点です」

photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

もうひとつ。サロンのエントランスに設けられたガラスケース内のインドアグリーン、パルダリウムも、クレーレならではの醍醐味です。「黒い森の自然を表現したい」(SPREAD)と天井まで高さのある大きなケースの内に25種類以上もの植物が配されています。よく見ると、苔や松ぼっくりも......!

「自然界の循環」の表現となるパルダリウムですが、プログラミングされた光とミストによる光景はなんとも幻想的。森にいて樹々を目のあたりにしている気持ちにもなってきます。

SPREADのふたりが「いつか仕事をしたい」と願っていたという、天野尚率いる世界屈指の水景クリエイターのチーム、ADA LABと岡田哲史建築設計事務所がサロン内のパルダリウムをつくり上げた。こちらもイメージは「黒い森」。photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

色彩や光など、周囲のさまざまなものを五感で受けとめ、作品として私たちを楽しませてくれるSPAREDのふたり。今回のサロンのプロジェクトの背景となった「黒い森」で体験したことを、もう少しだけ聞いてみたくなりました。

小林さんが語ってくれました。

「昨年秋に黒い森に滞在した一週間は雨がちらつくお天気続きでしたが、そのウェットな空気を体感できたことはかえって良かったと思っています。湖もきれいでした。リサーチのための滞在でしたが、それ以上に大切なことを感じとれた思いがしました」

「森を進んでいくと、『人が森に入らせてもらっている』という印象で、森と人との関わり方などこれからの人間の生き方を考えさせられたり......。目にできたのはずっと続いていく風景。海のような感じで。小さな光と影のコントラストが続いていくんです。一面が暗いトーンの緑のなかに解像度がありました。そうした世界に一週間つかることができた、そんな体験でした」

サロン内のバルダリウム。photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

山田さんもこの森で感じた風景を鮮明に覚えています。

「時間がゆったり流れるという感覚のなかで、ある日突然、森の色が変わったんです。撮影をしているときのことで、青みがかった色が、赤みがかった色に変わった瞬間があり、そのことに気づけたことが嬉しかった。日本の紅葉ともまた違う色です。ゆったりとした時間のなかでも見逃してしまうことがあり、見ようとすること、感じとろうとすることが大切だと思いました」

「そして」とふたり。「健康を実感する時間でもありました」

黒い森での体験につながるSPREADのクリエイティブディレクションによる、雄大な自然の存在をも感じることのできるヘッドスパ・サロン。昨年同様に猛暑続きの夏を経て、秋が深まる季節を迎えました。こうした四季の移り変わりを満喫できるように、日々の疲れをとりのぞいて、「澄んで満ちる、頭と心」で過ごしたい......。とっておきのサロンの誕生です。

photography: Ooki Jingu, Courtesy of Kläre

Kläre(クレーレ)
東京都中央区銀座 5-5-1 銀座5thビル7階
予約:03-6263-9150
メール予約:info@klare.co.jp
営)10:00〜21:00 不定休
https://www.klare.jp

SPREAD
https://spread-web.jp

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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