堪能したい「スタジオ・ムンバイ」の世界。
建築ギャラリーでの展覧会と「夏の家」


記憶に残る地名の響きもあって、子どものころ、地図帳を開いては「いつか行こう!」と思っていた場所があります。ロヴァニエミ、トゥルク、ヴィリニュス......。インドには気になる地名が多く、ジャイプル、チャンディガール、ボンベイ(今のムンバイ)......そんな憧れの地名(笑)でもあり、名前を耳にしたときから「!」と気になっていた「スタジオ・ムンバイ」。建築事務所です。

ムンバイ1.jpgインド西部にあるスタジオ・ムンバイのワークショップ。広大な敷地で、庭も作業場です。
Studio Mumbai workshop (2005/Nagaon Maharashtra,India) © Studio Mumbai,Photo: Courtesy of TOTO GALLERY・MA

もちろん、名前だけのことではありません。雨季に雨をためるバオリ(階段状井戸)をもつ家や、光と風を通す美しい縦(たて)格子のスクリーンの家、漆喰の壁などなど、インドの風土をふまえた彼らの建築を目にて、私は彼らの活動にさらに興味をもちました。

2010年のベネツィア・ビエンナーレ 国際建築展では、インスピレーションの種子たちともいえる大小さまざまなものの展示で特別賞に輝いたスタジオ・ムンバイ。伝統的な技術やその土地固有の手作業を活かした建築手法、身近な素材を使いながらも、創意工夫を重ねていく制作の姿勢も、注目を集めています。

建築家と職人が図面を描きながら対話を重ねる。スタジオの敷地内に実際のスケールで試作をつくり、検討する......そうした仕事場の雰囲気をたっぷり味わえるのが、TOTOギャラリー・間(ま)で開催中の「スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS(プラクシス)」です。スタジオがそのまま移ってきたような臨場感で、素材サンプルやスケッチ、図面や模型がぎっしりと!

ムンバイ2.jpg「スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS」。会場ではまずスタッフ全員の写真が紹介されています。その奥の映像は約30分。作業風景はもちろん、スタジオ・ムンバイを包む気温や湿度なども伝わってきます。Photo: © Nacása & Partners Inc, Photo: Courtesy of TOTO GALLERY・MA

ムンバイ3.jpg壁の写真も気になる。Photo: © Nacása & Partners Inc, Photo: Courtesy of TOTO GALLERY・MA

スタジオを率いるのは、1965年生まれのビジョイ・ジェイン。家族はみな医者、という家に生まれたジェイン氏ですが、医者にはならない、と思っていたのだとか。高校時代まで遠泳の選手でもあった彼。海に関する仕事ではなく建築の道に進んだ理由は、本人いわく「勘」。そしてすぐ、「世の中にこんなにおもしろい学問があったのか」と思ったそう。

彼らの工房(ワークショップ)は、正確にはムンバイからクルマで4時間ほど南に行った海辺の村、アリバグにあります。建築家だけでなく、大工、石工や電気工など、建物を仕上げる職人たちも所属し、皆が工房周辺に暮らしながら仕事をするというスタイルをとっています。しかも100人以上が働く大所帯です。

そのワークショップで日々なされている創造のプロセスをたっぷり楽しめる展覧会。石や木、塗料の入ったボトルや紙をかためた素材サンプルなど、彼らの活動を支える、発想の源です。これは何? と考えてしまう道具があったり、職人手づくりの工具がさりげなく置かれていたり。展示台として用いられているテーブルや椅子、ランプも、ゆっくり見ていたものばかり。

ムンバイ4.JPGPhoto: Noriko Kawakami

気候や風土をふまえて吟味される素材や色。私のスナップ写真で一部を紹介しましょう。

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ムンバイ8.JPGPhoto: Noriko Kawakami

「石」もさまざまに。石でつくった建築模型もありました。

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ムンバイ11.JPG Photo: Noriko Kawakami

インドから運ばれた椅子に座って、記録フィルムや記録集をじっくり見ることもできます。まだ残暑が続く東京。ギャラリーの屋外スペースでベンチに座っていると、インド、アリバグの村を訪ねたような気分になってきました。スタジオの濃厚な空気を、さまざまに実感できる展覧会です。

ムンバイ12.jpg 色とりどりのコンクリートサンプルやしっくいの壁など。このライトにも注目を。
Photo: ©Nacása & Partners Inc, Photo: Courtesy of TOTO GALLERY・MA


都内に完成したばかりのスタジオ・ムンバイの建築もあわせて紹介します。

東京国立近代美術館の中庭に登場した3つの「小屋」、その名も「夏の家」。インドにある彼らのワークショップで実寸で組み立てられ、検証された建物を、一度分解して東京に。それを再び組み立てたのは、インドから来日した3人の大工でした。

ブランコがあったり、2階建てになっていたり、日本家屋の縁側のようだったり、こちらも楽しい。素材として用いられているのは、リサイクルしたチーク材などだそうです。

ムンバイ13.jpg 朝一番、この日の来場者を待つ「夏の家」。パビリオン、東屋などいろいろな呼び名がありますが、小屋というのがやはりしっくりきます。屋根と壁にはキャンバスを貼り、その後ブルーに塗っています。芝生にはこのためにインドから運ばれた石。Photo: Noriko Kawakami(以下も)

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ムンバイ15.jpg ブランコもあります。周囲を眺められる2階席も。

ムンバイ16.jpg 丁寧にまとめられたディテールもスタジオ・ムンバイならでは。

小屋の間には竹を支柱にした「バード・ツリー」が樹木のように並んでいます。インド、ラージャスターン州のウダイプルでビジョイ・ジェイン氏が偶然に発見したもので、鳥をよびよせるものだとか。インド国内を旅しながら、人々の工夫が凝らされたものをリサーチしているジェイン氏。これもまた、彼が出会った魅力あふれる道具のひとつでした。

ムンバイ17.jpg こちらが「バード・ツリー」。都内にいる鳥たちも気づいてくれるかな......。

ムンバイ18.jpg9月29日までの木曜日〜土曜日は夕方からオープンエアのカフェに。9月中は連続レクチャーシリーズ「青空教室シリーズ」も開催されています。ちなみに美術館は開館60周年を機とする改装のため休館中。10月16日より「美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年」展が。Photo: Courtesy of The National Museum of Modern Art, Tokyo

「つくりながら、考える」建築スタジオ。ジェイン氏が来日した際、手と足を活かした作業の大切さや「姿勢」の大切さにも触れていました。伝統的な手仕事については、「消えてしまったのではなく、見えにくくなっているだけ」と......。私たちがつい忘れてしまいがちなこと、見逃してしまっていることを、彼らは大切にしていたのです。

対話を重ね、からだを動かしながら細部にこだわった彼らの建築は、力強さと同時に繊細で、洗練されていて、どこかすがすがしさにも包まれています。インドのスタジオの空気が伝わってくる展覧会と、私たちの身体感覚や五感がとぎすまされることでさらに楽しめる「夏の家」。2つの会場をあわせて楽しむことをおすすめします。


「スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS」
TOTOギャラリー・間
9月22日(土・祝)まで。入場無料
http://www.toto.co.jp/gallerma/


「夏の家」
東京国立近代美術館
2013年1月14日(月・祝)まで。入場無料
http://www.momat.go.jp/momat60/
9月15日(土)「お月見会」18:00〜21:00。
詳細は上記ホームページで。

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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