巨匠が描いた「未知なる者の魂」。
エットレ・ソットサスの「カチナ」

21_21 DESIGN SIGHTでは現在、「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展を開催中です。会場の様子を、2回に分けてお送りしましょう。

1917年生まれのEttore Sottsass(エットレ・ソットサス)。1934年生まれの倉俣史朗さん。すでに他界されているふたりですが、このふたりの友情に目を向けながら、1980年代以降の作品を紹介する展覧会です。ソットサスが中心となって結成されたプロジェクト、「Memphis(メンフィス)」以降の作品です。

1_kawa20110228.jpg会場写真。Photo: Masaya Yoshimura, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT(以下も)

メンフィスが結成されたのは1980年12月。翌年9月、ミラノ市内のギャラリーで、家具や照明器具などの作品が発表されました。ソットサスが牽引するこの活動に日本から招かれたひとりが倉俣さん。ふたりの友情はそれ以降、さらに深まっていきました。

メンフィスについてひとことだけ説明を加えておきます。
それまでの社会様式や権威に疑問を示す活動が世界的におこった1960年代後半から70年代。「資本主義のなかでただモノに形を与えるだけの存在なのか?」と、建築家やデザイナーの活動の意味そのものから問いかけがなされます。そして迎えた1980年代、メンフィスとは、「デザインを解放する」(ソットサス)革命的な活動でした。

2_kawa20110228.jpgメンフィスから発表された家具。ちなみに「メンフィス」の名は仲間が集まっていたソットサスの部屋にボブ・ディランの『メンフィス・ブルース・アゲイン』が流れていたことから決められたそう。右から、ソットサス『カールトン』1981年、倉俣史朗『インペリアル』1981年、倉俣史朗『TOKYO』1983年。

たとえば、ポップアートさながら派手な色で覆われ、趣味が良いとはいいがたい爬虫類のような模様がプリントされた化粧合板の家具。それまでのグッドデザインとは異なるメンフィスの表現は、「下品な言葉で美しい詩を詠む」(ソットサス)試みでもありました。「デザインはどこまで広いボキャブラリーを持てるのか。その地平を見たい!」と。

そうした活動を牽引し、人生の最後の最後まで「デザインとは何か」を探りつづけたソットサスの活動から、21_21の会場では、本人がアレッシィのカトラリーについて語る映像を紹介、そして、世界初公開となるガラス素材の「カチナ」20点を展示しています。

3_kawa20110228.jpgB6サイズほどの紙に描かれたドローイング。会場では拡大して紹介しています。

カチナはアメリカインディアンが信仰する精霊のような存在。木を主な素材とするカチナ人形がつくられていますが、それらとはまた違う、ソットサスならではのカチナたち。

1950年代、アメリカでジョージ・ネルソンのスタジオを訪ねた際にカチナを形どったカチナドールを目にしたソットサス。その後しばらく時間があきますが、この世を去る2年前となった2005年、小さなスケッチブックに20のカチナを描いていました。

展覧会の開幕にあわせて来日していた夫人のバルバラ・ラディーチェ・ソットサスさんは、「エットレのカチナのドローイングをとても気に入ったの。バカンス先で、私にプレゼントしてと伝えたら、全部くれたのよ!」と言っていました。これもすてきなエピソード。

4_kawa20110228.jpg万歳(?)カチナ。制作監修はソットサスが信頼を寄せていたベルギーのギャラリー・ムルマン。ソットサスとムルマンでサイズ等が決められ制作が始まりましたが、ソットサス本人は完成形を見ることなく、この世を去りました。

かつてソットサスはこう記しています。「カチナは神秘や未知なるものの魂、吐息。私たちに安らぎをもたらしてくれる存在」。その一文は、「デザインとは、幸福をもたらしてくれるもの」という彼のことばも思いださせてくれます。

また、人生や世の中は実に神秘的なもの、と考えていたソットサス。「たとえば、恋愛をしても、その先がどうなるかなんてだれもわからない......」。神秘的な人生との関係において、「より多くを売るためではなく、人生に解釈や説明を与えるのがデザイン。人生を明るく照らすのがデザイン」と。

5_kawa20110228.jpgフランス、マルセイユにある国立のガラス工房、シルヴァで制作されています。吹きガラスのこってりとした質感も魅力たっぷりです。展覧会にあわせて20点がぶじ完成。

時代の最前線で、表現の新たな地平を探る試みをとめなかった巨匠が、人生の最晩年に残したドローイングの数々。それもソットサスが「神秘的で不思議な素材」と述べていたガラス素材で実現された「未知なる者の魂」たち。

夢や愛、喜び、安らぎ。
静かな会場に立っていると、20のカチナがささやきかけてくるかのようにも感じます。

6_kawa20110228.jpg各々に名がつけられているわけではありませんが、ソットサスが残した文には孤独のカチナ、怒りのカチナ、鉛筆のカチナといった記述が......。手前が私の好きなカチナ、子どものカチナ、水のカチナでしょうか? 背後、妖しいマスク姿のカチナも気になります。

kawa_20110302_本文にも追加1枚.jpgここまでの写真にちょこちょこ登場しているこのカチナを再度、正面から。80歳を過ぎてこのカチナを描いたソットサス、どこまでも自由な彼の精神が改めて感慨深く......

Photo: Erik & Petra Hesmerg-Amsterdam, The Gallery Mourmans-Lanaken


今回のコラムの最後にもうひとつ、私の好きなソットサスの言葉から。
「デザインの背後にはいつも、ほんの一瞬の沈黙が隠されている。
何かがやってくる、もしくは、何かが起こる期待感がある」 


「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展
夢見る人が、夢見たデザイン
SHIRO KURAMATA and ETTORE SOTTSASS
5月8日(日)まで
http://www.2121designsight.jp/

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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