ミス・ブランチ、ブルーシャンパン...
「夢見る人」倉俣史朗の夢と愛
デザイン・ジャーナル 2011.03.05
ひき続き「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展(21_21 DESIGN SIGHT)を紹介します。もうひとりの「夢見る人」、倉俣史朗さんの作品を。
前回とりあげたEttore Sottsass(エットレ・ソットサス)と倉俣さんの年齢差は17歳。自分より若い倉俣さんをソットサスは「友だちみたい」「兄弟みたい」と感じていたといいます。「一緒に長い旅をしてきたような感じをもたせる男」とも。その関係、うらやましいほどすてきですね。
展覧会会場から。前回とりあげたソットサスの「カチナ」の部屋をぬけると倉俣さんの空間が広がります。1980年代から急逝する1991年までにデザインされた品々。Photos: Masaya Yoshimura, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT(次2枚も)
倉俣さんがソットサス率いるデザインのプロジェクト「Memphis(メンフィス)」に参加した後、1980年代は二人の友情がさらに深まっていきます。と同時に、倉俣さんが素材や色彩の冒険を積極的に行っていった時期でもありました。
スチールパイプ、エキスパンドメタル、アクリル、ガラス、色とりどりのアルミカラーアルマイト。「メンフィスに参加して、自由になった」。倉俣さんが述べていた言葉が聞こえてくるような、実験の数々ともいえる家具。
倉俣さんを特集した雑誌「Pen」(2008年7/15号)の表紙にも登場していた椅子『ミ ス・ブランチ』。会場では異なる所有者のものを1脚ずつ、計4脚展示。
展覧会のディレクションを手がけてくださった関康子さん、会場構成の近藤康夫さん、五十嵐久枝さん(二人はクラマタデザイン事務所出身者です)をはじめ、関わった方々が実現してくださった会場の空気を体感いただくのが一番ですが、以下、私の拙い写真ですみません、スナップ写真を何枚か、読者の皆さんに......。
倉俣さんの好きな言葉は「音色」だったそう。どれも私たちの五感に響くデザイン。Photos: Noriko Kawakami (以下も)
床から壁にまで伸びる影のなかに立って、展示作品をしばし鑑賞。流れる音楽のような光や色があるのだということを全身で実感しました。
会場のあちこちで楽しめるのが、浮遊するような色彩が生む美しい影。壁にも広がっています。軽やかな音楽がそのまま視覚化されたかのような影......。
そして光。樹脂を素材とする人工大理石、テラゾーに、倉俣さんは色ガラスの破片をちりばめました。その名もポエティックな「スターピース」。マットな素材のあちこちで、ガラス部分がキラリと輝きます。コカ・コーラのボトルの破片を封じたスターピースもあるなど、倉俣さん、身近な素材で魅力あふれる表現を見せてくれる天才でした。
スターピースでつくられたテーブル『KYOTO』の天板部分。
ソットサスのメンフィスは「下品な言葉で美しい詩を詠む」との志で始まりましたが(すごいことです!)、倉俣さんは独自の言葉で美しい詩を詠んでいたのです。
フェンスなどに用いられる工業素材であるエキスパンドメタルも、倉俣さんの手にかかると、驚くほど優雅な光に包まれます。シャープで硬い素材なのに、やわらかな表情にも感じられるのは不思議。影に目を向けると、こちらは細胞組織のように有機的で。
『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』部分。
『トワイライト・タイム』部分。テーブルの脚には筒状に溶接したエキスパンドメタル。溶接部分がストッキングのシームのようにも見え、ドキッとするほどセクシーでもあり。あえてシームに見えるように仕上げられたという説を聞いたこともあります。
カーブする背と座面。ジャズの調べのような軽やかさ『シング・シング・シング』。
また、倉俣さんはジャズが大好きで、自作の家具の名にジャズのスタンダードナンバーの曲名をつけていたりもしました。『ビギン・ザ・ビギン』『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』『シング・シング・シング』......。会場でもBGMとしてジャズが流れ、展示作品の影も、それぞれにリズミカル。
『インディアン・ラプソディー』(スツール)の影も歌っている。それにしても、家具につけられた名前も皆すてきです。
忘れてならないのは、洗練されたユーモアの数々。それは小物でも徹底されています。たとえばLEDが点灯するトレイ、バッグ、ハンマーも。電気でくるくる回転させながらパスタを食する茶目っ気たっぷりのパスタフォークなども開発されています。
赤いLEDが点灯するトレイ『マレイ』、バッグ『コパカバーナ』(3段引き出し式バッグ。一番上は名刺サイズにぴったりのよう)、『100%メイクアップ花瓶』。
夢と現実の橋わたしをするかのような表現も、倉俣さんならでは。このようなオブジェも手がけていました。台座が360度回転、羽根を動かしてウインクするお茶目な『アモリーノ』。会場では毎日午後3時から3時半の間、動く様子が披露されています。
今回の展覧会、私自身、だいぶ前に目にして以来、久々に現物を目にできる貴重な機会となりました。写真を前に「現物に再会したい」と強く願っていた『ブルーシャンパン』も会場に。このテーブル、じつはバラを封じた『ミス・ブランチ』と対になるようデザインされたもの。目に入る青の色彩と影の色彩が、見るほどに幻想的です。
『ブルーシャンパン』。全体を包むのはアルマイト染色されたアルミパイプの青い色。オパールグラスの天板を支えるのは4つのビー玉です。
オパールグラスがもたらす影は、グラスに注がれたシャンパンの影のよう。どこかはかなく、切ないほど美しく。
会場全体から伝わってくる倉俣さんのヒューマニズム。ソットサスと同様、どこまでも自由に、そしてどこまでも自分に厳しく、可能な表現を探求し続けたこと。周囲の職人さんたちにも刺激を与え続け、不可能を可能としていったこと。
そのこだわり、とてつもない情熱。実現された生き生きとしたデザインの数々。
今回のコラムの最後には、倉俣史朗さんの言葉(1990年)を添えましょう。
「ソットサスと出あって以来、ある種の使命を確信している」と述べていた倉俣さん。「美」と「実用性」が本当の意味でとけあうことへの理解にも触れ、次のように。
「デザインにおいて、根源的な喜びが、機能を超えなければならないと......」
デザインの根源的な喜び......改めてはっとさせられる、倉俣さんからのメッセージ。
倉俣名作『ミス・ブランチ』の名がテネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という電車』の主人公の名前からきていることは有名です。安っぽいプラスチック造花が美しく妖しくアクリル内に浮遊し続ける姿を、虚実の間をさまようブランチに重ねたのでしょうか。Photo: Hiroshi Iwasaki, Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT
「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展
夢見る人が、夢見たデザイン
SHIRO KURAMATA and ETTORE SOTTSASS
5月8日(日)まで
http://www.2121designsight.jp/

Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami