生命・宇宙・精神・科学......。
ゲルダ&ヨルクの詩的で神秘的な世界

本日と次回はアート情報を。私の大好きな作家の世界を、デザイン分野に限らず皆さんにお伝えしたく、「デザイン・ジャーナル」に時々(それも突然に)登場する、アートの展覧会のご紹介です。

水戸芸術館現代美術ギャラリーで先週末に開幕した「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー Power Sources----力が生まれるところ」。ゲルダとヨルクの大規模個展が日本で開催されると聞いて以来、とても楽しみにしていた彼らの新作。

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GJ2.JPGPhotos: Noriko Kawakami

ゲルダとヨルクはスイス生まれ。2003年のヴェネツィア・ビエンナーレでは、スイス館での巨大インスタレーション、『落下する庭園』で注目を集めました。

個展の構想を進めながら、二人は1月に来日、水戸市内の一般家庭に1カ月以上滞在しながら制作に没頭してきたそう。スイスで用意されたものに加えて、この1カ月に「見つけた」ものも作品には含まれ、それも今回の個展の特色となっています。

会場ではまず、12台のテーブルが目に飛び込んできます。

GJ3.JPG『Nursery(苗床)』。インスタレーション全体から、育ち、枯れ......といった生命の大きな流れも伝わってきます。今回の展覧会会場は写真撮影OK。感じたことを写真で残す楽しみも。

小学校の机をベースに、様々な職業や「成長する」ものたちを紹介するインスタレーション、『Nursery(苗床)』。二人が「種を磨くひと」「星を育てるひと」「いるかの噴水」「鳥の机」......とそれぞれ呼んでいるテーブルの数々。

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GJ5.JPG「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー--力が生まれるところ」展示風景
Gerda Steiner & Jörg Lenzlinger、Photos(上2枚): Keizo Kioku, photo courtesy of Contemporary Art Gallery, Art Tower Mito

古いクルマのエンジンを用い、化石エネルギーで動くものと、化石エネルギーを使ってつくられる尿素から生長する結晶を対比したり、カラフルな結晶をつくる仕組みなど、展示室全体がまるで実験室のよう。さまざまな種子たちが並んだテーブルもあります。

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隣の展示室には、『Sweet Little Nothing(いとしいなんでもないもの)』と書かれた一角が。個室で目にできるのは、「身のまわりの、些細かもしれないけれど、それぞれにストーリーがあるもの」(ゲルダとヨルク)です。バックヤードのように設けられた奥の棚に進むと、さらに幅広い採集物が......。

「ミミズの心臓」、「宇宙の毛布」......わあ、これはおもしろい。地元で採集された「水戸の空っぽの家のにおい」なるものもありました。なかには「取りやめになった結婚式の招待状の端切れ」、「展覧会を見に来ない政治家のポケットの中のホコリ」なども!

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GJ9.jpg 身近にある「なんでもないもの」。個室形式の展示では、ゲルダとヨルクによる物語(説明)が添えられています。一見些細なものに潜んだ壮大な物語。奥の棚に並べられた多数の採集物には、ひとことずつタイトルが。気になるものがいくつもありました。

ぜひとも会場で体感していただきたい展覧会なので、ここで詳細を披露しないほうがよいと思うのですが、もう少しだけ、他の作品の説明も添えておきましょう。

『Tear Reader (涙を読む人) 』は「涙の結晶」を顕微鏡で見る作品。涙は1日目に最初の結晶が見られ、1週間後に結晶が「見ごろ」となるのだとか。ケースにすでに収められていた何名かの涙を顕微鏡で見てみると、美しく、幻想的な一つひとつの世界を知ります。

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GJ11.jpg ガラスのプレパラートを持ち帰り、自分の涙を採集してくることも可能です。

化学反応がとり込まれているのも、彼らの作品の醍醐味です。水戸市とその周辺の水源から採った水に鉄塩を加え、キャンバスにたらし続けることで描いた「ドロップペインティング」なるものもありました。こちらの作品名は『The 4 Waters(4つの水)』。

そして、来場者が歓声をあげていたのが、『Lymphatic System(リンパ系)』。寝そべって観賞する作品のひとつです。見上げると、ゆっくりと静かにオブジェ内を循環する水の動きとともに、大小さまざまなものたちが......。

GJ12.jpgこの内側に驚きが。

展覧会の準備を進めるなかで、昨年春、二人は日本の大震災を知ったそう。急きょ企画内容を再検討し、加えられたひとつが、この作品でした。

リンパ系は身体の免疫をつかさどる器官。放射線の影響を最も受けやすい部位でありながら、実は私たちがよく分かっていないのも、このリンパの働き......。この作品でリンパ系の役割を感じ、身体の機能に意識を向けてみる。「生命の力」がそこに宿っているということを実感してみよう、というゲルダとヨルクの想いが込められていました。

GJ13.jpg 風に揺れて、かすかな音をたてる銀色のスクリーン。少し離れた作品からヨーデルの音色も聞こえてくる幻想的な会場で、頭上に広がる壮大な宇宙のような"リンパ系"を眺める。

GJ14.jpgよく見ると「あれ?」と思う不思議なものたちも。カエル? も浮かんでいたり。

じつは、前述した「涙」の作品にも二人の想いが......。悲しい涙、喜びの涙、感激の涙。涙は感情の現われとなるものですが、普段は見えないそれらのエネルギーを見えるものとして、感じとってみようという作品なのです。

「水」の要素が全体に貫かれていることも、興味深い点。生命に深く関連する水、身近な水。美術館のある水戸という地名にもちなんでいるのですね。

ウォーターベッドに寝そべり、水の存在を全身で感じながら、カーテンに投影される水中の微生物に包まれる『Microcosm(小宇宙)』という作品も。クッションが動くと「ポコポコ」という水の音が身体に響いてきて、なんだか自分も微生物の一員になった気分......。

GJ15.jpg 小宇宙への誘い。涙の結晶を観賞する作品ともつながっています。

この日、熱心に作品を見ていた小学生の女の子が、展覧会会場に登場したヨルクに質問をしていました。「『いとしいなんでもないもの』にあった『バクテリアの餌』が気になりました。どうやって採ったのですか?」

「とても身近なところからね。バクテリアはあちこちにいて、パンも食べるからね」
そんな返答とともに、ヨルクはさらに女の子にこんな説明を。

「バクテリアというと、病原菌を媒介する悪者と思われがちだよね。でもね、人間や生き物の始まり、僕たちの仲間なんです。あそこにある『小宇宙』という作品も見ましたか?」

「はい」
「投影しているのはライン川の微生物なのですが、人間の生命のはじまりは、こうした微生物。彼らがいなかったら、僕たち人間はいなかったんだよ」
「へえ......!」

ゲルダとヨルクが用意してくれた様々な世界との出会い。その驚きや楽しさは、もちろん私たち大人にとっても同じこと......。

GJ16.jpg『Logic of Beauty(美の論理)』。ヨーデルの革新者ノルディ・アルダーによる、このために特別録音されたヨーデルが流れるなか、ブランコにのって、変化していく映像を観賞。

GJ17.jpg『Walking Bushes(歩く茂み)』。屋外には、体験しながら広場を散策できる作品も。

生命の起源にも目を向け、身体の循環、自然界や宇宙の大きな関係や、化学反応の醍醐味も作品にとりいれるゲルダとヨルク。ミクロとマクロをつないでしまう独自の視点や、科学(化学)的でどこか神秘的でさえある、壮大なインスタレーション。

全身の感覚や想像力を活かしながら彼らの世界を訪ねる時間とは、感覚の回路を開く旅。ぜひ楽しんでみてください。5月6日までの開催です。



「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー
Power Sources ---- 力が生まれるところ」展
水戸芸術館現代美術ギャラリー
5月6日(日)まで
http://arttowermito.or.jp/gallery/gallery02.html?id=115


Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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