【オニール八菜連載vol.7】『ジゼル』はリース・クラークと。ほかのバレエ団のダンサーと踊る体験。
オニール八菜、エトワールのパリ便り。 2025.12.09
10月、オペラ・ガルニエでの『ジゼル』八菜さんの4回の公演中、3度パートナーを務めたのは英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル、リース・クラークだった。彼以外にも英国ロイヤル・バレエ団所属のダンサーと彼女は夏に東京で開催された「バレエ・スプリーム」Bプロでも共演の機会を得ているので、日本のバレエファンにとっては記憶に新しいことだろう。またニューヨークで春に行われたユース・グランプリのガラで踊ったシュツットガルト・バレエ団のフリーデマン・フォーゲルとは、再び11月上旬にバルセロナのガラに参加した。日常と異なり、パリ・オペラ座バレエ団ではないカンパニーのダンサーと踊るのは、彼女にとってどのような体験なのだろうか。(取材・文/大村真理子)

リース・クラークと踊った『ジゼル』第1幕より。photography: Maria Helena Buckley/ OnP
リース・クラークと彼女は前シーズンにオペラ座で『オネーギン』を一緒に踊ることになっていた。あいにくとリースの家庭の事情から、実現されず。今回の『ジゼル』が初共演となった。
「リースって、とても大きいんです。それに手足がすごく長い。高く上に持ち上げられた時、自分が小さいって初めて感じました。彼とはとても気持ちよく踊れて......大きいと言っても、その割に彼のダンスは軽いように思いましたね。とても力持ちで、パートナリングが上手いので、私は安心して踊れました」
『ジゼル』はロイヤル・バレエ団のレパートリーのひとつだけれど、パリ・オペラ座のバージョンとは微妙に違う部分があり、また2つのカンパニーのダンスのスタイルも異なる。
「そう、全然違いますね。でも私が強く感じたのは踊りのスタイルより演技面での違いでした。良い悪いというのではなく、オペラ座のダンサーたちってアーティストとして、どういう風に気持ちを込めたらいいのかということを大切に考えています。それに対して、これはロイヤル・バレエ団だからかリースというダンサーだからかわからないけれど、演技の仕方がオペラ座とは違っていて、オーバーというのではないけれど一種のわかりやすさがあるというか、演技を振りに寄せているという感じがしました。その演技の仕方の違いがあって、作品の雰囲気が違って見えるのかもしれません」
ふたりをコーチしたのは元エトワールのフロランス・クレールだった。パリ・オペラ座で彼が踊るにあたりパリ・オペラ座バレエ団出身の彼女がアドバイスをしたのは、主に演技や目の使い方だったそうだ。フレンチ・タッチを求めたのだろう。

『ジゼル』第2幕より。photography: Maria Helena Buckley/ OnP
来年3月、今度は八菜さんがロンドンに向かい、ロイヤル・オペラ・ハウスで彼と『ジゼル』を2回踊ることになっている。ロイヤルのバージョンで衣装もパリ・オペラ座のものとは異なる。彼女はコーチから"ロイヤルらしさ"を求められることになるのだろうか。
「ロイヤルの『ジゼル』は劇場で見たことはないけれど、部分的に映像で見たことはあります。『ジゼル』と言ったら私の憧れはイヴェット・ショーヴィレ(注:1941年にエトワールに任命され、1972年に『ジゼル』を踊って引退)たちの時代なんです。この作品は1841年にパリ・オペラ座で生まれたフランスのバレエなので、それを見せたいという気持ちが私には強くあります。だからロイヤル・オペラ・ハウスで踊るのは初めてでも、そうした気持ちを持って落ち着いて出来たらいいなって。ちょうどパリでは『ロミオとジュリエット』の稽古の時期なのでリースと公演前にあまりたくさんの時間が取れないんです。幸い彼とはすでにパリで踊ってるので......」

『ジゼル』第2幕より。photography: Maria Helena Buckley/ OnP
今年の夏に東京文化会館で開催された「バレエ・スプリーム」のBプログラムは、ロイヤル・バレエとパリ・オペラ座の合同公演だった。『ラ・バヤデール』の第2幕の婚約式の場面では、八菜さんがガムザッティ、ロイヤル・チームのセザール・コラレスがソロルという組み合わせのグラン・パ・ド・ドゥ。このシーンではオペラ座のバージョンとロイヤルのバージョンはそう変わりがなく、ポール・ド・ブラが少し違うくらいだったそうだ。ただあいにくとBプロの初日にセザールがヴァリエーションの最中に怪我!というアクシデントがあった。
「その後、私がヴァリエーションを踊ってるときに、舞台裏ですごい叫び声が聞こえてきて......。最後のコーダの部分は、急遽ポール(・マルク)がパートナーを務めてくれました。残りの2公演についてはセザールの代わりにワディム(・ムンタギロフ)が......ロイヤルの男性ダンサーたちって女の子を大切にしてくれるというか、踊っていてそんな風に感じます。みんなパートナリングがとても上手いんですね。ロイヤルの女性ダンサーに聞いたのですけど、最初それほどパートナリングが巧みでなくても、マクミラン作品を多く踊るカンパニーなので稽古を重ねることによって、みんな上手くなっていくそうなんです」

「バレエ・スプリーム」B プログラム、『ラ・バヤデール』でセザール・コラレスと。photography:Kiyonori Hasegawa
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夢はフリーデマン・フォーゲルと『オネーギン』の全幕
「踊りが好きなタイプで一度組んでみたいってずっと思ってたのが、セザール・コラレスでした。脚の使い方とか、しなやかで猫っぽいというか......野生的というのかな。彼はそれほど背が高くないのだけど、私とリズム的に合う感じがしたので。彼とは1公演の一部だけだったけれど一緒に踊れて......愛を込めてやってくれて、楽しかったです。いつかチャンスがあれば彼と『ドン・キホーテ』を踊ってみたいですね。ジョゼ(・マルティネス芸術監督)には時々そう言ってるんです、こしょこしょって!(笑)」
彼女が踊りたいといま強く願っている外部のダンサーは、シュツットガルト・バレエ団のフリーデマン・フォーゲルである。彼とはつい最近バルセロナで開催されたガラで『オネーギン』第3幕のパ・ド・ドゥを2回踊ったところだ。
「レパートリー的に違いますけど、シュツットガルトはパリと同じヨーロッパ大陸のせいか、"熱い"感じがオペラ座に似てるように思います。たとえばヨーロッパ大陸のダンサーたちは、何かの作品を踊る時に、役作りのために映画を見るとかコンサートに行くということを優先しているんです。でも、イギリスのダンサーたちって、"この作品はたくさんリフトがあるからジムにゆこう"とか......優先することが違うんですね。フリーデマンは人間的にもとても興味深いダンサーです。バルセロナのガラで合間の時間にちょっとだけ第1幕の寝室のパ・ド・ドゥを試してみたんですよ、あの、高く片手で持ち上げられるフランボーのところを。それをやって、"ああ、彼と全幕を一緒に踊りたい!"って思いました。2回目の公演のカーテンコールの時に、彼が"絶対に一緒に全幕をやりたいね"って言ってくれて......」

5月、ニューヨークでの『オネーギン』。フリーデマン・フォーゲルのインスタグラム(@friedemannvogel_official)より。
過去に『オネーギン』がパリ・オペラ座で踊られた際に、シュツットガルトからエヴァン・マッキー、アリシア・アマトリアンがゲストに招かれている。フリーデマンが招かれることがあっても不思議ではないだろう。二人が一緒に全幕を踊れるもうひとつの可能性は、彼女がシュツットガルトに招かれることだ。
「えええ、私が? そんなことはないでしょうけど、あったらうれしいですね。でも、踊れるなら場所はどこでもいいんです。私達二人をどこかに呼んでもらわないと!! 全幕が彼と踊れたら、夢のようでしょうね。私も最近は年齢ゆえに同世代や若い人と踊るようになってますけど、プルミエール・ダンスーズの時代は年長のフローリアン・マニュネ(プルミエ・ダンスール、2022年引退)と組むことが多くって......彼なら絶対なんとかやってくれる!という感じに踊れたのが、とても楽しかったんです。パートナーが頼れるかどうかって、女性側として私はそれほど気にしていることではないのですが、やはり『オネーギン』や『マイヤリング』といったバレエの時は、そうしたパートナーと踊れたらいいなと思うんです。そういう点で、外部ではなくオペラ座のダンサーですが、エルヴェ・モロー(2019年引退)と一度踊ってみたかったですね。それにマチュー(・ガニオ/2025年引退)とも、もっと踊りたかった」

オニール八菜のインスタグラム(@hannah87oneill)より。
パリ・オペラ座で外部のダンサーと踊るには、彼らがゲストで招かれる必要がある。八菜さんが2歳だった1991年10月に、オペラ・ガルニエで『Etoiles de l'Opéra et Artistes invités』というガラが3公演行われた。オペラ座のエトワール15名が10名近いゲストアーティストとともにステージに立つという、想像のつかない豪華なガラである。プログラムではオペラ座のダンサーと外部のダンサーが組んで踊った作品もいくつか。「パトリック・デュポンが芸術監督だった時ですか? そういうガラ、やってみたいですね。ダンサーにとって楽しいだろうし、勉強になると思います。新しい感じでいいですね。では、これもジョゼにこしょこしょって(笑)」
外部のダンサーと踊るのは相手にはよるものの体験として刺激的だし、学ぶことも多い。その一方で、少しだけリハーサルして一緒に踊るというのは......「パリ・オペラ座でいつも一緒に踊る相手だと、物語に入りやすさがあります。相手がいることを忘れるというのではなく二人が一体となって作り上げるので、バレエ的にも力が生まれて、すごいなって思うんですね」。彼女はもうじきジェルマン・ルーヴェと『ル・パルク』の全幕を共にする。2020年の公演予定が新型コロナ感染症ゆえにキャンセルとなり、二人は踊ったものの観客なしの劇場でのことだった。それだけに"やっと!"と言って、彼と踊るのが待ち遠しそうだ。

『ル・パルク』のパ・ド・ドゥをジェルマン・ルーヴェとニューヨークのガラで踊った。全幕を踊ったことのあるダンサーと踊ったことのないダンサーでは、フライイング・キスと別称されるこのパ・ド・ドゥの解釈が違う、と彼女は感じているそうだ。オニール八菜のインスタグラム(@hannah87oneill)より。
ほかのカンパニーのダンサーと仕事をしたり、あるいは彼らの仕事を目にすることは、八菜さんにとって自分が選んだオペラ座のスタイルへの愛を再確認する機会にもなっているようで、「この間、ABT(アメリカン・バレエ・シアター)から複数のダンサーがオペラ座にクラスレッスンを取りに来てました。ステージを見ていても思うのですが、彼らってすごく上手いんです。でも、パリ・オペラ座のダンサーと一緒にクラスレッスンをしてるのを見ると、何か違うなって......。それはオペラ座のダンサーのほうが上手いとかそういうことじゃないんですよ。私たちが"宇宙人"というのじゃないけれど、それくらい違うって。だから、そこにほかのカンパニーのダンサーがハマるというのは難しいことなんだなあ、と改めて気づかされました。上手だけじゃ物足りないんですよね、オペラ座のダンサーが醸し出す何かがないと。それを感じて、ああ、やっぱりオペラ座っていいなあって思いました。リハーサルの時にオペラ座のバレエ学校を出たダンサーとよそから来て入団したダンサーが同じ役柄を踊るのを見た時にも、身体の動きが全然違うなあって......。言葉ではうまく表現できないのだけど、何か違う。それがパリ・オペラ座らしさを作ってるんですね。だからオペラ座の学校、良い生徒を輩出するようにこれからも頑張って欲しいなって思いました」
editing: Mariko Omura




