時計とジュエリー、永遠のパートナーともなりうるこのふたつ。だからこそ、ブランドやそのモノの背景にあるストーリーに耳を傾けたい。いいモノこそ、いい物語があります。今回は、エルメスの時計の話をお届けします。
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HERMÈS
Arceau Le Temps Voyageur
世界24都市のタイムゾーンを表示する機能は、旅行だけでなく、海外とのやりとりが多い人にとっても役立つ。アリゲーター・リス、またはヴォー・スウィフトのストラップはこのメゾンならではの上質さ。時計「アルソー ル タン ヴォヤジャー」(SS×レザーストラップ、∅38mm、自動巻き)¥2,695,000(予定価格、2023年1月発売予定)/エルメス(エルメスジャポン)
世界の時間を刻むウォッチで、
海の彼方へ旅する気分。
1978年に誕生したエルメスのロングセラーウォッチ「アルソー」は、馬具の鐙(あぶみ)をイメージしたラグのディテールと、流れるような書体のアラビア数字が印象的。アイコニックなスカーフ「カレ」やシルクのタイから人気のウォッチ「ケープコッド」までを手がける気鋭、アンリ・ドリニーによるデザインだ。
注目される今年の最新作「アルソー ル タン ヴォヤジャー」は、実用的かつポエティックなウォッチ。2カ国の現在時刻を表示する、デュアルタイムと呼ばれる旅に適した機能を備えている。たとえば、パリ在住の女性がニューヨークに飛んだとしよう。飛行機から降り立ったら、まず長針と短針をローカルタイム(現地時間)に合わせる。次に左側面にあるプッシュボタンを押して、文字盤上の小さな赤い三角のサインを「NYC」の表示に合わせる。その時上部の小窓に現れた数字がホームタイム(母国時間)。つまりニューヨークが午前10時の時、パリは16時だとひと目でわかるようになっているのだ。
だがこのウォッチは、使いやすいだけでは終わらない。シックなブルーのフェイスに描かれているのは、ジェローム・コリヤールがデザインしたカレ「乗馬の世界地図」の図柄。その上を、まるで重力に引かれる衛星のように、長針と短針を配した小さな文字盤のディスクがゆっくりと移動していく。1日1440分──世界地図の上を流れゆく時間。こうした複雑な動きすべてをメカニカルムーブメントで行っているのだから、本当に驚くべきことなのだ。
エルメスにとってウォッチとは、ただ時間を測ったり管理したりするためのツールではなく、もっと自由気ままで楽しいもの。忘れがたい一瞬一瞬を刻む、エモーショナルなもの。だから「時間とは何だろう?」と、思わず思索にふけりたくなるような機能を「アルソー ル タン ヴォヤジャー」に持たせたのだ。
ちなみに、このウォッチには都市名にパリがない。ローカルタイムをパリにしたい時はどうするかというと「24FBG」に赤いサインを合わせる。24FBGが意味するのはもちろん、エルメス第1号店があるパリ、フォーブル・サントノーレ通り24番地。機械仕掛けの複雑時計だからといって、冷たく無機質なデザインにはエルメスはしない。小粋でエレガント、そして胸に優しい温もりをもたらす美しいものを生み出すのが、エルメスの流儀なのだから。
文字盤、架空の世界地図を描いたディスクなど多数のパーツの精巧な組み上げに職人技が光る。
photography: Ayumu Yoshida styling: Tomoko Iijima text: Keiko Homma editing: Mami Aiko