人は何をもって"ホームタウン"を思うのか。
ジン・オング|映画監督
1975年生まれ。プロデュース作『分貝人生 Shuttle Life』(2017年)で第12回中国青少年映画フォーラムの新進プロデューサー・オブ・ザ・イヤーにノミネートされた。19年に『ミス・アンディ』で高い評価を受け、本作で監督デビューを果たした。
アジア映画といえば、これまで日本や中国、韓国が際立っていたが、近年では東アジア映画も元気がいい。巨匠アピチャッポン・ウィーラセタクンを生んだタイに続く国としてマレーシアが挙げられる。『ブラザー 富都(プドゥ)のふたり』で監督デビューを果たしたジン・オングもマレーシア映画界の特筆すべきひとりだ。『ミス・アンディ』(2019年)などのプロデューサーとしても知られるが、大病をしたことがきっかけで夢であった監督業に踏み出した。
台湾のスター俳優ウー・カンレンとマレーシアの人気俳優ジャック・タンを主演に迎えた初監督作『ブラザー 富都のふたり』は、本国で大ヒットするとともに、ウディーネファーイースト映画祭で最高賞を含む3冠を獲得するなど国際映画祭で高く評価された。スラム街に住むIDを持たない兄弟が直面する過酷な現実と絆を描いた本作は、プロデュース作品と同様、マレーシアの社会問題や文化的なアイデンティティを反映した彼流のアングルが興味をそそる。
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「マレーシアには不法移民が約30万人いると言われていますが、実際はもっと多い。出稼ぎ労働者だった親が帰国したりするなど所在がわからず、身分証明書すらない人が多いのです。アバンとアディは、そういった移民の二世です。彼らは社会に見放され、理解されることはない。つまり社会の一員になれなかった人たちです」
マレー系、中国系、インド系など多民族国家であるマレーシアは、宗教、文化なども混在し、独特な人間模様がある。オング監督はそんな多様な背景を持った人々が寄り添って生きる姿を、クアラルンプールの富都という地区を舞台に描き上げている。
「富都は高層ビルが立ち並ぶ町の中心部にありながら、スラム街も存在します。そのコントラストに興味を持ち、ここを物語の中心にしようと最初から考えていました。私は、人は何をもって"ホームタウン"を思い、そこを拠りどころにするのだろうと長い間考え続けてきました。自分の生まれた国で認められないということはどういうことなのか。見放された者同士が集まり、疑似家族になっていく。一般的な父、母といった役割を持たない人たちがどのように家族になるのか、その可能性を模索したいと思いました」
兄弟の母親代わりともいえるのがトランスジェンダーのマニー。
「3人の関係は私が望んでいた人の繋がりの温かさを表現する上で重要です。が、実はLGBTに関する表現も規制があり、宗教的関係からマレー人はトランスジェンダー役を演じられません。中国系の俳優なら大丈夫、そういうパラドックスもあります」
クアラルンプールのスラム街、ID(身分証明書)を持たないアバンとアディは兄弟として成長してきた。アバンは聾唖というハンディを抱えながら市場で堅実に働くが、簡単に現金が手に入る裏社会とも親密なアディの危険な日常を心配していた。そんなある日、アディの実父の所在が判明し、ID発行の可能性が浮上するが......。
●『ブラザー 富都(プドゥ)のふたり』はヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて1月31日から全国順次公開。
*「フィガロジャポン」2025年3月号より抜粋
text: Atsuko Tatsuta