浅野忠信が語る、映画『幼な子われらに生まれ』。

インタビュー 2017.09.08

170908in_main.jpg

三島有紀子監督の最新作『幼な子われらに生まれ』は、重松清が20年前に発表した同名小説をいまの時代にアレンジしたものだ。浅野忠信演じる、主人公の田中信は1度目の結婚で、キャリア志向の妻が子どもを持つことに積極的でなく破局にいたり、2度目の結婚で妻の連れ子ふたりと穏やかな家族を営み、暮らしていた。ところが、妻の妊娠を機に、連れ子の長女が信に激しい嫌悪感を表すようになり、家族の関係に大きな軋みが出るように。加えて会社ではリストラの対象となり、信のストレスは急激に増大していく。
 家族と仕事が急に重くなり、そこから逃げたくなる。でも、どこにも逃げられない現実。この作品で中年男性のミッドライフクライシスを生々しく演じた浅野忠信に、役を通して何を感じたのか聞いてみた。
(※インタビューには作品の内容に触れる部分があります)

“父親”という存在を意識した、男の姿。

170908in_sub06.jpg

ーー『幼な子われらに生まれ』は家族とは何だろうと突き付ける題材を扱っています。浅野さん自身はどのようなご家庭で育ちましたか?

「うちの家族は、どこの家族にも全く当てはまらない家族だったので、それがラッキーだったと思います。どの家族も同じではない、人と自分は違うのだということを当たり前に教えてもらえた家族でした。『どんな家だって、ふたを開ければまともじゃない』『教室で同じ人なんてひとりもいない』と育てられた家でした」

ーー徹底的に個人であることを教えられたんですね。

「町内会一、フリーダムな家でしたね。30年前だから許されたんだろうけど、犬も放し飼いで、勝手に周囲を歩いていましたからね。他の家の飼い犬が鎖で繋がれる中、うちは『さっき、グース(飼い犬の名前)、その辺歩いていたよ』と言われるような家で。でも、ちゃんと毎日帰ってきていました」

ーー『幼な子われらに生まれ』で浅野さんが演じた田中信は、家族を円滑にするために必ずケーキを買って帰るとか、職場を定時に出て家に戻るとか、いろいろルールを持っている人に見えました。

「『うるせーな』って感じですよね(笑)。ただ、僕としては、信という人間をいわゆる家族のルールに縛ろうとしている人間としては演じていなかったですね。むしろ、僕が思っていたのは、信は家族であるということをプレイしているということでした。もしかしたら信はすごく変わった家で育ったのかもしれない。ちゃんとした家庭に育たなかったから、どこかで理想の家族への憧れがあって、その瞬間の話じゃないかと」

ーーなるほど、家族というものを知らないから、理想の家族にこだわってしまう。

「そうなんですよ。その割には、信は結構神経がずぶとくて、家族というプレイの中で『俺、大変なんだよ』と訴えながら、そういう大変な自分を楽しめちゃうような感じですか」

ーー信の二度目の妻、奈苗を演じた田中麗奈さんにインタビューした時、「奈苗は空気を読めない女性に見えるんだけど、実は家族のSOSに気づかないふりをしないと家族が崩壊することを知っていた。だから、あえて気づかない人をしているのではないか」と話されているのが興味深かったです。

「男にはわからない女の人のサバイブ術ってあるのかもしれない。できるだけ痛い目を見なくていいけど、でも、どうしても家族を運営するうえで痛い目を見ないといけない時、そういう何かしらのサバイブ術が自分の中に必要になってくるんだと思うんです。でも、そこで見ないふりをするというよりは、もっと違う方法をおばあちゃんとか誰か教えてくれる人がいるとラッキーだと思いますけどね。ただ、この映画の面白いのは、僕の答えは信の目線で見た僕の答えでしかなく、田中(麗奈)さんや三島監督のインタビューを聞くと、また違う意見が出てきて、いろんな答えにたどり着くところです」

ーー映画を見ておもしろくもすさまじかったのは、ふたり目の妻の連れ子、長女、薫の反抗期です。突然、義父、信のことが嫌になって、実の父親に会わせてくれというようになる。そこには嫉妬の感情もあるんじゃないかと感じました。義父のことが嫌いで反抗しているわけでなく、義父のことが好きだから、新しい兄弟が増えることで、にわかに嫉妬の感情が生まれ、苦しんで嫌いになるような。

「絶対にそうですよね。そこの部分で先ほど僕が言った、信の強さに繋がっている気がするんですよね。薫が反抗するのは、裏返せば信への甘えだと思うんです。もし、信が、薫の実父みたいに弱くて暴力をふるうような人だったら、薫は心の底から甘えられないと思うんです。父の前でずっといい子でい続けちゃうと思う。だから、薫はふてくされ、暴言を吐いている裏で、『お父さん、いつも強くて、抱っこしてくれるじゃん』と訴えていると思うし、信も『抱っこなんていや、しないよ、しないと言ったらしない』と言っていても、心の中では抱っこなんていつでもしてやると思っている。だから薫もとことん甘えて来れるんですよね」

ーー反抗期っていちばん好きな人にいちばん反抗するって言いますよね。

「そうですよね、僕や兄のことを振り返っても、反抗期の時、息子はお母さんにいちばんひどいですからね。そこは矛盾してますよね。周囲を見渡しても、『お前さ、お母さんにどれだけひどいんだ』って奴ほど後で反省して、成長して、お母さんを頑なに守りだす。うちは兄ちゃんが反抗期の時、『ごはんまずい』とか、平気で傷つくようなことを言ってたけど、いまになっていちばん、母の傍にいるのは兄だし、母もいちばん頼りにしている。うちの息子もそうですよ。母親にまだ生意気な口をきく時はあるけど、ふとした態度や言葉に『こいつ、本当に母親が好きなんだな』って思わされるから。薫も信に対して、本能の部分では『この人には助けてもらった』という気持ちがあるかもしれませんし、大人にならなくちゃいけない不安をぶつけているのかもしれない」

>>リアルを潜ませた演技と、家族のかたち。

---page---

リアルを潜ませた演技と、家族のかたち。

170908in_sub01.jpg

ーー長女、薫役の南沙良さんを筆頭に次女役の新井美羽さん、前妻との娘役の鎌田らい樹さんの3人の子役の演技が光りますね。

「薫が信のことを本当に毛嫌いして、誕生日プレゼントとして自分の部屋に鍵を付けてくれ、という場面がありますよね。そこで信が激高し、壁にカギを付けようとした時、本当だったら台本では、次女が泣きだすという設定だった。そこで、次女を演じた(新井)美羽ちゃんはあの場面で泣けなかったんです。それは、演技として泣けなかったのではなくて、リアルにこの子は泣けなかったんです。要するに、『お父さんが泣いている。だから、私はここでちゃんと冷静にいなきゃ』っていう精神状態になったんです。カットがかかり、次の場面の準備時間になった時に、美羽ちゃんは初めて、子ども部屋で大泣きしたんですよ。それまでずっと我慢していたから。僕はその姿を見て、『すごい女優じゃないか』って心が揺さぶられました。台本通りではなく、その意図を汲むっていう。すごいな、役に入り込んで……と。実際に、子どもって、そう振舞うことがありますよね。両親が怖い顔をしている時に限って、明るい顔で『お父さん、お父さん』って言ってくるけど、実はひとりになって大泣きしているという」

ーー新井美羽さんは大河ドラマ「おんな城主直虎」で柴咲コウさん演じる直虎の幼少時代を演じて話題になった人ですが、さすがですね。

170908in_sub05.jpg

「もう、美羽ちゃん、いや、新井さんは本物の女優なんです。他のふたりも本当に素晴らしい。もうね、娘のようにかわいくなっちゃいました」

ーー浅野さんがこの父親役を演じているというだけで、ある種、事件でもあるのですが、演じている時にどこか意識している家族映画はありましたか?

「うーん、これに関してはあったかな。全然、タイプは違いますけど、1970年代のアメリカのドラマ「ソープ」の主人公がおもしろいなってどこかで参考にしていたのかもしれない。ビリー・クリスタルのちょっとした仕草だったり、人との接し方が。もちろんあの人と同じことはできないんだけど、あの作品だけじゃなく、海外のドラマは家族の葛藤を描いている作品が多いんですけど、馬鹿にならないのが、家族のリアクションをすごく映像で抑えていることなんですよね。たとえば、こういうインタビューの中でも、突然水を飲むとか、急に振り返るとかすると、何か意味が出てくるじゃないですか。そういう細かい仕草は演じてもなかなか拾ってもらえないんだけど、今回、三島監督に僕や子どもたちのリアクションをどんどん撮って欲しい、そして、編集でも遠慮なく使って欲しいってお願いしたんです。だって、喋っている人ばかり映していても意味ないじゃないですか。なぜなら、脚本を読んでいても『なるほど、ここでは信が喋ってはいるけど、場面としては薫のリアクションを見るためのセリフだな』というところがあるんですよね。ここはお父さんの話している言葉よりも、それを言われている娘の表情やリアクションを見たいよねって」

ーーそこでおもしろかったのは、長女の薫は敢えて煽情的にふるまって、信が切れる瞬間を待っているんだけど、信は絶対、彼女に手を出さなかったこと。ぬいぐるみを投げたり、ベットを叩いたりはしますけど。

「脚本がそうでした。とっても優れた本だったと思います。僕はそういう描写で、家族という劇をプレイしている男だなと感じ、演じることができました。『おれる俺、連れ子に酷く扱われる俺、そんなときベッドをドンとする俺』って。そうプレイすることで、家族に手を出さない境界線があるのかもしれない」

ーー三島監督は今回、演技の中にエチュード(即興劇)を取り入れたと聞きましたが、エチュードというのは演じる側にとってはよいものですか?

「それは、役者さんによりけりだと思いますね。この脚本に描かれていることを的確に楽しみたいというのなら、ある種、『ここまで』という境目を作ってやらないとダラダラしちゃう時もあるので。知るべきなのは、台本にはこの時間しか流れていないけど、演じているあなたの人生は描かれているここだけのことではないよね、朝起きて、朝食を食べて、歩いてきて、そこでいま、このインタビューを受けている。その流れを感じて演じることで、その流れを子役たちが知るべきであったならエチュードは必要でしょうし。僕としては、エチュードはある必要もないけど、ない必要もないというべきものでしょうか」

ーー浅野さんにとって、サラリーマン役というのは稀有なことで、ふたりの娘がいるという役を演じるだけで事件になって、そこが報道されたりしましたね。

「年を取ったから、いい意味で引き出しも増えたんだと思います。それだけでなく演劇のおもしろさとか、役を演じる喜びやおもしろさが嫌でも身体に染み込んできたこともあると思う。優れた俳優から見ると、僕なんてまだまだ未熟かもしれないけれど、でも、いまを精一杯という点では、相当楽しんで演じていますね」

ーー深田晃司監督の『淵に立つ』では余白がいっぱいある謎めいた男を演じられていましたが、今回、役の書き込みが多い信役と比べて、どう違うんですか?

「そこは、僕が台本を読んで、余白を目いっぱい埋める作業をしているから、『淵に立つ』も『幼な子われらに生まれ』も、自分としては違うキャラクターでも、作業としては同じです。ただ、脚本にいろんな要素が詰め込まれすぎていると、そこは僕ら俳優が埋める作業じゃないですか?って思う時はあります。めいっぱい、要素が詰め込まれているのに、先ほども言った、リアクションや細かい仕草を追ってくれないんだったら、この詰め込み方は、観客を馬鹿にしていませんかと、思う時もあります。観客って、ただストーリーを追っているだけじゃないですよね。音楽と同じで、ドラムがドッツ、ドッツってリズムを刻むとき、ドッツとドッッの間の聞こえていない隙間と余白に、いちばん、そのドラマーのセンスが表れる。音が鳴っていない間に何を考えているのか、俳優もそこがいちばん、問われることですね。然るべき余白だったら、あろうとなかろうと、観客は楽しめる。役者のわがままで言えば、よっぽどのことがない限り、脚本家は机の上で書き直す作業はやめてほしい。それだったら、その余白を役者に任せてくれたらなと思うんです」

ーー『Helpless』や『Focus』(ともに1996年)の頃から20年以上経ったわけですが、すっかりミッドライフクライシスが似合う年齢になられましたね。

「さすがに娘も成人するわけですね。20代の頃なんて、頭の中はパッパラパーで、何か言われても『うっせーな』でしたからね。挫折もするもんです。おかげさまで30代になって挫折して、空っぽになって、そうなると僕のような男でも30代は考えるようになりますよね。もともと臆病者だから勘を働かせて動いてはいたけど、だからこそ、勘に行き詰って空っぽになっただろうし、新しく対応できる自分も芽生えたんだと思うんです。あのままの状況で行っていたら、いま、とっくに世の中に忘れられていたかもしれません」

 

 

『幼な子われらに生まれ』
●監督/三島有紀子
●出演/浅野忠信、田中麗奈、宮藤官九郎、寺島しのぶ、南沙良、鎌田らい樹、新井美羽
●127分
●配給/ファントム・フィルム
●劇場公開中
9月、第41回モントリオール世界映画祭のコンペティション部門で審査員特別賞を受賞。
あさのただのぶ●1973年、神奈川県生まれ。『バタアシ金魚』(90年)で映画デビュー。2011年には、ケネス・ブラナー監督作『マイティ・ソー』でハリウッドデビューをはたす。『私の男』では、第36回モスクワ国際映画祭でコンペティション部門の最優秀男優賞を受賞。ほか代表作に『岸辺の旅』(15年)、『淵に立つ』(16年)、『沈黙-サイレンス-』(17年)など。

 

Texte : YUKA KIMBARA

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest
Business with Attitude
コスチュームジュエリー
35th特設サイト
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories

Magazine

FIGARO Japon

About Us

  • Twitter
  • instagram
  • facebook
  • LINE
  • Youtube
  • Pinterest
  • madameFIGARO
  • Newsweek
  • Pen
  • CONTENT STUDIO
  • 書籍
  • 大人の名古屋
  • CE MEDIA HOUSE

掲載商品の価格は、標準税率10%もしくは軽減税率8%の消費税を含んだ総額です。

COPYRIGHT SOCIETE DU FIGARO COPYRIGHT CE Media House Inc., Ltd. NO REPRODUCTION OR REPUBLICATION WITHOUT WRITTEN PERMISSION.