草彅剛が『ミッドナイトスワン』で見せる新境地。

インタビュー 2020.09.25

草彅剛が化ける俳優であることは、いまさら言うまでもない。強さよりも弱さ、勇ましさよりも優しさ、カッコよさよりもズルさを演じる時の表情が逸品で、毎回、演じる役にサプライズを入れ込んでくるのだ。

最新主演作『ミッドナイトスワン』で演じるのは、もう若くない年齢を自覚するトランスジェンダーの凪沙(なぎさ)である。新宿のショーパブで夜な夜な『白鳥の湖』を踊る凪沙の生活は、ある日、広島の母親からの電話で一変する。従妹(水川あさみ)の育児放棄を受け、その中学生の娘、一果(いちか/服部樹咲)を一時的に預かることになったのだ。内田英治監督によるトランスジェンダーへの徹底的な聞き込みから生まれたというオリジナルストーリーで、自分を認めてくれる場所を求めてやまない凪沙と一果の疑似母娘の関係性を描いた本作。凪沙を通して、草彅剛は何を感じたのか、聞いてみた。

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初めてトランスジェンダー役に挑んだ草彅剛。

ぼろぼろになるのに満たされていく、それは美しくもある。

――映画の中では、ショーのためにヘアメイクを美しく整えた、凪沙のドレスアップした姿から、ほとんど地の草彅さんの表情を生かしたメイクの薄い顔、中年に差しかかったくたびれた表情、あえて男性的に装った姿まで、多彩な顔を表現されていることに驚きました。どのようなアプローチをされたのでしょうか?

内田監督はトランスジェンダーの世界にとても深い気持ちがあるから、こういう脚本が出来上がったし、それを監督が自ら撮ったわけなんだけど、事前に資料を用意していただいたり、実際、トランスジェンダーの方と会う機会を設けてくれたりして、そのおかげで自分の中にいろいろとヒントが生まれて、役作りができました。ただ、撮影に入ってからは、ヘアメイクさんの組み立てがうまくて、衣裳も含め、全部スタッフの力にお任せで。特に自分では何もやっていないんです。このまま自分は極力何もせず、自然な形で画面に溶け込めればいいなと思っていました。やりすぎちゃうと臭くなっちゃうじゃないですか。だから何も考えずに、余計なものをそぎ落としてやっても、僕は大丈夫だと思ってました。

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東京・新宿のショーパブ「スイートピー」のバックヤードでメイクアップをする凪沙(草彅)。

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――内田英治監督のオリジナルストーリーである脚本を読んだ時の感触はどのようなものでしたか?

突然引き取ることになる一果とのふたりのシーンと関係性が、この映画の核になっていくんだなと本を読んで感じました。そのためには一果との芝居の時に、彼女の目をしっかり見て、守ってあげたい、愛おしいと思うことが大事だなと。実際に撮影が始まると、わざわざ意識しなくても撮影がほとんど順撮りで、一果が本当に可愛く思えてきて、そのおかげで僕の中に母性というか、お母さんみたいな感情を呼び覚ましてくれましたね。それは不思議な感覚だったんですけど、台本を読んだ時からありました。僕も個人的には母親の気持ちはわからないけど、なぜか最初に本を読んだ時に涙があふれてきて、この感情は何だろうと思ったんです。その初期衝動のままに演じることができました。

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バレエコンクールで輝かしい実績を持つ服部樹咲(右)は、演技未経験ながら本作のオーディションで数百人の中から一果役に選ばれた。

――凪沙には理想とする自分の姿があり、そうなれない現実を直視して、辿り着けずにいる痛みがあるように感じました。それは誰であっても持っている感情ですが、草彅さんはその状況をどう感じられたでしょうか?

凪沙の部屋のあちこちにね、可愛い外国人のモデルの切り抜きがいっぱい貼ってあるんですよ。いわゆる女性的な、誰が見ても美しいというもので、なかにはビキニ姿とか、バレリーナもいて。こういう写真を貼って、美しい人に憧れているんだなと感じましたね。

もうひとつ感じたのは、凪沙は後半に向けて一果に対する母のような気持ちが芽生えてきて、一果の夢を叶えるために大変な状況になり、肉体的にはぼろぼろになっていくんですけど、気持ちのほうは逆に満たされていく。その相反する姿が、僕自身は痛々しく感じるんだけど、当の凪沙としては、そう受け取っていないんですね。演じている間、僕自身も状況としては過酷になっていくのに、精神的には満たされ、優しい気持ちになれた感じがしました。自分を傷つけることによって幸せになっていく、そういうのはちょっと美しくもあるなって思ったりしました。

――なるほど、鶴の恩返し的な。もしくはオスカー・ワイルドの『幸福な王子』のようで、ちょっと寓話めいていますね。映画では描かれていない凪沙の過去の領域が多いので、いろいろと想像できるのですが、もとは“ケンジ”だった人が“凪沙”という名前を自分で付けた背景などは想像されましたか?

それはもう、内田監督に聞かないと。なんで、凪沙なんですか?(内田監督に向かってそう尋ねると、監督は「松田聖子の『渚のバルコニー』から取りました」と回答)「渚のバルコニー」!? それ、台本にあった? 知らなかったな。そういうことらしいですよ(笑)。そうかあ。それけっこう、おもしろい話だね。僕はてっきり、“くさなぎ”の“なぎ”繋がりで、監督は僕にあてて付けてくれたと思っていたら、違う事実でしたね。

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柔らかい光に包まれ、カメラの前でさまざまな表情を見せる。

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席を立てなくなるほど、幸せな余韻に包まれた。

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質問者の目を見るだけでなく身体ごと質問者に向かい、笑顔で答えてくれた草彅剛。

――映画を観ていて、もうひとつ印象的だったのが草彅さんの声でした。凪沙は状況に応じて、トーンの低い地声で話したり、女性的な高いキーの声を使い分けたりして、彼の社会的な側面が多重に表現されています。また、広島弁が有効的に使われていて、東京の新生活に慣れない一果に対して、広島弁で強くならないといけないと語りかけるところが印象的です。

声の表現は難しいところだったんですけど、方言指導の人がすごく気さくな人で、プレッシャーなく接してくれたのがよかったですね。トランスジェンダーの仲間内での話し方と、故郷の母親と話す際に元のケンジとしてのパーソナリティが現れた話し方など、その関係性に応じて、生きてきた言葉によって違うトーンの声が現れ出るので、脚本の段階では難しい感触だったんですけど、撮影の時には集中して、考えずに自然にできたので、僕は偉いなと(笑)。

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はじめのうちは心を開けなかった凪沙と一果は、次第にお互いにとって唯一無二の存在となっていく。

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ふたりが舞うシーンを演出する内田英治監督。

――内田監督の演出についてはどう思われましたか?

いろんな監督がいて、それこそ100人の監督がいれば100の演出方法があり、テストを重ねて作り込んでいく素晴らしさもわかっているんですけど、僕はどちらかというと、テストしないのが好きなんですね。この役は特にそうですけど、あまり計算して、考えてやってもうまくいかないんじゃないかなと思って、直感的に演じていたので。それを受けて、どんどん監督が撮ってくれて、変にこだわりがなくて、僕も自身に近くていいんだな、最終的には今日の体調でやればいんだなと。それがとてもよかったです。おそらく、テストを重ねる演出方法だったら、女らしさとは何だろうと考えてしまっていたと思う。だから内田監督とは最強のコンビですね。

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――オーディションで数百人の中から抜擢された一果役の服部樹咲さんへの感想は?

彼女は最初に会った時から、撮影中にどんどん成長して、それを近くで見ていると、愛おしくなるというか、これからも頑張っていけよと感じています。撮影の1カ月の間に身長も伸びるし、顔付きも変わる。内田監督に揉まれて、バレエを踊る時の表情もまったく違うし、それは変な慣れとかじゃなくて、1日目と2日目が全然違う。植物みたいに色が出てくるというか。本当に驚きますよね。その瞬間しかできないことを、監督がスクリーンに映し出している作品です。これから彼女は女優として羽ばたいていくだろうし、その最初の瞬間に僕が立ち会えたと思うとうれしいし、誇らしい。将来、彼女が偉くなったら、僕をおじいちゃん役に指名しろよと、それは言っておこう(笑)。

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凪沙が一果のために作る“母の味”「ハニージンジャーソテー」は、銀座「BISTRO J_O」に期間限定のコラボメニューとして登場するそう。

――完成した作品をご覧になった時の感情を教えてください。

余韻がすごくて、いままでも自分の作品を観ていいなと思って席を立てなくなることはあったんですけど、この作品は劇的なことが起きるけれどハッピーエンドに思えたんですよ。幸せで、余韻に包まれて、これが試写室でなくて街の映画館だったら、エンドクレジットが終わっても2分ぐらい、余韻に浸れたんじゃないかなと思いました。そう、じわじわと幸福感が出てきたんですね。一果、大人になったなという感じで。ハッピーな気持ちが湧いてきて、それで席からすぐには立てなかったという感じですかね。

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一果の母になりたい、という思いが凪沙の中で大きくなっていく。

――最後にこの映画を観るであろう方々にメッセージをお願いします。

人を思いやる気持ちとか、人のことを認めてあげる気持ちとか、自分自身を認めて許してあげる、そういうポジティブな気持ちが人生にとっても大事なんだなと思います。凪沙は生まれてからずっと、どうしても自分自身を許せないところがあって、でも一果と出会い、少しずつ自分を許していったんじゃないかな。人を認め、許す。それがこの映画の優しさであり、テーマだと思います。

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凪沙の心の動きをナチュラルに、繊細に表現する草彅剛を、ぜひスクリーンで見届けて。

草彅 剛 Tsuyoshi Kusanagi
1974年生まれ。1991年CDデビュー。主な出演作は映画『黄泉がえり』(2002年)、『日本沈没』(06年)、『あなたへ』(12年)、『まく子』(18年)、『台風家族』(19年)、テレビドラマ「僕と彼女と彼女の生きる道」(04年)、「任侠ヘルパー」(09年/ともにフジテレビ系)など。17年9月にオフィシャルファンサイト「新しい地図」を立ち上げ、主演作『光へ、航る』を収めたオムニバス映画『クソ野郎と美しき世界』(18年)は2週間限定公開で8万人以上を動員して大きな話題に。また、音楽劇『道』(18年)、『アルトゥロ・ウイの興隆』(20年)など舞台にも出演、高い評価を得ている。
『ミッドナイトスワン』
●監督・脚本/内田英治
●出演/草彅剛、服部樹咲(新人)、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖ほか
●2020年、日本映画
●124分
●配給/キノフィルムズ
●9月25日(金)より全国にて公開
https://midnightswan-movie.com
©2020 Midnight Swan Film Partners


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※3月31日までに注文のお客様への初回発送は4月下旬を予定。
※4月1日~5月9日までに注文のお客様には5月中旬以降順次発送予定。詳細は順次更新予定。

photos : AYA KAWACHI, interview et texte : YUKA KIMBARA

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